第十章 Here I am

 うう、気持ち悪い。吐きそうだ。やっぱり断っておけば良かった。秀明は勧められるがまま食べてしまったことを後悔していた。

「ヒデ君! たったあれしきの量で気持ち悪くなるなんて男らしくないぞ! 男子たる者ご飯を大盛り三杯はぺろっと対あげるくらいじゃないとダメじゃ無いか!」と亜紀が笑い飛ばした。

 そんな事言われても僕は体育会系の男じゃ無い! 先輩たちの道場に通ってた男の子達ばかり見ているからそう思うのだろうけど、彼らは普通じゃ無いから! と口答えしそうになったが、どうせやり込められるのは目に見えているから、此処は黙ってやり過ごすことにした。

「陽奈ちゃん、今日は楽しかったわ! 連休中だしもっと観光もしたいから暫く滞在するつもりなんだけど、時間あったらまた遊んでね!」と亜紀が別れを告げると、陽奈も、

「お姉ちゃんたち、ありがとう陽奈も暇だからまた声かけてください!」とぺこりと頭をさげて自宅へ戻って行った。

 彼女といったん別れた秀明達は、彼女の兄が勤めているというスーパー亀屋に向かった。目的はもちろんこの事件に関連が疑われる彼に会うことだった。

 このスーパー亀屋だが、作りは平屋なのだが地方のスーパーらしく建築面積とても広く大きい店で食材だけで無く衣料品や調理器具、食器、サニタリーなど一通り此処で揃う大型店だった。駐車場も広く八割方はうまっており、繁盛していることが窺える。この街自体は秀明達の大学のある街もさして変わらない規模であると思われるが、広々とした街なので却って田舎に見えるため、この規模のスーパーでこの盛況ぶりは意外だった。

「さて、小鳥遊さんはどこに行けば会えるのかしらね?」と亜紀がロングの髪を両手でふわっと背中にまわしながら言った。秀明は偶然にも裏口あたりでビールケースを腰掛けにして煙草を吸っている、自分たちと同年代らしい男性を見つけ指さした。

「先輩! あの人」

「ヒデ君ナイスよ」と亜紀が親指をたてグッジョブのサインを送る。見知らぬ男女が近づいてきて少し警戒しているのだろうか、煙草の男性が鋭い目つきで秀明達を睨みつける。

「何か用ですか?」男は慇懃に言う。

「うん。大したことないのだけどね。ちょっと会いたい人が居てね。探しにきたのよ」と亜紀が努めて明るく怪しまれないように言う。

「そのしゃべり方は東京のひとか?」まだ慇懃な態度は変わらない。

「東京じゃないけどね。埼玉だから似たようなもんだけど」と亜紀が言うと、

「小鳥遊さんって言うんだけどね。ほら良くある高いって字に果物の梨って字のタカナシさんじゃなくて、小鳥が遊ぶって書く、珍しい読み方のタカナシさん。知ってるかな?」と亜紀の胸元からダイヤのペンダントがキラリと輝く。

「しらねぇけど」

男は嘘をついていると亜紀は直感で悟った。

「あれ? そうなの? このスーパーで働いているって聞いたんだけど」と亜紀は胸元のダイヤをわざと見せるように中腰に屈んだ。

 男は亜紀の豊かな胸の谷間を見せつけられて少しどぎまぎしながら、

「ここで働いている人はいっぱい居るんでね。全員の名前なんて覚えちゃいないよ」と吐露する。

「残念、判ったわ。店に行って他の人に聞いてみるよ」と亜紀。すると男は、

「ちょっと待て、その小鳥遊って奴に何の用だ?」と聞いてきた。

「知らないなら言う必要ないでしょ? 貴方には関係ないし」と亜紀は毅然として言う。

「いや、どっちのタカナシだか知らねえけど、タカナシさんて人はうちの店に居るよ。でも今日は休みだから居ない。店の人間に聞いといてあげるから連絡先教えてくれ。判ったら連絡するよ」と男は言う。

