第六章 How Long

 早朝の秋葉原はとても静かで、少し寒かった。ここ数日は初夏の陽気でかなり暑かった為、秀明は半袖にハーフパンツと軽装で来てしまったのだが、これが誤算だった。付け加えて早朝四時起きで始発電車に乗ってきた為、睡眠不足で辛かった。

 一応、長袖とチノパンも用意してきたが、きちんと畳んで、キャリーバッグの中にぎゅうぎゅうづめにしてあるので、ここで取り出すわけにはいかない。寒くて仕方無いのだがバスに乗るまでは耐えなければならない。

 肝心のバスは既に到着して、オタクも爆買い中国人も居ない早朝の秋葉の路上に何台も待機中で、気の早い人はもう既に乗り込んでいる。

 秀明はメッセージで指示された集合場所での駅コンビニのニューウィークスの前で一人友人たちを待っていたのだが、早朝の空気は思ったよりもきつく、彼の肌をに突き刺さるように冷気を浴びせてくる。

 ついに彼は寒さに耐えかね、コンビニの店内に飛び込んだ。しかし、飛び込んだのは良いが、ただぼうっと立っていても店員や他のお客の視線が痛い。とりあえず週刊漫画誌を選ぶふりをしながら竜二たちが来るのを待っていた。

 意外にも一番先に到着したのは彩夏だった。最初は店の外に居たがすぐ店内の秀明に気がついたようだ。

 「よお、ヒデ君!おはヨ!」ちょっと声が大きい。店内の客、店員さんみんながビクッとしてこちらを凝視する。

「お、おはよ。ちょっと声でかいよ。みんなこっち見てた」と秀明は彼女をたしなめた。

「あっ、ごめーン!」とおでこに拳を当て、片目をつぶり舌を出した『てへぺろ』のポーズをする。

「もうゥ、なんか買ったノ?」と彩夏は秀明に尋ねる。

「いや、まだ誰も来てないんで買ってないんだわ。とりあえずなんか買っておく?」

「そうね。買う時間なくなるとまずいから私達だけでもなんか買っておこうヨ。こういう時って必ず誰か遅刻してバタバタするもんだしネ」

 秀明たちはとりあえず、自分たちの分の飲み物とお菓子類を買うことにした。

「おぉ! 五月限定の『桃のきのこの里』と『桃のたけのこの山』ダヨ!私は断然きのこ派だけど、両方買っちゃおウ!」と彩夏がウキウキしながら籠にきのこの里とたけのこの山を入れる。

 秀明は『シティダッド』と『ポリングルス』のポテトチップ『二狼ラーメン味』をかごに入れる。

「サクラちゃん、俺朝飯食ってないから、おにぎりでも買おうかと思ってるんだけど、サクラちゃんはどうする?」

「あたしは、朝から重いもの食べたくないからパン買ったヨ」と手にとったフレンチトーストを秀明に見せて、かごに入れた。

 早朝の秋葉原はゴールデンウィーク中と言うこともあり、会社勤めのサラリーマンも見当たらず、人影はまばらなのだが、ここのコンビニに限って言えば、満員御礼状態だ。客の殆どは妙齢の女性と老夫婦ばかりで、秀明らと同年代は少なめだ。その所為かどうかは不明だがレジの進みは遅い。

 これが社会人ばかりなら、会計も電子マネーでテキパキと進むのだろうけど。そんなハイテクとは無縁な世代ばかりなのだから仕方無い。なにしろスマフォを使いこなすことすら四苦八苦の世代なのだから。

 そんな状況で秀明たちは十数人の客が列をなすレジに並ぶ頃、一乗寺姉妹と竜二が待ち合わせ場所であるこの場所に到着した。

 彼は到着して直ぐに店内に秀明たちが並んでいるのに気がつき、一乗寺姉妹二人を連れて店内に入ってくるなり並んでいる秀明たちに近づいてきた。そして、

「おやおやぁ?、お二人さん朝からツーショットですか? 仲がよろしいですな!」とイヤラシい、おっさんのような台詞をどや顔でのたまう。

「竜二君! 全然面白くないィ!」と彩花は真顔で言うと、彼はしゅんとして「すみません。失礼しました」と消え入るような声で言った。さすがに調子に乗りすぎたと反省したらしい。

 一乗寺姉妹は、まるでどこかのお嬢様が避暑地に遊びに行くような華麗な出で立ちだ。淡色系のロングスカートのワンピースを色違いのおそろいで決めている。そして美紀の方は何故か場違いにもゴルフか釣り竿が入っているかのような細長い長尺物のケースも持っている。

「お前らは何も買わないの?」と秀明は竜二に聞いた。すると彼はふざけた事を言い出した。

「あれ? お前がお菓子とか飲み物、俺たちの分まで用意してくれるんじゃ無かったの?」

「はあ? 何時そういうことになったんだよ! 聞いてねえぞ!」

「あれ、言ってなかったけ? 俺の記憶ちがい?」

「何すっとぼけてんだ、お前! そんな話は全く出ていない!」

「ああ! そうなの? やばいなぁ、おれなんも用意してないよぉ…」と竜二は困ったような顔をする。

 そんなもん、ここで買えば良いじゃん。と彼は考えたが、出発時間を考えて、この行列を並ぶのは出来れば避けたいのだろうと、彼の気持ちをおもんばかって、

「まあ、いいや。取り合えずなんか適当にもってこいよ。一緒に会計してやるから」と彼に申しでた。

「お、マジ? 助かる!」

「ああ、でもあんまりいっぱい買うなよ。おれもそんなに金有るわけじゃないし。あと、もうすぐで俺の番になるから早めに頼むぜ!」

「わかった、わかった、ちょっとまってて」と言ってそそくさと店内を回り始めた。

「一乗寺先輩は大丈夫ですか?」と彼は彼女らに尋ねた。

「私たちは大丈夫よ。飲み物はもう持ってきたから。それに途中でサービスエリアとか道の駅くらい寄っていくでしょ?」と美紀先輩が言った。

 考えてみればそれもそうだ。トイレ休憩は絶対あるから、途中で必ずサービスエリアには寄るはずだ。べつに無理して此処で全部そろえる必要は無い。

 だが竜二は何故そんなにまでして、ここで飲み物、お菓子などを買いあさるのか?

 普段は色々気遣ったり出来る良い子だと思っていたのだが、本当はそんな気遣いなどまったく考えるような人間ではなかった。

 レジの順がようやく秀明の番になるが、竜二はまだ品物を選んでいる。そして遂に彼の順番になるが、まだ竜二の買い物は終わらない。レジは秀明のカゴから品物を次々に取り出し、バーコードを赤色の鈍く照らしながら会計が進んでいく。そして、遂に最後の商品まで来たとき、ようやく竜二が品物でいっぱいになった買い物かごをもって来た。

「おい、いくら何でも買いすぎじゃ無いか?」

「いや、これくらいはいけるだろう。それにホテルについたらみんなで飲むだろう?」

 カゴをみれば酎ハイやビールの缶もいっぱい有る。 彼は秀明の会計が終了する寸前に買い物かごどっさりに、缶チューハイやら、ハイボールやらお酒とさきいかなどのおつまみをしこたま入いっているそのかごを秀明のかごの横にドサリと置いた。

「おい、まさかこれ全部お前の?」

「だって、宿に着いたら当然酒盛りするよね? だったらこれくらい必要さ」

「俺たち、未成年だぞ…」と秀明が言いかけるが、竜二は遮るように、

「良いから良いから、みんな普通に飲んでるよ。それに一乗寺先輩たちはもう未成年じゃないだろう?」

「あたしたち、三月三十一日生まれだから、あなたたちと大して違わないわよ」と美紀が、ぼそっと呟くが竜二は聞いてない。

「ま、そういうことで気にしない気にしない」と彼は全くそんなことは気にするそぶりもない。そもそも秀明はこの世代の人間の中では堅物な方なのだ。そもそも高校生とは訳が違う。普通の大学生は未成年であっても堂々と酒もたばこもやっているのだ。

「お会計、四千九百五十円です」と言い争っている彼等の事など気にする様子も無く淡々と言った。

 想定外の会計金額に秀明の目が点になる。

「取りあえず払うけど、ちゃんと精算してくれよな!」

「ああ、ゴメン今金なくてさバイト代でたら絶対返すから!」

「はぁ?」

「すまん! それとお願いついでなんだけどさ、ヒデ、千円で良いから貸してくれる?」

「あ」と秀明は言葉にもならないうめき声を上げて、だらしがなく口をあけたままぽかんとする。

 いままで竜二は見た目はチャラいけど、本当は友達思いで優しい良い奴と良い方に解釈していたが、やはりこいつは見た目通りの何時もの彼だった。

「お金なら私持っているから秀君の分含めて払ってあげるわ」美紀が進み出て、

「店員さん、スイカで払うわ」と、スマートフォンをカードリーダにタッチして彼らのかわりに支払った。

「ほら、お金払ってあげたんだから、荷物は竜二君持ってあげて」と美紀が彼に言うと、美紀は秀明の耳元で「ヒデ君。これを」と持っていた長尺物ケースを渡した。

 秀明がそのケースを受け取り、その場で恐る恐る開けると中には立派な日本刀が入っている。一乗寺家の床の間にあったものだ。

「うわ、なんですか?」

 彼は、は思わず大声を張り上げそうになるのを口で抑えた。そして、とっさにケースを閉めた。念のため周りをうかがったが誰も気にしている様子は無い。

 彼は美紀に「こんなの持ってたら警察に捕まりますよ!」とささやいたが、

「大丈夫、とりあえず一般人には気が付かれないようにまじないをかけてあるから」と彼女は抑えた声で答えた。

「とにかく、これから何が起きるか分からないから念の為持っていて。使わないに越したことないけど」と続ける。

 そんなひとに聞かれる事もはばかれる会話をしている彼らの事など気にもせず大きなコンビニ袋を抱えた竜二が近寄ってくる。

「やっぱこれ重すぎて一人だとむりだわ! ヒデ、半分くらい持てよ。それと話変わるんだけどよ、まだカオリン来てないんだよな。おまえら遅れるとか何とか連絡貰っているか?」

 時間を見るともう六時四十五分だ。そろそろ全員集合していないと七時の受付に間に合わない。予定では搭乗受付は七時締め切って、三〇分後には出発だから、本来ならこの時間は既に全員集合しているべきである。

 秀明たちは、一旦ツアー会社の人に名前を言って、仮受付してもらったが、やはり申込者は出発時間までに来てもらわないと、とのことだった。

 結局、他のメンバーには先にバスに乗ってもらって、秀明が香織を待つことにした。

 時間はもう七時十五分。既に、搭乗者が揃ったバスから先に出発し始めている。

 秀明の焦りが限界に達しようとした時、「ごめーん、おまたせ〜」と香織の声が聞こえた。

「おい、おそいぞ!」と竜二がバスの窓から顔を出して怒鳴っている。

「ごめん、なんか人身事故で電車遅れてて大変だったんだ」と手を合わせて片目つぶって謝る香織。ツアー会社の人が「早くしてください! 出発しますよ!」と怒鳴っている。

 香織はキャリーバッグを抱えて、バスに大慌てで乗り込む。秀明はやれやれ先が思いやられるぜ、と思いながらその後に続いた。


 秀明たちの座席はバスの最後部だったので、座席の後ろの荷物置き場に香織のキャリーバッグを置くことができた。他の席なら座席の脇に置くしかなかったので幸いであった。

「ヒデ君たちにまだ渡してなかったけど、これ行程表ね」と香織に再生紙に印刷された紙切れを渡される。


一日目

出発 秋葉原(七時半)~休憩 上郷SA(十時)

〜食事&味覚狩り@植田市観光センター佐奈田ファーム(十二時半)〜 佐奈田ファーム出発(十四時) 〜 神隠温泉ホテル到着(十五時)


二日目

ホテル出発(十時)〜神隠村農業センター到着(十一時)鳥使いによる伝統農業の紹介と実演〜昼食(十二時)〜神隠村出発(十三時)〜神かくしの滝(十四時)〜休憩 作久SA(十五時)〜休憩 香坂SA(十七時)〜秋葉原(十九時)解散


 正直、味覚狩りだの伝統農業だの興味ないんだけど、やはり温泉は楽しそうだ。

 竜二達は「味覚狩り、なんだろうね?」

「信州だからりんごじゃね?」「でもこの時期りんごは無いよ」「そっか、じゃいちごかなァ?」「あー、いちごいいね。ところで神隠村、鳥使いってなんだ?」「神隠村。なんかっ怖わー」「鳥使いって鵜飼いみたいなァ?」「すずめでも使ってなんか収穫するとか?」「それウケるゥ」とか言ってはしゃいでる。

 女性グループは最後部座席、男子二人はその前の席だっが、お調子者の竜二は缶ビール片手に、女の子たちの席に割り込みワイワイガヤガヤやっている。秀明はちょっとあぶれてしまった感じだ。

 しかし、神隠村なんて随分物騒な名前だ。秀明はぞくぞくっと寒気がした。何か良からぬことが起きなければいいのだが。

「で、俺がそのヤンキーを後ろから蹴飛ばして、そうしたらそいつ前のめりになってこけちゃってさあ〜。そんで俺らは、バアって必死になって走って逃げて……」

 竜二が酔っぱらいながら高校時代の武勇伝をでかい声で語っているとき、秀明の真後ろに座っている亜紀が秀明に話しかけてきた。

「その神隠村だけど、ちょっと不気味な名前でしょ? 信州って昔から結構妖鬼の被害が多かったんだけど、私達の先祖が神隠山にある、妖鬼世界とこちらの出入り口の門に重い蓋をして妖鬼を封じ込めたの。それ以降妖鬼は減ったんだけどね。でも毎年護人もりひとが門の様子を見ることになっていて、今年は私達が担当なの」と亜紀がひそひそ声で話す。

