キャサリン、愛してる。
僕の名前は田中勇一。
ホントどこにでも居そうな日本人らしい名前。
友人には親に適当に付けられたのだろ?とか揶揄される事が多い。
実際はそんな事は無く「勇気ある行動が一番に出来る様な人物に」と言う思いをお前の名前には込めていると父親は断言していたので今でも信じている。
ただ「僕の名前の由来って」て聞いてから2時間後に父親は答えてくれたのだけれど。
僕の名前を普通の何処にでも在りそうな日本人代表みたいな名前にたらしめているのはなんと言っても『田中』姓の影響だ。
もし、これが戦場ヶ原だったら「戦場ヶ原勇一」となりかなりカッコいい名前に成る。
手越とかだと「手越勇一」で某ジャニーズアイドルのパチモン臭さが出るが、それでも田中よりはずっと良い。
実際は一生僕が田中勇一から変わることは無いのだけど。
そんな僕がカッコいい名前に憧れを持ってしまうのは致し方ないことと言えよう。
それ故僕には少し変わった癖があるんだ。
それは「自分の持ち物にその時良いと思えた名前を付ける」と言う癖だ。
代表的な奴と言えばアレだ。
僕が小学生の頃名古屋のおじさんの家に行った時の話だ。
おじさんの家のリビングに飾ってあった両刃の剣。
鬼の飾りが施された鍔、その鬼の口から生える様に伸びた銀色に光る両刃。
柄頭からは紅い糸が数百本生え出ており、何処かオリエンタルな雰囲気のある剣だった。
一目見た瞬間僕はその剣に惚れてしまい、おじさんに
そしてその剣に付けた名前が「聖魔剣シンセサイザー」だ。
なんとも中二臭い名前だけれど当時の僕は小学生だ。
そう考えると聖魔剣の部分はまぁ仕方ない。
聖とか魔に憧れを持つ年だからな。
だけども、後半部分。
何故シンセなのか未だに分からない。
分からないけど、当時の僕の感性に響いた言葉だったのだろう。
メタな話し、この話しを書いてる途中に聖魔剣シンセサイザーを思い返していた僕は、聖魔剣シンセサイザーを友人宅に預けっぱなしだったので今どうなっているのか連絡を取ってみた。
20年振りに電話越しで二人で聖魔剣シンセサイザーの会話をした。
剣の刃の部分は薄いステンレス製だったみたいで大きくなって見たら意外と安っぽいらしい。
彼は、当時聖魔剣シンセサイザーと名付けた時一緒に居たので名前の来歴を聴いてみたが、結局なぜシンセサイザーなのかは謎のままだった。
そして、少し口ごもっている友人が気になり現在のシンセサイザーの事を問いただした所、少し前に家が競売に掛けられその時にどうやら紛失してしまったらしい。
流石に弱り目に追討ちを掛ける様な真似はしたくなかったので、僕は泣く泣く謝る友人に「いいよいいよ」と言って電話を切った。
一応おじさんの遺品になるので、もし見つけた人は僕に連絡して欲しい。
そんな感じで僕はその後も色々な物に名前を付けながら人生を過してきている。
時には自分の娘に名前を付けるというビッグイベントもあったが、流石にそこはドキュンな名前は遠慮してちゃんとした名前をつけたよ。
だって娘の名前が「田中
つけられた本人はもっと嫌だろうけど。
何だよ
永久凍土って書いてコキュートスとかにしとけよ!って突っ込んじまいそうだよ。
勿論自分の名前がそんな名前だったらと考えただけで身の毛もよだつのだけど…………。
そんな感じで、良識ある僕の娘の名前は由奈だ。
由と言う漢字には礼儀、教養と言った感じの意味合いがある。
ちなみに奈の部分は意味が無い、意味としては取って無い部分になる。
そうやって襟を正してみたが、実際は当時流行った某Fシリーズのヒロインみたいな優しい女の子に育って欲しいという願を込めてつけたのだ。
後悔はしていない。
後悔はしてないが、娘からは美羽が良かったと未だに言われている。
彼女が育ったとき自身の由来となったヒロインをどうか見てプレイして感じて欲しい。
ただ、続編はプレイしてくれるな。
アレは黒歴史だからな。
そして名前を付けると言う行為、「名付け」を行うと決まって愛着が沸く。
それはどんな物に対してもだ。
最近の独身アラフォー女子はロボット掃除機に名前を付けて話掛けたりするらしいがその気持ち、僕にも大いに分かるのだ。
名付ける事によって愛が生まれる。
そして愛が生まれれば物も大事に使うようになる。
物が大事にされていけば、ゴミ問題等の社会現象の緩和に役立つかも知れない。
だから皆も名前を付ける事を僕は奨励する。
ただ一点だけ気を付けて欲しい。
愛着が沸いて、愛し使い続けた物。
幾ら愛しても、所詮物。
物という
いずれ壊れ行くと言う
今日、僕もこれから一つの別れを体験する。
長らく愛し、使い続けたキャサリン。
キャサリンが遂に寿命を迎えてしまった。
思い返せばキャサリンと初めて出会ったのは3年前の暑い夏の夜。
信長書店のグッズ欄だった。
初めてキャサリンを見た時衝撃が走ったよ。
だって洗って何回も使えるんだぜ!
使い捨てが基本だったのに、キャサリンは正に革命児だった。
しかも、だ。
身体は真っ白で近未来的。まるで何かのオブジェを彷彿とさせる様な、そんな風体は窓際に飾っておいても「あれ?加湿器かな」と不意な来客に対しても擬態で応えてくれる。
キャサリン超有能。
そして長く使う事で、内部が良い感じにやれてきてその内ローションすら不要となるのだ。
只でさえ、洗って何度も使えると言うだけで低コスト化しているのに、副資材であるローションすら不要になるなんて。
もはやランニングコストは洗浄時の水道代と自身の右手稼働時の人件費だけだ。
嗚呼、だけどそんな有能なキャサリン。
彼女も三年間毎夜コスるという過酷な耐久レースには勝てなかった。
僕の愛したキャサリン。
今夜最期の夜を共にした。
やれすぎた内部からはシリコンが消しゴム糟のようにぽろぽろとこぼれ落ちる。
それはまるでキャサリンの涙みたいだ。
嗚呼、僕の愛したキャサリン。
今夜ぐらいは洗わずに、そのままにしておこう。
そして明日は水曜日、プラゴミの日。
僕等は明日の朝、僕の出勤時に永遠に別れるのだ。
僕はキャサリンに告げるのだ。
朝日の元。
ゴミ置場で―――
「キャサリン、愛してたよ」って。
fin
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます