第十四章 I Walk With You


「ああっ、くっそあつい!」秀明は暑さで目が覚めた。関東地方は五月初旬とは言え、発達した太平洋高気圧のおかげで七月なみの猛暑となった。秀明はいつもどおり、朝のシャワーを浴びる。

 思い起こせば、先輩たちは一旦入院したものの、検査の結果何処も異常なしとのことで、次の日には退院させられ、事情聴取のほうも形式だけの簡単なもので済まされた。なんだか、あれだけの事件の割にはあっさりしすぎていて奇妙だ。全て無かったことにされてしまった。

 刑事、あれ? 警部か。の中川さんも、苦虫を押しつぶしていたみたいだ。あれだけ部下を失ったのに。きっと、なにか上からの圧力があったのだろう。

 そう言えば、今回の主犯の小鳥遊綾人は結局治療が間に合わず、亡くなったそうだ。これで一連の不審死事件も迷宮入りだ。あの龍神は綾人とどんな関わりだったか判らないが、十年前に門の封印をするときに、一部はがれたような痕跡があったってことが、報告に残っていたそうだ。

 亜紀たちはきっと何者かが封印をといてししまったため、龍神がこっちの世界にきてしまったのではないかと推測していた。

 ここからは秀明の推測だが、おそらく鳥使いの修行の際に綾人が誤って封印を解いてしまい、龍神と接触、龍神となんらかの契約みたいなものをしてしまった。そうして、龍神の邪気に精神を影響されてしまったのかもしれない。

 可哀想な陽菜ちゃん。これから天涯孤独になってしまう。おそらく親戚の家か、高校卒業までは児童養護施設の厄介になるのだろうが。

 秀明は髪の毛を拭きながら、テレビをつけてぼんやり眺める。テレビでは連日謎の怪獣の話題で持ちきりだ。

 ゴールデンウィーク中の自衛隊機墜落事故に関しても、今年一番のミステリーとして怪獣とセットで報道されているが、政府の公式発表では、怪獣に関しては小型飛行機、自衛隊機墜落関しては訓練中の接触事故として、キングゴ《・》ドラ(?)のかかわりはすべて否定されている。乗っていたパイロットと称する人も訓練中のミスだと明言している。

 ほかの話題は芸能人の麻薬や離婚、教師の不祥事などいつもとさして変わらぬ話題だ。ただ一つ、連休前に見たジャパンダイヤモンド工業が自衛隊向けの戦車やミサイル、戦闘機を作っている三ツ星重工と業務提携をするというニュースがひっそりと報道された。


「おい!ヒデ!」一限目が始まるのを講義室の中段あたりでぼうっと待っている秀明に後ろから誰かが声をかけてくる。振り向くと竜二、香織、彩花が立っていた。

「おまえ、大丈夫か? 旅行先で入院なんて洒落になんないもんな。でも亜紀先輩たちにはちゃんとお礼言えよ! 退院するまでずっと面倒見てくれたんだから!」と竜二が言う。あれ? そういうことになっていたんだ。実際入院していたのは亜紀先輩達なのに。

「ヒデ君、もうお腹痛くないノ? 私たちは何ともなかったのに災難だったネ」と彩夏が言う。

「ああ、大丈夫だよ。実は大したこと無かったんだ。まあ、いろいろあったけどね」秀明は龍神との戦いのことなど色々考えながら言った。

「今日は連休明け初日だし、講義終わったらみんなで部室行こうかって話してたの。ヒデ君も先輩にお礼言わなきゃでしょ?」と香織。

「そうだね。それに……」と言い掛けたところで、教授が入ってきた。

「じゃ、続きは講義終わったあとね」と香織は言うと、後ろの席に戻った。


 久しぶりの講義は長く退屈だったが、今日の講義は三限目までだったので、なんとか乗り切れた。

「さあ、サークル出るの久しぶりだなあ。みんな俺のこと忘れちゃったんじゃないか?」竜二の声が講義室に響く。ここは三百人も入る大講義室だから、コンサートホールかってくらいよく響いた。講義室から退室する教授がきっと竜二を睨みつけたが、そんなことに気づいてないのか、悪びれる様子もない。

「で、もう決めたんだよな?」竜二が秀明の肩に手を回し言った。秀明は大きく頷くと「ああ、決めたよ。みんなと一緒に行くさ」と言った。


 大学敷地の隅にある七号館の隣に部室棟まで、四人で歩いていく。秀明はここまで来るのは初めてだ。

「鍵は守衛さんのところから借りてきて、最後に退室する奴が返すんだ。今日は先に先輩が鍵を持っていったみたいだ。さっき守衛さんの所に行ったら、もう持ってったよって教えてくれた」