「宿についたら、私たちはタクシーで門が祀ってある神社に行くけど、他の人達には上手く誤魔化しておいてね」

 そこへ、秀明たちの会話に竜二が気がついたのか「おい、おまーえら何俺に内緒で話してるんじゃ!」と絡んでくる。

「いや、なんでもないからさ。ま、気にすんなよ」と秀明がごまかす。

 美紀も気を利かせて「竜二くん、さっきの話続き聞きたーい」と気を引いてうまく注意をそらしてくれた。

「あ〜そう? それで、その後の祭りでそのヤンキーにまた偶然会っちゃってさ、そんで、そいつそんときのことお覚えていて、で、やくざの兄貴と…、といっても自称ヤクザだけどさ、一緒にいて、てめえ、ちょっとツラ貸せって言われて、無理矢理手を引っ張られて連れ去られそうになって……」


 しかし予想はしていたがゴールデンウィークのせいで高速道路は酷い渋滞だった。本当にこれで予定通りにホテルへ着くのだろうか? 

「なぁ、トイレ休憩まだかぁ?」竜二はビール飲みすぎたようでトイレに行きたいらしいが、生憎渋滞のせいで本来なら三十分前には休憩で寄るはずの上郷SAにまだ着いていない。他の人もトイレを我慢している人は多い。

「なんかゴールデンウィーク中だからしょうがないかなって思うけど、ちょっと遅いよね?」と香織。こころなしか彩夏の顔色が良くない。

「ちょっと彩夏どうしたの? 顔色よくないわよ」と香織が気遣う。

「私、少し酔ったみたいィ。あとさっきからトイレ行きたいんだけどォ」

 どうやら彩夏もトイレを我慢していたようだ。

 しかし渋滞は一向に解消せず、のろのろ牛歩の歩みだ。しばらくしてバスが鷹坂パーキング手前に差掛かると、運転手から、車内アナウンスがあった。

「ゴールデンウィーク中の渋滞で運行が遅れまして大変申し訳ございません。本来なら上郷SAでトイレ休憩の予定でしたが、今回は臨時となりますが、鷹坂パーキングでトイレ休憩とさせていただきます。このままの予定で行きますと十分後には到着しますので、今しばらくお待ち下さい」

 最初のトイレ休憩予定時間より遅れているせいもあって、バスの運転手が気を利かせてくれた。良かった。十分ならなんとか間に合いそうだ。秀明はほっとした。竜二は最悪ペットボトルでもいいが彩夏はさすがそうも行かない。人間の尊厳にも関わることだ。良かった。

 そして、ようやく香坂パーキングに到着したがやはりというか、女子トイレは長蛇の列になっていた。

 竜二は「うわぁ、やっぱ女子トイレすげーな。じゃ、ちょっと悪いけどお先に!」と言い残すと男子トイレに走っていく。

「じゃ、申し訳ないけど俺も行ってくるわ」と秀明も遅れて歩いて行く。

 香織が「うわ? どうする? 彩夏我慢できる?」と尋ねるが、彩夏はちょっと苦しいそうな声で「しょうがないよ我慢するよォ」と泣き声だ。

 秀明がトイレに入ろうとしたとき、竜二からワイヤーにグループメッセージが入った。

「男子トイレのとなりに仮設女子トイレがあるぞい! 未だガラガラだから早く来たほうが良いぞよ」

 秀明はひょいと目を男子トイレがある建屋の隣に目を移す。なるほどわかりにくい位置だが仮設トイレのコンテナが数台おいてある。遠目にはただの工事現場の仮設事務所みたいだから気づきにくい。

 香織たちも竜二のメッセージを確認したようだ。一乗寺姉妹を含めて四人で仮設トイレに向かって行く。これで彼女たちも一安心だなと秀明もほっとした。

 用をすませた香織は「うわあ、助かったよ。サンクス!」と外で待ってた竜二に礼を言う。

 それからしばらく経たないうちに、噂を聞きつけた他の人たちもわらわらと集まってきてあっという間に行列ができてしまった。

 香織たちは「なんか丁度よいタイミングだったね。もうすこし遅かったやばかったよ」とふたりともホッとした表情だった。


 トイレの危機は脱したが、あいかわらず渋滞は続く。バスは既に鷹坂SAを出発し、藤が丘ジャンクションを抜け信州道に入ろうとしている。

 時間は既に十二時を過ぎており、予定より二時間以上は確実遅れている。

 バス運転手の案内では高速SAであと一回トイレ休憩入れたあとに昼食でドライブインに寄るらしいが、こりゃ三時過ぎるな。みんなお疲れモードで朝っぱらのテンションの高さはどこへやら。一乗寺姉妹と秀明以外は熟睡中だ。

 美紀が「ちょっと隣に行くね」と囁くと空いている秀明の隣に移動してきた。亜紀は後ろの座席から秀明も耳元に口を近づけると

「ちょっと暇だし、他の子たちは熟睡中で都合が良いから、今後の予定話しておくわ」と囁く。

「さっき言ったように私達は夕食後、例の場所に行きます。とりあえずは私たちのことは気にならないようにまじないかけておくけど、なんかの拍子で気が付かれたら、みんなには適当なこと言って誤摩化しておいて。あと、可能性は低いけど妖鬼の門が開いた場合は私達だけでは対処するのは難しいから、早く逃げるように。特にこの場所には近づけないようにして」亜紀はアイフォンの地図アプリで神隠山と書いてある山の中腹にある神社を指して言った。


 渋滞のおかげで昼食と味覚狩りで寄るはずだった観光センターの到着は三時過ぎと予定より二時間は遅れてしまった。そして味覚狩りの時間はすっ飛ばされ、昼食も予定より遅れたおかげで、本来提供されるはずだった料理は廃棄され、代わりに茹で置の蕎麦と酸化した天ぷら、漬け物のみという寂しいものだった。

「しかし、いくら渋滞のせいとはいえ酷えよな。しかもこの料理。立ち食いと大してかわんねぇ。カネ返せよ」竜二は少しお怒りの様子。

「まぁ、食べられるだけまだいいじゃん。前オーストラリア行った時なんて、飛行機遅れたせいで、本来行くはずのレストラン行けなくて、パン一つと牛乳で済まされた事あったからね。しかもお金戻ってこないし」と香織。たしかにそれはひどい。

「で、結局味覚狩りってなんだったのォ?」と彩花が訪ねると、香織は一言、

「いちご」とだけ返した。

「かー、いちご食いたかったわー」竜二は手で目を押さえていった。

「あたしもイチゴ大好きなのになア。ほら、コンデンスミルクまで用意したんだヨ」と彩夏が鞄からコンデンスミルクのチューブを取り出す。

 たしかにイチゴ狩りってこの時期逃すと、翌年にならないと何処もやってないもんな。と秀明は思った。

「あたし、蕎麦いらない」

「おれもいいや」

「わたしもお腹いっぱいィ」

「天ぷらが酸化しててまずい」

香織、秀明、彩夏、竜二は次々とドライブインでの食事ボロクソに貶した。

 信州はそばが美味しいはずだが、みんな半分以上残している。ここのは業務用の安い物なのだろう、けっして褒められるような味では無かった。

「ところで、行程表によると一時間でホテルだけど。出発が十六時って言ってたから到着は十七時ってことか。やっぱり結構遅くなるね」と秀明が言う。

「なんとか夕食時間には間に合うよね。早く温泉行きたいなぁ」と香織。

「俺ネットで見たんだけど、混浴があるらしいぜ!みんなでいこうぜ!」と竜二がテンション高めになって言う。

「うわぁ、やらしい! 絶対無理ぃ〜」と香織がはしゃぎながら言う。まんざらでもないのか? 

「え〜、私もォ!」と彩夏。

 何も反応しない一乗寺姉妹に竜二が、

「先輩たちはどうします?」と恐る恐る尋ねると意外にも亜紀先輩は、

「あ、良いよ。一緒に行きましょ。竜二くんとヒデくんの逞しい身体といきり立つイチモツも見てみたいなぁ」と斜め上を行く返事。

 秀明はちょっとこれには拍子抜けした。竜二は逆にビビってしまったようで、

「い、いや先輩、いいっすよ。無理しなくて」とどもり気味に言った。

 すると竜二の気持ちを見透かすように

「あれ、竜二くんもボク達のおっぱいチェックしたいんでしょう? おあいこじゃない?」と美紀がフフンと笑いながら言う。

 竜二はすっかり怖気づいてしまったようで、

「いや、いいですヒデと二人で行きます……」とぼそっと言った。


 今回泊まるホテルはバブル期に建てられたようで、外見など少し古さが目立つが、逆にインテリア、内装、設備は今の新築ホテルよりも豪華な雰囲気だ。メンテナンスも行き届いていて、わりと綺麗である。風呂は混浴露天風呂も含めて五箇所もあるらしく、お風呂周りでも楽しめそうだ。

 秀明たちは香織がチェックインを済ますのをロビーで待っている間、今日のプランを相談する。

 まず彩夏が「バスの中で香織と話してたんだけど、まず先にお風呂に行って、で夕食になるでしョ。そのあとまたもう他の風呂行って、その後卓球して。でその後は部屋飲みィ!」

「卓球なんかしてる時間あんのか?」と竜二。

「いや、卓球やりますよォ! だって温泉といったら卓球じゃないですかァ? いや、卓球があるからこそ温泉なのですゥ!」なんだか変なモードに入る、彩夏。

 宿泊客が多いせいか、チェックインに長い時間がかかってしまったようだが、ようやく香織が戻ってきて、

「みんなおまたせ。チェックインは終わったよ。宿代は既に払込済みだから良いけど、食事の時にビールとか飲み物頼むと追加料金かかるから、また徴収するわね。あと、部屋で有料放送も見れるけど、後払いだから、特に男子は気をつけてよ」と話す。

「男子は606号室。はい鍵」秀明は香織から鍵を受け取った。

「私たちは605よ。じゃ、行こうか」

ホテルは新館と旧館に分かれていて、秀明たちは新館の方の部屋だった。新館と旧館は一階でしか繋がっていないので二階より上は一旦一階まで降りなくてはいけない。

 エレベータの混雑もあって、なかなか部屋まで行けなかったが、三回目の往復でようやく部屋に入れることができた。日が長くなったとは言え既に十八時を回っていて、あたりは既に暗くなっていた。

 ようやく落ち着くことができ部屋でお茶を飲んで一休みしていると、ノックする音が聞こえる。ドアを開けると既に浴衣に着替えた女子たちが立っていた。

「なにぐずぐずしてんの? お風呂いくよ!」と香織が怒鳴っていた。いや、怒鳴っているわけではないが、多分早く風呂にはいりたくてうずうずしてるんだろう。大きな声を張り上げていたのだ。秀明は正直もう少しゆっくりしたかったのだが、この場は従うことにした。一方の竜二は既に行く気満々。浴衣に着替えて、タオルまで目の前に置いてある。

 まずは新館にある展望風呂に行こうということになった。露天は無いが最上階の二十階にある大きな風呂だ。当然だが男女別だが、男湯、女湯は毎日入れ替わるとの事なので、明日入るときはまた、異なる風呂を楽しめる。

 既に日が落ちた直後だったため、まわりは薄暗く、正面には山とスキー場のリフトが見えるだけだった。

「やっぱ、暗くなっちゃったから、いまいち景色良くないね。明かりも全くないし。まあ仕方ないか」と竜二は大浴場の窓際近くで湯に浸かりながら言った。

「だね。まあ今日は渋滞で散々だったから、せめて景色くらいは楽しみたかったけど」秀明は洗い場の腰掛けに座り体を洗いながら同意する。

「スキー以外は大した娯楽も無いし。基本温泉でゆっくりするところなんだろ?」のけぞて空を見上げながら竜二は言う。

「明日の鳥使いってどんなんだか楽しみだけど」と秀明。

「鵜飼いみたいに鳥に魚でもとってこさせる伝統芸能なんじゃね? あまり興味無いけどね」と竜二は言いながら湯船の中で腕のストレッチをして話を続ける。

「やっぱ女子たちと騒ぐのが一番の楽しみっしょ。うまくやれば親睦も深められそうだし」

「あいかわらず、それか!」と秀明は笑いながら突っ込んだ。

「まぁ、お前もがんばってさ彩夏ちゃんだかと親睦深めちゃえば!」竜二は、秀明は彩夏に気があると思っているらしい。

「なんでサクラちゃんなんだよ」顔を真赤にして否定する秀明。

「幼なじみと偶然の出会い。こんなのアニメとか漫画みたいな偶然な話、もう付き合うしか無いっしょ!」竜二はケラケラ笑いながら、秀明に言う。

「んな、向こうの意思もあるし。大体、別に幼なじみでもほとんど忘れてたし、他人と変わんねえよ。それにおふくろに聞いたらなんか知り合いみたいだし。恐ろしくて知り合いの娘に軽い気もちで手なんか出せねえわ」秀明はありえないといった素振りで竜二に言う。

「ああ、そうだよな。じゃ、お前誰狙ってんの?」と竜二が突っ込んだ。

「いや、誰も狙ってねえし」また否定する秀明。

「うわまじかよ?」ちょっと懐疑的になる竜二。

「そういうお前は誰狙ってんの? カオリン?」秀明は自分ばかり言われるのは癪なので今度は逆に突っ込んでやった。

「いや、おれはちょっとお子様体型は苦手だから」竜二はちょっと勘弁してって感じで否定する。

「というと?」

「まぁ、お子様体型の二人じゃないほうね」

「じゃ、先輩?」

「ま、そうだねどちらか二人だけど、顔おんなじだからどっちか迷ってんだよね。ま、決め手は気が合うかどうかだけど、まだ知り合いになって一ヶ月もたってないからね。こういう温泉旅行で親睦を深めて次のステージに持ってきたいかなと」竜二は目をうっとりさせながら言った。どうやらこれはマジらしい。