「知らない人に女の子がそう簡単に電話番号とか教えると思う?」と亜紀は言い放った。

男はチッと舌打ちをすると、

「判ったよ! じゃ、そっちの兄さんのでいいから、電話番号かWireのIDを教えてくれ」と吐き捨てた。

 いきなり自分に振られてきょとんとする秀明。だが、亜紀は、

「判ったわ。私の電話番号教えるわ。ただし、ナンパなんてしてきたら速攻で着信拒否にするからね」と言い放つ。

「後で連絡するから待っていてくれ。もう昼休み終わりだから今は失礼させてもらうよ」と男は煙草を足下に捨てて足でもみ消すと、裏口から店内に戻っていった。

「シロだったみたいね。でもいいのかな? あのまま行かせて。彼が陽奈ちゃんのお兄さんて気づいていたんでしょ?」と美紀が言う。

「ええ判っていたけどね。なんか嗅ぎ回られていると思って警戒していたんでしょ。でも想定通りの反応だわ」と亜紀が応えた。

「でも、妖鬼の線は消えたけど、どうすんの?」美紀は亜紀に聞く。

「まぁ、陽奈ちゃんのこともあるし、ちょっと事件と無関係かどうかだけ調べたいわ。とんだサイコ野郎なら罪は償ってもらう。たぶん、近いうちに連絡してくると思うわ。で、本人に会わせるからって、どっかに呼び出すはずよ。あとはそこからどう出てくるかだわね。人気の無いところに呼び出すっていうなら危険だわね。余程のことがない限り手は出さないと思うけど」

「でもそこは裏をかいてどんな手を使うかは判らないわ」

「そうね、そこでカラスの群を手名付けているとしたら、ふつうの人間ならイチコロだけど、私たちは紫雨と火羅太刀が有れば、カラスなんて怖くないわ。ただヒデ君は一緒にいると危険だわね。だから今回は、ヒデ君は一緒には行かせるわけにはいかないわ」と亜紀。秀明はなにも出来ない自分に歯がゆさを感じ思わず唇をかむ。

「でもヒデ君には別な仕事があるから任せたいからお願いね」と亜紀が言う。

「とりあえず一度ホテルに戻りましょう。作戦はそれからね」美紀はタクシーの迎車を手配して言った。


 秀明達は戻って軽く作戦会議をした後、体力を温存するため、部屋で休んでいた。(コツコツ)。軽くノックする音が聞こえてきた。のぞき窓から覗くと美紀が立っている。

「どうしましたか?」とドアを開ける秀明。

「ちょっと良いかな?」と美紀が入ってくる。

「動きがあった。さっきの男の子から電話が有って小鳥遊さんに会わせるから六時に斉川緑地に来てほしいって」美紀はベッドに座って長い足を組む。

「それで、作戦変更。亜紀姉ぇは今回一人で行く」とシュシュを直しながら話した。

「それでも危険なんじゃないですか? 相手は立派な成人男子ですよ。いくら古武術やっていても、力で二十代の男に敵うとは思えないな」と秀明は言う。

「大丈夫。亜紀姉ぇはそんなヤワじゃないから。それに幾ら鳥を手名付けていても普通の人間よ。妖鬼じゃないんだから、心配ないよ」とちょっと艶めかしい目で秀明を見ながら言った。

「で、自分は予定通りですか?」とホテル備え付けのお世辞にも座り心地は良くない椅子に腰掛ける。

「そうだね。彼が十八時指定してきたから、亜紀姉ぇは十七時に出る。ヒデ君も十七時に開始して」

「美紀さんは?」

「私は違うミッションが決まってる」

「どんなミッション?」

「それは秘密。言えない」

「なぜです? そんな重要な話なんですか?」

「そうだね、ちょっと喋っちゃうと台無しに成りかねないから。だからお楽しみということで」

あまりにも美紀が頑ななので秀明はこれ以上は聞くまいと「わかりました。僕が聞いても仕方ないかもしれないですね」と諦めた。

「ありがと、聞き分けてくれて」とベッドからぱっと立ち上がりざまに秀明の頬にキスをする。突然の出来事に唖然とする秀明に美紀は「これはご褒美ね!」と微笑み、部屋を出ていった。