 部室は一番上の五階だ。エレベーターは荷物用しかないので、みんな歩いていく。三十年前のバリアフリーなんて言葉が無い時代の建物だから、仕方ない。

「さすが、五階まで一気に行くのはキツイな」と竜二が息を切らせて言う。みんなでハアハア息を切らせて廊下に雑然と置いてある荷物を避けながら進んでいく。

「なんか、漫研とか美研とか荷物が多い部が固まっているから、こんな雑然としいてるらしいよ」と香織が説明する。そして一番奥が、芸能研究部、通称ゲイ研の部室だ。

「おはようございまーす! 入部希望の二人連れてきました!」竜二がデカい声で挨拶しながら戸を開ける。

 部屋の中には男女併せて五、六人いる。亜紀先輩、美紀先輩も見える。

「さあ、遠慮しないで入って入って」初めての場所でどうして良いか判らない、秀明と彩夏に香織がはきはきと言った。

一番奥の上級生らしき人が、

「竜二くん、早速だけど彼らを紹介してよ」と言う。

「ああ、そうでしたね。えっと、こっちの女性が佐倉彩夏さんです」と竜二が二人を紹介し始める。

彩夏は、少しはにかみながら、

「よろしくお願いしますゥ!」と元気いっぱいで挨拶する。

竜二は秀明の肩を叩き、

「で、こっちの野郎が龍沢秀明君です。新歓コンパで俺の隣に座っていました。覚えてらっしゃましたか?」と紹介した。おいおい、野郎って……。秀明はそう思いながらも、少し緊張して

「よ、よろしく……、おねがいします!」と挨拶をした。竜二は秀明達に、サークル先輩達の紹介を始めた。

「で、こっちの人が副部長の上野さんね」

「上野です、ようこそゲイ研へ」かなりガタイの良い、いかにもオタク然とした人だ。副部長らしく、居丈高な感じだ。

「で、こちらの女性が尾久さん」

「よろしく!バンドでギター担当よ。まだ独身だからね!」細身のモデルさんみたいな女性だ。濃いアイライン、鼻ピアスやイヤリングがいかにもロックバンド系の女性といった趣だった。最後の独身アピールは名前がオクさんだからか。

「あそこでゲームしてるのが赤羽さん」この人は痩せ過ぎなコオロギみたい雰囲気。脇目もふらず一心不乱でゲームをしている。

「はい、よろしく。主にゲームしてまーす」

挨拶がなんか面白かったせいか、みんな此処で爆笑。

「赤羽先輩はああ見えても大手ゲーム会社でデベロッパーもやっている、ベテランプログラマーなんだぜ。今は大学院で博士課程専攻中」と竜二が続ける。へぇ、すごい人なんだなと秀明は思った。

「で、一乗寺さん。はもう知ってるよね?」

「いちおう、よろしく!」亜紀は右手を軽く振ってあいさつ。

「よろしくね!」美紀が軽くウィンクし、

秀明を見て微笑む。

「あと十人くらい部員は居るんだけどね。幽霊部員を含めるともっといるか」と副部長の上野。

「あの、部長さんはどうしたのですかァ?」と彩夏。

「ああ、部長は今休学中でね。今は僕が代理をやってるんだよ」と上野が言う。

「そういえば、入学時のサークル説明会で既に話したから、うちはどんなサークルか知っているよね? いちおう説明すると、名前の通り芸能関係全般を研究するサークルだ。アイドル、バンド、アニメ、映画、漫画、SF、落語、お笑いなんでも自分のやりたいことやっていいよ。ちなみに僕はアイドルが専門。で、まあ尾久さんは見ての通り……」と上野が説明している所で尾久が話に割って入る。

「私はヴェルベット・スカイウォーカーってバンドでギターとヴォーカルをやってるの。松本くんと龍沢くんにも、手伝ってもらうわよ。特にうちはキーボード居ないから、龍沢くん、よろしくね!」

「あと、赤羽さんはさっき松本くんが話したけど、元々うちのOBでね。卒業後、一旦大手ゲームメーカーに就職して、優秀すぎて出戻りで大学戻ってきたんだ。大学と共同研究って形で今は大学院でドクター課程を専攻している。正確に言うと今は部員じゃないけどね、こうやって研究の合間に顔出ししてくれているんだ」へぇ、そうなんだ。と秀明は感心した。

