第27話

「ごめん待たせた!」


 全力で走ってきたせいで、息絶えだえになりながら言った。

 公園にある電灯の下、ベンチに座った瑞樹は首を横に振り、優しくふっと笑う。


「大丈夫。待たされるのは慣れてるから」


 俺は苦笑して、瑞樹の隣に座る。


 公園の音。虫が跳ねて葉をかき鳴らす。コオロギの鈴みたいにきゅるきゅるりんりんとした歌声がベース音。時を刻むメトロノームのような、ちっちっちという鳴き声が時々混ざる。虫が遊具にぶつかるのかトライアングルみたいに鉄を小突く音が聞こえる。ぽとりと虫が地面に落ちる音も聞こえる。近くから、接続の悪いイヤフォンみたいな蝉の鳴き声がジージーなり始めた。遠くで聞こえるゴムが擦れ合うみたいな鳴き声はなんだろうか。


 虫達は鳴いている。これ以上ないくらいに鳴いている。


 けれど静かだ。


 揺らぐことのない無風の夜。ブランコも滑り台も雲底も、吊り橋のロープでさえぴたりと静止してることだろう。テレビの中で動いていた自分が、停止ボタンを押されたように錯覚してしまう。いや、どちらかといえば絵画の中に閉じ込められた気分が正しい。


 公園の電灯が落ちた。辺りは蒼い暗闇に包まれる。


 隣の瑞樹の姿は黒く塗られた。小さな息遣いを耳にして存在を把握する。

 上を向けば、満天の星空。月並みだけど、降ってきそうなほどの星空。星明かりで青とも緑ともつかない綺麗な色をしている。


 静かな時間を過ごし、荒いだ呼吸が整ってきた。言葉を発するに、なんの障害もない。

 昔のことだけど、ずっと探していた、駆けずり回って姿を求めていた。その目的の人物が目の前にいるんだ。なんて切り出していいか、俺は知っている。


「ありがとうございます」


 瑞樹は目を丸くした。


「いきなりどうしたの?」

「学んだんだ」

「何それ」


 瑞樹はくすりと笑った後、遠い空を見上げて話す。


「退職金を渡すみたいに、最初は負けてあげようかと思った……けど、やめる」

「私さ、前から好きな人がいるんだ」

「その人を誘って一緒にライブを見たい。そして、告白したい」

 再びの静寂。

「だから私は負けてあげれない」

「じゃあ、仕方ない」

「諦めるの?」

「まさか」


 静かな時間を過ごしても、変化を望む自分の声は鳴り止みそうにもない。


 いくら自分が変わらなくても、周りは勝手に変わっていってしまう。なら、変わることを恐れていても仕方ない。


 変わらないものなんて何もない、全てのものは形を変えて移りゆく。だったら、新しいものに期待しようか。ここに来て嫌いだった公園が、今ではすっごく尊く見えるように、俺には変化を受け入れることができる。


 あとは、鉄錆のように頑固にこびりついた記憶。こいつを剥がすだけでいい。さあ、終わらせよう。幸運にも、舞台と役者は用意されている。


「なあさ、瑞樹。明日俺が勝ったらさ、一つ話を聞いてくれないか?」

 俺の提案に瑞樹は、屈託のない笑みを浮かべた。

「ちょうど良かった。私も勝った後に、話があったからさ」

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