「はあ、なるほど」

 あまりチャラい竜二には、あの二人は合わないと思うけど、と秀明は思ったが胸の奥に止めおいた。


 秀明たちは風呂から上がり、コーヒー牛乳を飲みながら、待合で香織たちを待っていたが、しばらく待っても出てこないので、先に部屋へ戻った。電話しても応答しないので、まだ入ってるのだろう。女ってやつは風呂が長い。

 時間は既に十九時近く。もう食事の時間になる。まだ風呂から上がって無いのだろうか? 食事はホテルのバンケットホールで十九時から二十一時の間ならいつでもOKとのことだが、昼食はまずい蕎麦のおかげでみんな食も進まず、特に一口食べて残したきり、ホテルのお茶請けのお菓子くらいしか食べていない竜二は猛烈にお腹が空いたらしく、遅い遅いと文句言っている。

 三十分位たったころだろうか、部屋のインターフォンが鳴る。ようやく風呂から上がり、支度ができたようだ。

 外に出ると、浴衣から洋服に着替えた女子たちが待っていた。

「おまえら、わざわざ着替えたの?」

「決まってるじゃ無い! あんなひらひら下の着てて、おっぱいやパンツを知らないおっさんやガキにみられたくないもん。当然あんたたちもだけどね!」と香織はのたまった。

「まったく、時間かかったのはその所為かよ。やれやれだぜ」と竜二はアメリカ人の様に両手をすくめて秀明に同意を求めた。彼も同じく両手をすくめて、無言で彼の意見に同意した。


 バンケットルームは新館の2階にあり、洋風の豪華な部屋だった。食事はバイキングコースで、和洋中華から好きなモノを好きなだけ皿にとれる。和食は寿司、刺し身、天ぷら、うどんそばといった定番のものから、ごま豆腐やしゃぶしゃぶまでといったものや、洋食もステーキ、サラダ、ローストビーフからフィッシュアンドチップスなど変わったものまで。

 中華は酢豚、唐揚げ、春巻きやチンジャオロース、おこげあんかけ、かにたま、中華粥。

 デザートもケーキ、プリン、杏仁豆腐など万人受けするものが揃っている。

「うわ、いっぱいあるね!」香織の目がキラキラしてる。

「わたし、プリンとケーキとってこよゥっと!」と彩夏。

「おいおいいきなりデザート?」と秀明は思わず突っ込んでしまった。

 竜二はさっさと並んで一通りゲットしたらしく、

「みてみい! この芸術的な盛りを!」ステーキ、ローストビーフ、エビフライ、ポテトサラダで大盛りになった皿をひけらかす。

「おいおい食えるんか? その量?」と秀明は竜二に突っ込んだが、彼も盛り終わってみると、ステーキ、ローストビーフ、エビフライ、酢豚、蟹玉、寿司と人のことは言えない、むちゃくちゃな盛りになっていた。

 秀明がテーブルへ戻ると既に竜二はビールを飲んでいる。秀明はあまりお酒を飲みたいという気分ではなかったのでコーラにしておいた。香織と彩夏は女子らしくワインを持ってきていたが、一乗寺姉妹たちは、それほど酒は好きではないらしく、オレンジジュースなどだった。

