境界線

 ざわざわ―――


 人通りの多い駅前。

 今はいつもより更に多い。

 理由は簡単。

 通る人々の半数がそこに足を停めるから。



「ちょっと、どいて下さい。どいて下さい、警察、っです」


 集る人々の合間を縫う様にしてやっとの想いで最前線へと到着した。


「はぁっ、やっと着いた」

「遅いぞ前川」


 一心地すら着かせてくれない叱責の声がすかさず私に飛んでくる。


「スイマセン」

「まぁ良い。んだし…………ほら前川、お前はこっちでコレ持っててくれ」


 山中警部補はそう言うと、私にに一台のスマホを渡して来た。


「えっ?何ですかコレ」

「見て分かんない?アルフォンの最新版、これ映像がキレーなんだよ」

「へ?」

「かぁーーーっ、察しが悪いな前川。そんなんじゃ刑事なんてやっていけないぞ」


 なんとも言えない山中警部補の返しに周囲を見渡すと皆が皆スマートフォンを片手に一点を撮影していた。


「何撮ってるんですか皆?」

「あ~?そりゃ落ちる瞬間を撮ろうと皆躍起になってるんだよ、最近珍しいからな。ほらお前もちゃんと撮っててくれよ。良い動画撮れたらお前にもやるから」

「ええ?それならインスタでライブ中継すれば良いじゃ無いですか?」


 私の提案に山中警部補は目を丸くした。


「お前―――――天才か!よし頼んだ」

「あ、でも山中さん!良いんですか?職務中に!」

「何言ってるんだ、良い動画撮って、それ編集して飛び降り自殺抑止動画を造れば良いだろ?そうなれば警視総監も良くやったって褒めてくれるぞ」

「ホントですか~?」

「ああ、なるべく脳髄とか内臓とか散らばってる画像撮っててくれよ?」

「ええーー、私そういうの苦手なんですけど~」

「美味しい焼き肉奢るからさ、な。頼むよ」


 そう言って茶目っ気たっぷりといった感じで拝み倒して来る山中さん。

 全く仕方ないな。

 「じゃっ」と言いながら走り去る山中警部補に私は声を掛ける。


「JUJU園で手を打ちます!」

「おま、それちょっ、高すぎんだろ!!」


 走りながら抗議の声を上げる山中警部補。

 そうは言いながらもきっと彼はJUJU園に連れて行ってくれるはずだ。


「それじゃぁLIVE配信スタートっと♪」


 私は駅の屋上に立つ一人の少女らしき人物にフォーカスする。

 彼女は数十分前から屋上の縁に一人立っており、吹き荒れる風を一身に受けている。

 その証拠に白いスカートはたなびきネットフェンスに貼り付く様に大きく広がっている。

 山中警部補が屋上に向かったので彼女は恐らくもうすぐ飛び降りる事になるだろう。

 警察という組織の建前上、どうしても自殺を抑止する様に留めなければ行けない。

 だけども山中警部補が留めに入った自殺志願者は必ず死亡すると言う。

 以前何故なのか山中警部補に聞いたら「別に留めようとしていない。会話しに行っているだけだ」って答えてた。


「何時になったら飛び降りるんだよ」

「アレか?飛ぶ飛ぶサギか?」

「警察何やってんだよ!早く飛ばせろよ」


 どうやら周囲の野次馬達が痺れを切らし始めたみたいだ。

 彼らは結構前から動画を撮影していたみたいだ。

 ずっと腕を上に上げるのも結構つかれるのだ。

 

「とーべ!とーべ!」

「「とーべ!とーべ!」」

「「「とーべ!とーべ!」」」


 おおっと、遂にとべコールが始まりだした。

 自殺自体珍しい物でも何でも無いのだけど、最近では飛び降り自殺は古典的なエンターテイメントと化し、ここ十年衰退の一途を辿っている。

 と、言うのも最近では飛び散った脳漿や糞尿を片付ける費用が高騰し、高額請求で自殺者の死後身内に迷惑が掛かる事から飛び降り自殺を控える人が多いのだ。

 後、線路への飛び込み自殺。

 これも言わずもがな、だ。


 高位高齢者希望安楽死法案役に立たない人は死んでも良い法案が可決為れてはや20年。

 本当は少子高齢化問題の解決の糸口として、医療負担が莫大となる高齢者に安楽死を勧める法案だったらしいのだけど、何がどう捻れたのか自殺は社会の為と言う風潮に今はなっている。

 それ処か今では一種のエンターテイメントとなっており周囲も煽りに煽る風習があるのだ。

 なんなら飛び降りは飛翔体、入水は潜水なんて俗称もあるほどだ。

 最近地方ならではの多様性バリエーションも増えて来ているらしい。

 大阪では50kgの重りを抱いての淀川飛び込み入水が流行りだとかなんだとか。


「「「「「「「とーべ!とーべ!とーべ!とーべ!」」」」」」


 とべコールが大合唱となり始めている。

 そんな折、山中警部補が屋上に着いたようだ。

 何やら一言二言会話しているみたいだ。

 あれ?

 山中警部補ちょっとに近すぎないですか?


 あ―――――――


 どしゃっ。


「「「「「「「うぉおおおおおおおお!!!!」」」」」」


「うわ、エグ――――」


 依頼された通りに私は飛び降りた後の撮影も欠かさない。

 なるべく直視しない様にスマートフォンを遠くへと腕を伸ばす。

 それにしても今では慣れてきたけども、この周囲の野次馬。

 コイツらは自殺を促進させて罪にはならないのだろうか?

 飛べと煽りってみたり、水中で溺死する様を撮影してみたり本当にこの国は、いやこの世界は狂っている。

 この狂った社会に少しでも正義をもたらせればと私は今も警察官を続けている。

 こうやって飛び散った脳漿や糞尿を撮影するのも、言うなればこんな死に方したくないだろう?と言うメッセージを発信しているのだ。


「お、おつかれさん」


 軽い感じで手をあげてくる山中さん。


「ああ、山中警部補。はいちゃんと撮ってますよ」

「有り難う有り難う」

「ほんとちゃんとJUJU園連れて行って下さいよね」

「あー、分かったよ」

「そう言えば山中警部補、さっきだいぶ自殺者に近く無かったですか?」

「あーね」

「………何かあったんですか?」

「いやね、此処だけの話しやっぱり死にたくないとか言い出したのよ。彼女」

「え!それは………」

「だろう?だから俺言ってやったのよ。皆君が死ぬの待ってるよって。でもそれでも死にたくないって言うからさ―――――ほんの少しネットフェンスを揺らしたんだ」


 ガチャリ――――


「―――へ?」

「良い自白が撮れました。有り難うございます。山中昌忠15時28分自殺強制罪の疑いで現行犯逮捕」

「いや、ちょっと待てよ!俺は直接触れてないし――――」


 山中元警部補が、私に突っかかってくる。

 それを私は背負い投げ山中元警部補を地面にたたき伏せる。

 理由は何であれ――――



「―――――山中さん、殺しちゃダメですよ」

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