 時間は午後五時になり、それぞれ自分の役割を果たすために動き出した。亜紀は指定された斉川緑地に行くため、タクシーに乗り込む。

「運転手さん、斉川緑地って行けますか?」とタクシー運転手に告げる。

運転手は「はいよ。十分くらいで着くけど斉川緑地のどの辺かね?」と尋ねる。

「自動車教習所のほうでお願いします」と亜紀は指定された場所から一番近いランドマークになるところを言った。

「こんな夕方にずいぶん人気のないところに行くんだね」

「ちょっと、友達に会いに行くのよ」亜紀はタクシー運転手に勘ぐられないように言う。

「ならいいけど、この辺じゃ東京の方と違って未だに暴走族がいるからね。数年前は暴走族同士の喧嘩とかリンチで死人もでたし、強姦事件なんてしょっちゅうだからね。お嬢ちゃんみたいなかわいい子は気をつけないと」と初老の運転手は気を使うように言った。やがてタクシーは市街地を抜け、橋を渡り、目的地へ近づく。

「はい、ついたよ。料金は千六百七十円ね」亜紀は運転手に料金を渡してタクシーを降りるとアイフォンで場所と時間を確認する。時間は十七時三十分になろうとしている。予定では既に詳しい場所の連絡があるはずなのだが。亜紀がアイフォンをポーチにしまおうとしたその時前触れも無くそれが鳴動した。ディスプレイを見ると『公衆電話』と言う表示。携帯電話を使わないなんて、何を企んでいるのかしら。証拠を残さないため? 彼女は慎重に緑色に光る通話ボタンをタップした。そしておそるおそる受話部分に耳を当てた。

「あ、もしもし。俺だよ。小鳥遊さんには十八時に野球グラウンドで待っているよう言っといたからさ時間までに行ってよ。今どこにいるんよ?」と例の男から電話だ。

「私は今自動車学校のあたりよ」と亜紀が応える。

「そっかあ。少し歩くね。十分はかかんねえと思うけど」と男が応えた。

「ねぇ、もう暗くなるし、ここじゃだめなの?」と亜紀が言うと

「ああ、小鳥遊さん、野球の試合の準備有るとかで忙しいのよ。悪いけど行ってあげて。じゃ、もう金無くなるから」と言い終わらないうちに切れてしまった。仕方ない、行くしかないわね、と亜紀はつぶやき、野球グラウンドまでてくてく歩いていった。その公園はごく最近全体のレイアウトが変更されたようだったが、入り口の案内地図にまで予算が回らなかったのか、はたまた単にかけかえが間に合ってないだけなのかは判らないが古い変更前のままだった。その所為で彼女はこの広い運動公園内で迷ってしまった。

「あいつ、グラウンドの位置くらいちゃんと教えておいてくれればいいのに」亜紀は一人ごちる。結局グラウンドに着いたのは十八時少し前だったがそこには人影が全くなかった。

「準備があるって言ってた割には、まだ来てないじゃない」とつぶやいたが、元々本当かどうかも判らないかもね、と思い直す。彼女はグラウンドの普段選手達が座るベンチにちょこっと座り、入り口の方を見つめる。グラウンドは不思議なくらい静まりかえっていて、時折吹く風が得点板のナンバープレートをパタパタ鳴らす音が聞こえるだけだった。普通ならそれこそカラスなんかの鳴き声が聞こえてもいいのにね、と考えた。約束の時間を十分すぎ、普段冷静な彼女の気分も少しいらだちを感じ始めたとき、クルマが近づいてくる音が聞こえてきた。意外にもさっき歩いてきた入り口方面からではない。黒い小型車、彼女はクルマに詳しくは無いがトヨタ車だと言うことだけはそのエンブレムを見て判った。車は彼女の側に停まるとドアがカチャっと開き、中から見覚えのある男が降り立った。

「よう、こんにちは。いや、こんばんは、かな?」


 秀明はホテルの部屋でテレビを見ながら考えていた。嘘の一一〇番をしてから三十分。予定ならば、亜紀からの連絡が会っても良いはずだが、まだ電話もメッセージ着信もない。テレビでは昨日起きた神隠村での不審死事件のニュースが流れている。何か嫌な予感がする。亜紀には凄い武器もあるし、銃弾程度なら易々と跳ね返せる(と彼女に聞いた)巫女装束(退妖礼装と言うらしい)もある。あの武器(たしか紫雨とか言っていた)はシールドも張れるし、他にも色々な術も使えると聞いた。しかし、特に何も根拠は無いが何かしこりのようなものが心の中に残っていた。

 ミッション開始前に亜紀から貰ったメールが未だアイフォンに映し出されている。

『連絡がない場合は美紀と一緒にGPSの示す場所に来ること』

そろそろ次の行動に移るべきかもしれない。

計画を記したメールに買いてあるとおり、秀明は美紀と連絡を取った。

「美紀先輩、僕です、秀明です。いま電話大丈夫ですか?」

「大丈夫。判っている。ボクのところにも連絡ないから。とりあえず次の計画を実行に移しましょう。ヒデ君は今からタクシーに乗って、亀屋の駐車場へ来て」と亜紀は小声で告げた。秀明は亜紀たちから譲り受けた刀『吉宗』を手にとり、鞘から抜いて一振りしてみる。驚いたことに思ったより軽い。チタン製かなんかだろうか。それなりにずっしりはしているが重さはアイフォンと大して変わらない。しかし、吉宗とはなんともベタな名前だが、護人もりひとだった亜紀たちの先祖が作らせた対妖鬼用の武器だ。同じ型の刀は全部で十五本あり、すべて徳川将軍の名前が付けられている。江戸末期に著名刀工に作らせた刀で、大昔の妖鬼との合戦で破壊されて、使用できなくなった神器を、粘り硬さ最高と言える玉鋼と共に溶かしあわせて打った刀で、現代ではもう作ることが不可能とされている刀だそうだ。おそらく、どの名刀をも凌ぐ硬さと切れ味で、刃こぼれなどの耐久性も桁違いに高いと聞いた。秀明はもちろん真剣など触ったことなど無いが、この刀には護人もりひと代々の魂を宿していると言われ、適切な者が使えば最高の効果を得られるように導いてくれるということらしい。

「ま、どこまで本当か判らないけど」秀明はそこはかとない不安を抱きながら、刀を鞘に収めた。それをさらに目立たぬよう竹刀ケースに入れて背負い部屋を後にした。


 十六時、美紀は亜紀の立てた計画に従い、ホテル出て、近くにあるレンタカーショップで車を借りる手続きをする。レンタルした車は父親のと同じビーエムダブリュの5シリーズ。レンタルの金額は少し高めだが、この車種であれば乗り慣れているから、というのが決め手だ。ナビゲーションシステムはレンタル用の廉価版なので、少し使いづらいのだが、致し方ない。

 彼女はそのBMWで陽奈の自宅方面へと走らせた。スーパー亀屋の角をまがり、陽奈の自宅から少し離れた路上に駐車した。万が一綾人に気づかれてはまずいので火羅太刀の力で自身を不可視モードにする。時間は未だ十六時半前だ。陽奈の話だと十九時くらいまでバイトのはずだから綾人は未だ自宅にいないはず。さっき来たときは気づかなかったが、車庫に宮城ナンバーの黒のプリウスが停まっている。おそらく陽奈の両親の乗用車だったのだろう。あの車は津波を免れていたのだろうか? 美紀は式神を使い、陽奈の自宅を探ることにする。

「痛っ」美紀は自分の髪の毛を一本引き抜き、呪文を詠唱し息を吹きかけた。髪の毛はあっという間に蠅に変形し、美紀の周りを飛び回る。

「あそこの『小鳥遊』って表札の家に行って中の様子を見せて」と式神の蠅に命令すると、自動車の窓を少し開ける。蠅は窓の隙間から飛び立っていった。二分位経過した頃、式神が映像を美紀の脳に送ってきた。この映像はさっき伺った陽奈の自宅内と同じだ。侵入成功したということね。換気扇の隙間から進入したらしく、それはキッチン内部からの映像だった。

 対面キッチンから居間の様子が見える。居間のソファには陽奈が寝転がりマンガを呼んでいる。綾人が居る様子はない。幸いリビングから廊下へ通じるドアは半開きになっている。式神はドアを抜けて廊下に出て、階段を上る。部屋の一つは両親の寝室だったのだろうか。式神は体を紙のように薄く変形させ侵入する。段ボール箱がおかれているだけで、生活感がない。

 式神は部屋を出て残りの部屋に向かう。扉のネーム板で右が陽奈の部屋、左が綾人の部屋だと判る。式神は綾人の部屋に侵入する。

未だバイトから帰って無いのだろう、部屋の中はパジャマなどでとっちらかている。ノートパソコンの画面だけスクリーンセーバーでぼーっと青白く光っている。美紀は式神を撤収させると、車を降りた。 

「陽奈ちゃんを連れ出すなら今がチャンスね。綾人君が帰ったら面倒だわ」

亜紀は人の目に付かないように車と塀の間にしゃがみ不可視モードを解除すると、小鳥遊家に向かう。ゴールデンウィークで出かけている人が多いのだろう。あまり人影はない。小鳥遊家に着くと呼び鈴をならす。

「はい?」しばらくして、陽奈がインターフォンにでる。すぐ美紀だと判ったらしく「あ! おねいちゃん? どうしたの?」と返事が返ってくる。

「今ね、亜紀姉ぇと龍沢君がデートで居ないから、ちょっと暇だなあって思って来てみたんだ。車も借りてきたし、どっかモールでも行かない?」と美紀は優しいお姉さんと言う感じで問いかける。陽奈は、亜紀姉ちゃんとあのお兄さんつき合っているんですか? とびっくりしたような声で話したが、すぐに、

「私はいいですけど、迷惑じゃないですか?」と陽奈がもじもじしながら言う。

「大丈夫だよ、ボクこの辺よくわかんないから却って案内してくれたら助かるなぁ」美紀は明るく言う。

「うん、わかりました。支度するんでちょっと待って」陽奈が子供らしいはきはきした感じで言った。陽奈が出てくるまでさほど時間はかからなかった。午前中はロングのナチュラルストレートだったが、今はポニーテールだ。デニムのショーパンに、今朝のとは違うミニーマウスのラメが入ったTシャツを着ている。彼女なりのおめかしか。

「お兄さんは帰ってないの?」

「うん、また八時位だと思う」

「そう、じゃお兄さんが心配しないように電話しておいたら?」

「さっき電話したけど留守電だった」

「そっか。じゃ、早めに行って早めに帰ろうか?」

「そだね」

などと、ちょっと話をしている間に駐車場所に着いていた。車をみて陽奈は開口一番

「あ! かっこいい車! おねいちゃんのなの?」と感嘆としながら言った。

「うふふ、借りたのよ。うちのお父さんの車と同じ車種だから、いろいろ慣れてるからコレにしたの」

「へえ、すごいな! ビーエムダブリュって車でしょ? うちのおとうさんが前、ビーエム欲しいっていつも言ってたから、知ってるんだ。仙台に居たときにお隣さんが乗ってて、よく言ってた」と陽奈ははしゃぎながら言ったが、その後少し目がうるっと液体で満たされていた。きっと父親のことを思い出したのかもしれない。無理もないまだ三年しか経ってないのだから。

「さ、もう鍵開いているから助手席に乗って」美紀は運転席のドアを開けると陽奈に言った。陽奈は初めて乗る外国車にワクワクどきどきと言う感じだった。

「さ、どこ行く? オススメとか有るかな?」と美紀は車のエンジンを着けると言った。

「吉田町のところに新しくモールが出来たんですよ。そこ行きたいです」と陽奈が言った。

「オーケー。ナビに載ってるかな?」美紀はナビゲーションシステムで陽奈の言う店を探すが慣れないためなかなか探せない。それでもようやく場所をセットし出発した。十七時少し前か、買い物は十八時にはすませたい。美紀はビーエムダブリュのハンドルを握りしめると、モールへと車を走らせた。


 陽奈に案内してもらった所はモールと言っても、美紀の自宅近くにある大規模なものと異なり、割とこじんまりしたところだった。それでもこの辺りでは大きい方なのだろう。だが意外にも、こんな地方の店にしては小中学生の女の子向けのショップが数件あり、わりと充実している。彼女にとってはこんなところでもワンダーランドの様だったのだろう。あっちのショップに居たかと思えば、今度はこっちのショップへといろいろ目移りしてしまうようだ。

 美紀の本来の目的は綾人を説得する際に彼女がいると都合が良いから連れ出しただけなので、正直こんな田舎のモールには用は無い。そのため、彼女のお守りだけでは飽きてしまうと感じていた。インフォメーションで貰ったショップリストを眺めながら、どうせなら秀明にでも一緒に来て欲しかったと後悔していた。でも、秀明には彼のミッションが有るので致し方ないと割り切るしかない。

 美紀が陽奈がショッピングしているショップの前のソファで待っていると店の奥から陽奈が手招きをする。

「おねいちゃん、コレどうかな?」

彼女は白いひらひらしたロングのワンピースとデニムのジャケットを持って、悩んでいるようだった。ちょっと、もう少し年上の……高校生くらいの子が着る様な服だ。美紀は陽菜のキラキラした眼を眺めながら、「ちょっと、大人っぽいかな? でも、おねいちゃんは好きよ」と言うと、端にかけてあった赤いリボンの付いた帽子を取り、「コレと合わせると素敵なんじゃないかな?」と言った。

「でも、そんなに予算ないしなぁ」と陽奈は残念そうにそれを帽子かけに掛けると「でも、またバイトしてお金もらったら買います」と言いかけ、すぐに「ああ、でも当分鳥使いのお仕事無いんだろうなぁ」とつぶやく。

 美紀は帽子の端から覗いているプライスタグをちらっと確認してみる。その帽子は丁度セール品で、ワンコインでお釣りがくる値段だった。陽奈の持っているデニムジャケットとワンピースもセール品で少しびっくりするくらいの価格だった。それでも中学生にとっては大金だ。躊躇するのも無理もないかと感じた美紀は陽奈に「よし、おねいちゃんがそれ全部お金だしてあげるよ」と提案した。

陽奈は「ええ? いいんですか?」と目を丸くして言う。

「いいよ、だっておみやげ買おうと思ったお金有るし、それにおねいちゃんちお金持ちだから」とくすっと笑いながら言うと「じゃ、ほら試着してきて。せっかく買ってあげた洋服がサイズ合わないと嫌でしょ?」と言って、洋服を持っている陽奈の頭ににさっきの帽子をちょこんと載せてあげると、陽奈の両肩を持って試着室に回れ右させた。


 陽奈が試着室に入っている時、美紀はアイフォンで亜紀の位置を確認する。とりあえず彼女は待ち合わせ場所あたりに着いたようだ。時間は十七時半。予定だともうすぐ定時連絡の時間。ふと店内を確認すると丁度、陽奈の試着が終わったようだ。店員さんが試着室のカーテンを開けている。

「おねいちゃん見て見て!」陽奈が試着室から首を出して美紀を呼んでいる。白のひらひらのワンピースとデニムのジャケットは陽奈にとても合っていて、心なしか少しお姉さんぽく見えた。さっき美紀が見立てた帽子をかぶると、リゾートに来たお嬢さんぽく見える。

「陽奈ちゃんとても似合っているよ。どこかのお嬢さんみたいだね」美紀は朗らかに言う。陽奈はうれしかったのかえくぼを見せて、はにかんだ。

 会計を待っていると、予定通り亜紀からの定時連絡メールがくる。

『待ち合わせ場所到着。人気が全くなくて、ヤバいかんじ。十八時半までに連絡無い場合はプランBを実行して』

なんか嫌な感じがする。気の所為なら良いけど。暫く陽奈の買い物に付き合っていた待っていたせいか、これからの事で緊張しているせいか、少し喉が渇いてきた。

「おねいちゃん、おまたせ」陽奈がショップの紙袋を持って戻ってくる。

「おつかれ! ちょっとコーヒーでも飲みに行かない?」少しコーヒーでも飲んで、気持ちを落ち着けようと、美紀は考えた。

「あ、陽奈スタバいきたい! いま限定のオレンジキャラメルマキアートってあるんですよ! テレビでこの間やっててて、とてもおいしそうだったんで、食べたいなぁってちょうど思ってたところなの!」と陽奈は洋服も買ってもらったりと相当うれしいみたいでテンション高い。美紀は「あら、それ面白そう(美味しそうでは無い)じゃない? 私も頼もうかな」とにこやかに言うが、亜紀のことが心配で内心はそれどころではなかった。しかしこれもミッションのうちなのだ。陽奈に感づかれないように、そのことは努めて顔に出さないようにした。

 そのショッピングモールのスターバックスは一階のレストラン街の一角にある。陽奈の話に寄ればゴールデンウィークであるにも関わらず、普段よりも混雑していない方だという事だったが、それでも殆どの席は埋まっていた。二人は長い行列を暫く待って、先ほど陽奈が飲みたい(食べたい?)と話していた、オレンジキャラメルマキアートのトールサイズを頼んだ。彼女達がカウンターで出来上がるのを待っていると、ちょうど勉強をしていた学生の集団が帰るところだった。さすがに徐々に満席になってきたので気が引けたのだろう。学生たちが立つと陽奈がすかさず席取りをしてくれた。

「おねいちゃん、席取ったよ!」

明るく可愛い子だ。こんなかわいい妹さんが居るのに、何故、綾人君はあんな邪悪な雰囲気を漂わせているのだろうか? そして何か良からぬ事を隠しているように思える。しばらく一人暮らしをしているときに何かあったのかしら? それとももっと前からなのか? 

「オレンジキャラメルマキアート、トールサイズ二つお待たせしました」店員さんがはきはきと言う。美紀は店員からコーヒー(茶色より白に近い液体とその上に大量のホイップクリームと、キャラメルのソースに加えてオレンジのアイスとソース、果たしてこれはもうコーヒーといえるのか?)を受け取ると、陽奈の居るテーブルに着く。時間は十八時ちょっと過ぎ。

「亜紀おねいちゃんたちとは、合流しないの?」と陽奈が聞く。

美紀は「うーん、そろそろ連絡あるかもね。そうなったら迎えに行くことになってるんだけど」と話す。

「えー! そうしたら、もう帰らなきゃだめなの?」と陽奈が残念そうな顔をする。

「でも未だ大丈夫だよ。少なくても三十分くらいはゆっくり出来るはず」美紀は少し嘘を付いた。亜紀から連絡が有れば直ぐにでも発たなければならないからだ。それよりも、警察署での尋問がどのような内容だか聞いていなかった。警察が何を考えているか知るためにも情報を引き出しておかなければいけない。

「ねぇ、警察ではどんなこと聞かれたの? よかったら教えて」彼女はこんな小さな子供に、尋ねるには少し酷だと思いつつも意を決して聞いてみた。陽奈は一瞬少し暗い顔になったが(あまり言いたくなかったようだが)、美紀であれば信頼できると思い、覚悟を決めて話し始めた

「なんかね、私この辺だとちょっとした有名人で、ほら鳥使った芸が出来るじゃないですか? だから色々聞かれて」

「たとえば?」

「最近ここらで変な事件が多くて、で死体の周りにはカラスの羽とか落ちてて、それで私がやったんじゃないかって。直接は言わないんだけど、なんか遠回しに聞かれてくるんです」

「でも陽奈ちゃんがやった訳じゃないでしょ?」

「もちろんです! 私、人なんて怖くて殺すのなんて無理です。血を見るのだって怖いし、虫だってつぶれてぐちゃってなるのがイヤで、殺せないからお兄ちゃんにやってもらうんですよ」陽菜はドリンクのトッピングのクリームを救って口に入れると続けた。

「よく猫とか狸とか轢かれて死んでるじゃないですか?」

「狸?」

「はい。あれ見るとかわいそうになっちゃうんです。だから車乗るときっていつもは後ろの席なんですけど。後ろなら見えないじゃないですか?」

「ああ、そうなの? なんか悪いことしちゃったね」

「いえ、いいんです。今日は轢かれてるの見てないし」

「そっか、でもそうだよね。何もしてないのに警察に疑われるなんて嫌だよね。ところで鳥使いって有名なんだ? ボク、ここ来て初めて聞いたよ」

「ああ、有名っていってもこの辺だけで。お爺ちゃんがなんか人間国宝だかそういうので有名だったし、その孫娘だって言うことで」

「ああ、そうなの?」

「はい。お爺ちゃんはホントにカラスとか鷹、フクロウとかいろいろ操れてそれで狩を昔はしていたらしいです。特に戦争中はあまり食べ物が無いときとか、それでいのししとかも狩ったりとか」

「へえ、そうなんだ! でも鳥でイノシシなんて想像つかないよ。大きさも全然違うじゃない?」

「鳥が直接イノシシを狩るわけじゃないみたいですよ。罠を仕掛けて、鳥を使って追い込むみたいな。イノシシは畑を荒らしたりもするので、死んじゃうまでは良くイノシシの捕獲とかもちょくちょく村の人に頼まれていました」

「ところで、お父さんは鳥使いやっていたの?」

「父はそういうの嫌いで、小学生のころに教えてもらっていたらしいけど、あまり練習とかしなくて、全く鳥のことはダメだって言っていました。十歳くらいまでにコツを覚えないと、もうだめなんだそうです。お父さんはいつもあんなこと覚えても全く役に立たないって言っていましたが。でも、お爺ちゃんはこの血を絶やしちゃいかんって、いつも言っていて、小鳥遊家だけが使えるんだからって。それでお爺ちゃんは私に教えてくれたんだと思います」

「でもお兄さんには教えてなかったの?」

「兄も小一から習ってたんですが、山に行ったりするのがイヤで、やはり友達と遊ぶからとか言っていつもさぼってたみたいです。すずめとかあまり賢くない鳥は手名付けてたんですが、カラスとか鷹とか頭が良い鳥はうまく出来なかったって。私も鳩くらいは何とかなるんですが、カラスと鷹は無理なんです」

「へえ、そうなんだ。ボク、どんな鳥でも芸をさせられるんだと思ってた」美紀は話が違うじゃん、綾人君カラス使えないならいままでの事件関係ないじゃん、と考えながら、彼女に言った。

「おねいちゃんは大学生なんだよね? 大学ってどんなところなの?」陽奈が聞く。

未だ中学生だが興味あるようだ。

「お兄さんは教えてくれないの?」

「うん。なんか聞き辛いし。それにお兄ちゃん大学入るのにものすごく勉強してたから、大学ってつらいところかなって、思ってたけど、おねいちゃん達見てたらなんだか楽しそうだなって思って」

「だってお兄さんは優秀だからすごく勉強しなくちゃいけないんだよ。ボクたちの大学は少なくとも辛くはないよ。あのね、大学って自分の好きなことを学べるんだよ。その目的が人生を楽しく生きたいとか、お金儲けしたいとか、もっと勉強したいとか色々だけどね」

「おねいちゃんは?」

「ボクは、そうだね。人の役に立ちたいから、かな。人の役に立って、感謝されていると、ボクって生きている価値があるって感じるんだよ」美紀はそう言ってとコーヒーを一口飲んだ。

「へえ、すごいんだね! 私なんてじぶんのこと以外は考えらんないのに」陽奈は目をくりくりさせて言う。

「陽奈ちゃんも大人になれば判るよ」と美紀は言う。彼女もまだ十九歳になったばかりなのに大人と言うのもなんか変だなと思った。

「それはそうとして遅いな」美紀は亜紀からの連絡が遅れているのに気づきつぶやく。時間は十八時半前だ。

「どうしたの?」陽奈は美紀の不安そうな顔読みとって尋ねた。

「ううん、ちょっと亜紀姉ぇからの連絡が遅いなと思ってもう暗くなるでしょ?」と美紀はごまかした。

「そういえばそうですよね? 電話とかしてみたらどうですか?」と陽奈が心配そうに言う。

「大丈夫だよ。でもそろそろ帰ろうか?」

ちょっとコレは何か良くないことが起こっているに違いない。さっきの胸騒ぎはこれの所為か? ブ~ンブ~ン。美紀のアイフォンが鳴動する。彼女は通話ボタンを押して、通話口に耳を押し当てた。

「美紀先輩、僕です、秀明です。いま電話大丈夫ですか?」

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