その4

 確かに、


『親分』の情報では正直言って心もとない。


 しかし何もないよりはましだ。


 ほんのわずかな手がかりであっても手繰り寄せてターゲットにたどり着く。


 それが探偵だと俺は思っている。


 茨城のH市に行ったのは、親分に会った翌日の事だった。


 しかし駅を降りた途端、妙な空気を感じた。


 いや、俺が特別職業的カンを持っていたからそう思った訳じゃない。


 この物々しい雰囲気を見れば、その辺の推理小説マニアだって直ぐにそれと分かる。


 何しろ改札を出てすぐに、制服警官に職質をかけられたのだ。


 最初俺はいきなり拳銃を見せた。


 向こうはたちまち目の色が変わり、応援を呼ぶと俺を取り囲み、


『交番まで同行しろ』と来た。


 俺はにやりと笑って、やっとライセンスとバッジを示すと、連中は舌打ちをしながら、


『何だ探偵屋か』と来た。


 しかし、それでもまだ解放してくれない。


『何で拳銃パチンコなんかぶら下げて来たんだ?』


『悪いがそれは仕事上の秘密だ。幾ら警官にだって喋る訳にも行かない』


『あんまり警察を舐めるなよ』


『俺は甘いものが苦手なんでね。』


『いい加減にしろ、しょっ引くぞ?』


『何の容疑で?さっきライセンスは見せたぜ?これがある限り探偵だって拳銃ハジキを持っていいくらい、あんたらだって知ってるだろ?』


 警官おまわり達は顔を見合わせ、


『調子に乗って無暗にぶっ放すなよ』と、憎まれ口を叩き、後から降りてきた別の客の方に行ってしまった。


 どうやらこの町、本当に何か物騒な事態になってるらしい。


 駅前の商店街も半分くらいの店がシャッターを下ろしている。


 街中を行き交う人間も互いに視線を合わせようとせず、そそくさと速足で歩き去ってゆく。


 俺は商店街の外れの、一軒だけ暖簾のれんを出していた食堂を見つけた。


 暖簾には『山田屋』と、紺地に白く染め抜いた文字が記されてある。


 ドアを開け、店の中に入る。


 中は日本のどこにでもあるような大衆食堂だったが、客は人っ子一人いない。


 ただ、テレビだけが点けっぱなしになっており、ローカルテレビ局が夏の甲子園大会の地区予選(準決勝らしい)を流していた。


 俺が椅子に座ると、奥から白い三角巾で頭を包み、白い割烹着姿の60絡みの女性(おばちゃんというべきだろう)が出てきて、俺の前に立った。


 どこと言って飾り気のない、平凡な顔立ちをした女性だ。


『ご注文は?』


 女はアルミのヤカンで、湯飲みに茶を注いでくれ、そう訊ねた。


 俺は壁に貼られた品書きをぐるっと見回す。


『何が美味いかね?』


『ウチは何でも美味いですよ』


 そこで初めて女は小さく笑った。


『じゃ、カツ丼を』


 特に腹が減っていたわけではないが、何故かカツ丼が無性に食べたくなった。


『カツ丼一丁!』


 奥の調理場に声をかけると、ちらりと白髪頭の角刈りが動くのが見えた。


 眼の鋭い、かなり年配の男性である。

 



 

 


 




 

 


 

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