Fake sincerity

 時は既に20時を過ぎている。

 本来なら夜の帳はとうに落ちているのに、この街はまるで昼の様に明るい。

 煌びやかなネオンの光に、自動車、けたたましい騒音をがなり立てる若者達。

 東京―――

 眠らない街とはよく言った物だ。


「おい、見てみろよ。面白い事やっているぜ」

「面白いこと?」

「嗚呼、アレ見てみろよエル」


 高層ビルの屋上にある看板の上に腰掛けるファーが指刺す先には、ガラス張りのビルディングの一室だ。

 数百メートルという距離はあるが我々に掛かればその程度の距離は、どうと言う事は無い。


「どれ、ずっと覗くのも面倒だな。『虚像ヴィジョン』」


 私は魔力により宙空にファーの指刺した人間の周辺を写し出した。

 一人の男が俯きがちに何やら手紙を読んでいる様だ。

 それを大勢の人間が取り囲み、カメラやらの映像機器で撮影している。

 所謂これは―――


「只の記者会見ではないか。これの何が面白いというのだ、ファー」

「甘いな~エル。これはな、只の記者会見では無いんだ。腐った豚の腸より醜い『正義ディケオシーニ』を正当化する為に、理性という枷で『犠牲者シーマ』に苦しみを強いる儀式。こんな物が『正義ディケオシーニ』と言うなら、いっそ僕等でぶち壊してしまおう」


 白銀の髪の奥に潜む真紅の瞳が輝いた。

 ニヤリとファーが黒い笑みを携える。


「何をする気なんだ?今世、我らは基本不干渉を――――」

「なぁ~に、ちょっとした悪戯だよエル。そう咎めるなよ」

「だがそう言って、ちょっと前にも、ドイツ辺りで美術家を唆して大騒ぎになったじゃ無いか」

「あぁ、あったな~。アレはでも俺のせいでは無いぞ。あの男に素養があっただけじゃないか――――『混沌ケイオス』の素養が」

「全く…………目付けられても知らんぞ」

「そん時はそん時だ、それにアーメンおお、神よって言えば大体何でも許してくださる」





「藤沢さん、これ原稿です。ええ、これを読んで頂ければ結構ですので」


 ディレクターが差し出してきた数枚の紙。

 そこには、今回の事故に対する私の気持ちを記入してくれているという。

 この、絶望感を――――

 最愛の者を失った虚無感を――――

 誰が分かるのか?

 

「出来るだけ、ゆっくりと、ええ、余り大きな声は出さなくても結構ですので、ええ。そうですね今の様な姿勢で、ええ、俯き加減で先程の原稿読んで頂けたらバッチリです」


 何がバッチリなのか?

 もう、全てがどうでも良い。


 腹が減ったな。

 そういや何にも食ってなかったな。

 ああ、そうだ。

 今日は昨日のトマト煮込みが残ってたな。

 絵美の作ったトマト煮込み――――美味しいんだ。

 これ読んで、温めて、食べよう。


「藤沢さん、記者会見始まります。一礼してから、ええ。ご自分のタイミングで読み上げて下さい」


 早く帰りたい。

 とっとと読んで、終わらせよう。

 家に帰ったら絵美と美羽が待っている。

 それでトマト煮込みを食べて、そうだ、明日は休んで富士急に行こう。

 美羽、行きたがってたし。


 僕が視線を落とすと数枚の原稿用紙が目に飛び込んできた。

 ああ、コレ読まないと帰れないんだっけ。


「この度は、私の、為に、お集まり頂き有り難うございます」


 なんで僕はこんな物読んでいるんだろう?


「――――私の、最、愛の…………家族は不慮のじ故、と言う」


 僕は一体何を言ってるんだ?

 カシャカシャ――――

 大量のフラッシュが僕に向けられて放たれる。

 俯いていないと目が潰れてしまいそうだ。

 俯く僕の視線の先には先程の原稿がある。

 そうだ、続きを読んで、早く家に帰らないと。


「美羽には――――五年六ヶ月しか、愛情を…………注ぐ事が出来ませんでした。そのみじか――――い人生に…………うぅっ」


 何故僕は泣いているんだ。

 美羽が、短い?人生?


「どうか、今後こう言った事故が起きない様――――私の様な人間が生まれない様な、世の中に―――」


 どうして僕は―――――ココニイルンダロウ?


「あーあ、未だ受け止めれていないじゃないか。残酷だね人間は―――こんな壊れちゃった人を担ぎ上げちゃって」


 僕の目の前に突然白銀の髪の男が立って居た。

 さっきまで何も見えないくらい焚かれていたフラッシュもピタリと止んでいる。

 男以外の全てが色褪せて見える。

 世界の全てがまるでしたみたいだ。


「お、良く分かってるじゃ無いか。そう今この世界で動いているのは俺と君だけ――――」

「全く、『時間停止スティシス』までするなんてどう言うつもりだ、ファー」

「…………何事にも例外はあるもんだ。気にしちゃいけない。ドントウォーリー」


 ファーと呼ばれた男は手をひらひらとさせながら軽薄そうに嗤う。

 もう一人の少年はやれやれといった感じであきれ顔だ。

 青年と少年、この二人には共通する事がある。


 ―――――に美しい。


「なぁ?君は可笑しいとは思わないか?」

「―――何が?」


 ニヤリと嗤いながらファーと呼ばれた青年が僕に問いかけてくる。

 何もかもが可笑しいのに、今更何を可笑しいと言うのだろうか?


「何が?っか。ふむ―――――では我が答えようでは無いか。君の愛する妻と娘は■■■れた。高速で突撃して来た鉄の塊に曳き■■■れ、妻に至っては即■、娘は二時間苦しみ抜いた末に■■―――殺したのはだ」


 ■■■れた―――?

 ■亡?

 美■…………絵美…………?


「―――――僕は一体、此処で何を、している?」


「答えよう。今、お前は―――――自分の愛する■と■の■を利用され、社会の犠牲と為れ、メディアの餌に為れ、思ってもいないな言葉を吐かされ、世間の見世物と為れた上で『可哀相』で『いい人』に創り上げられている真っ最中だ」


「こ■された―――?」

「ああ、見るも無惨な姿だった」

「あ、あ、ア、ぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―――――」

「この世界には『浄化カタルシス』が必要だ」




 カシャカシャカシャカシャ―――


 けたたましくフラッシュの音が鳴る。


「藤沢さん、事故を起こした方に何か言葉はありますか?」

「――――もし………貴方に…………自分の命より大事な人が出来た時、その時、その幸せの絶頂の瞬間に、必ず――――――しに行くから」

「え?何でしょうか?良く聞き取れま――――」

「必ず、必ず!!!!!殺しに、行くから首を洗って待ってろ!!!!!」

「え、おい。誰か止めろ――――生中継だぞ」

「絶対!絶対!殺してやるからな!お前の大事な、者!を!、お前の!目の!!!前で!!!!!引き裂いて!!!絶望を!!!殺す!!!!!殺すぅううううう!!!!!!殺」


 

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