「一乗寺さんは……」と副部長が言いかけると、

「私たちは、紹介不要ですよ」と亜紀が言った。

「まあ、既に知りあいみたいだもんね」と美紀。

「まあ、そういうことなんで、これからもよろしく。そうだ、歓迎会しなきゃだね。じゃ、一乗寺姉と妹、幹事頼むよ!」

「わかりましたわ。じゃ、いつもの店予約しておきますね!」美紀は鞄から早速アイフォンを取り出した。


 六月になったのに夜はなんだか肌寒かった。秀明たちはゲイ研の歓迎会の帰り。男女六人のグループ。同級生の竜二、香織、彩夏、先輩の美紀、亜紀らと歓迎会会場である居酒屋ぷうちゃんを後にしたところだ。

「じゃ、私達はこの辺で」自宅が遠い香織と彩夏、明日朝から予定がある竜二は先に帰っていく。

「ヒデ君、これから予定空いてる?」美紀が尋ねる。特に用事もない秀明は、とりたてて何もないと告げると、

「じゃ、うちにおいでよ。会わせたい人がいるんだ」と美紀が言う。会わせたい人って誰なんだろう? お父さんにでも会わせたいのだろうか? 秀明は少しドキドキしながら、一乗寺家に向かった。


 先輩たちの家に来るのはもう結構前のような気がするけど、まだ二ヶ月も経ってないんだよな。と秀明は思った。大きな門をくぐり、玄関の前に立つ。ああ、ここであの化物に襲われたのが事の始まりだったな。と秀明は感慨深く思った。

「何ぼさっと突っ立てるの? 速く入って」と亜紀がつっけんどんに言う。

「ただいま!」という亜紀の声が玄関をこだまする。すると、幼い聞き覚えのある女の子の声が聞こえてくる。

「おかえりなさい!」

とかわいいエプロンをした女の子が出てきた。

「あれ? 陽菜ちゃん? どうして?」秀明はびっくりした。

「ああ、わけあってね。うちに住んでもらうことになったのよ。もう今週からこっちの中学校に通っているの」

「ええ? そうなんですか? 凄いびっくりですよ!」秀明は驚きを隠せなかったが、

「えっと、陽菜ちゃん、これからお世話になるけどよろしくね」と、手を伸ばし握手を求めた。陽奈も秀明の手を恐る恐る握り返すと、

「こちらこそよろしくお願いします! こっちのことまだよく判らないから、いろいろ連れて行って下さい」陽奈はにこやかに答えながらも、その笑顔には少し影があった。


 秀明は亜紀と美紀にことの成り行きを聞いた。陽奈の親戚は母方の妹夫婦しかおらず、理由が有って面倒を見るのが困難だとのことだった。かといって、他にも引き取り手が見つからず、児童相談所も悩んでいていたところを、今回のことで少なからず責任を感じていた、亜紀先輩と美紀先輩が彼女が高校卒業まで一乗寺家で預かると決めたとのことだった。

 幸い、一乗寺家は屋敷も広いので、陽奈が住めるところぐらい十分ある。遺族年金と長野の自宅を人に貸すことで少ないながらも収入が得られるので経済的な面で一乗寺家にそれほど負担もない。なにより、精神的負担の大きい陽奈にとって児童養護施設での生活はそれほどいいものではないからだ。

「こっちの生活はもうなれた?」と秀明が陽奈に聞くと、

「はい! なんか山が近くにないのが変な感じですけど、あんまりあっちと変わらないですね。ちょっと蒸し暑いですけど。東京に直ぐ行けるみたいなんで、今度原宿に行ってみたい!」と答えてくれた。

「龍沢さん、これからおにいちゃんって呼んでいいですか? ホントのお兄ちゃんは死んじゃったけど、龍沢さん見てるとなんかお兄ちゃんを思い出しちゃって、ついおにいちゃんって声かけたくなっちゃって」と陽奈が少し涙ぐみながら言う。

「いいよ、俺なんかで良ければ何時でもおにいちゃんって呼んでいいよ」と秀明は言う。

なぜか昔のひかりを思い出すと秀明は思っていた。

「あら、可愛い妹が出来てよかったわね」と亜紀が言う。

「なんか、嫌な感じだなぁ、その言い方」と言うと、美紀と陽奈がくすっと笑う。

「じゃ、陽菜ちゃんとヒデ君、そしてボク達、血はつながってないけど、心を一つにして、兄弟のように辛いときも楽しいときも仲良くやっていこうよ!」と美紀が言うと、

「そうね」と亜紀が頷いた。陽奈も頷く。

 そう、これからずっと僕達は一緒に歩んでいくんだ、と考えながら秀明は熱い紅茶を飲んだ。

                              (了)

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沈黙の騎士団 Silent Knights 諸田 狐 @foxmoloda

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