 いつも物静かな一乗寺姉妹を除くみんなが、

「このローストビーフなかなか美味しい!」とか「お刺身もおいしいよォ」とか言いながら、料理は概ね好評だ。

 香織は「食事おわったら卓球やりに行こう!」と提案してきた。

 さっき卓球について熱く語っていた彩夏は「いくいくゥ!」と二つ返事で応える。

 竜二も「じゃ、いっちょ俺の腕前を見せてやるぜ。高校の時はサーブが早すぎて彗星の竜っていわれたんだぜ」と相変わらず、でかいことを言っている。

 しかし、このノリだと断るわけにはいくまい。秀明も付き合うことにした。

 一乗寺姉妹たちはバスの中で話したとおりこの先は別行動するつもりらしく「私達は少し疲れたからお部屋で休んでいるね」と言う。

 先輩たち大丈夫かなと秀明は思ったが、まぁ心配することも無いかと納得することにした。


 卓球ルームは予約制だったが、チェックイン時に香織が既に予約済みだったらしく、すぐに使えた。

「一時間しか予約出来なかったからね。とりあえずトーナメント戦で」と香織。

 まずは香織と彩夏の対戦。審判は竜二だ。

彩夏はさっき熱っぽく語っていただけに、なかなか上手かったが、香織もなかなかの腕前でゲームは白熱した。

 ゲームは五ゲーム制、三ゲーム先取で勝利としたが、結局両者とも2ゲームずつとって、最終戦までもつれた。

「この分だと俺らやる時間無いね」と竜二。

 実力が拮抗している様で、最終戦は十対十までもつれ、片方が一点いれるともう片方が一点と膠着状態が続いていた。


 一方、亜紀達はホテルからさほど離れていない神隠神社に居た。妖鬼達の世界とこの世界を結ぶ門を葬った場所だ。門はとても硬い物質でできていたため破壊は出来ないが、そこを通って妖鬼が出られぬよう、重い石でガッツリと塞がれ結界の札が貼ってあった。亜紀達の役割はここの石に貼ってある札と、呪文により結界を貼り直すことだ。

 亜紀と美紀は服装をすでに巫女装束に替えていた。

「とりあえず、問題なさそうね。美紀ちゃん、御札を」と亜紀が言う。

 美紀は袖から御札を数枚取り出し、ゲートの周りに貼っていく。

 亜紀はやはり袖口から袋を取り出すと、なにやら白いキラキラした粉を石の周りに掛けていく。

「デウスイナディトリウムノストラムボルムスメルサスント。エトレプリトマロイヌボナムボロコンビニエ」と亜紀が詠唱すると札とさっきかけた白い粉が青白く閃光を一瞬放ち、すぐにまた元に戻った。御札はピッタリと石に密着し、白い粉は跡形もなく消えた。

「これで一安心ね。来年は近畿の有馬家の担当だわね」と亜紀。

「毎度、何事もなく拍子抜けするけど。ここ開いたら、今のボク達だけでは対処出来ないよ。それこそ自衛隊にでも来てもらわないと」

「自衛隊来ても物理兵器は役に立たないから時間稼ぎしか出来ないわね。核兵器ならなんとかなるかもしれないけど」

「誰もそんなこと試したこと無いから判らないよ」

「でも、広島、長崎の原爆で妖鬼は一匹もいなくなったらしいわよ」

「それが効いたってわけじゃないよ。単にもともと居なかったか、他に行ったってだけかもしれないし」

「まぁ、そうよね。いずれにしろこの国じゃ核兵器なんて無いんだし、あったとしても人が死んだら意味はないしね」

「さ、そろそろ帰らないとみんな心配するよ」

「そうよね、タクシーの運転手さんも待ちくたびれたろうし」

 亜紀と美紀が「インドトゥス」と詠唱すると、巫女装束姿だった二人は一瞬で元の姿に戻った。

「……」美紀が何か怪訝な顔を一瞬する。

「どうしたの?」と亜紀。

「何か一瞬気配を感じた」

「私も感じたわ。人の気配」

「ちょっと気になるね」

 すると、カサカサと人が歩く音が聞こえ、こちらに段々近づいてくるようだった。

亜紀と美紀は身構える。

「顕現」と詠唱し、紫雨と火羅太刀を実体化させる。

「人間なら、紫雨と火羅太刀を認識出来ないけど、巫女装束を見られたら(巫女装束は人間にも認識出来る。認識されないように呪文で出来ないことも無いがそうすると今度は下着だけになってしまって少々エロティックになってしまう)さすがにちょっとめんどくさいからギリギリまでこのままでいくわよ」と亜紀。

「オーケー」と美紀。

 やがて闇の中から人が現れたが、思わぬ人物で彼女らは拍子抜けしてしまった。

「おい、お前さんたち何時になったら帰るんだ」物陰から近づいてきた者の正体はタクシーの運転手だった。

 何時までたっても戻らないので、心配して来たらしい。亜紀と美紀はホッとして武器を並列境界に隠した。

「若い娘がこんな夜更けにあんまうろうろしちゃイカンよ。さすがに暴走族とかチンピラなんかこんなとこに来やしないから、襲われることは無いと思うがね、熊とかも出ることもあるから気をつけな」と帰り道に亜紀と美紀は運転手さんに怒られた。

「それに、おじさんもう眠いからね、帰りたかったんだよ」朗らかに笑う運転手さん。

「今度は昼間に行けるよう、こっち来るときは早く来なよ」と帰りのタクシーの中で運転手さんはごきげんよく笑った。

 亜紀と美紀は運転手さんにタクシー代を払うと、軽く会釈をしてホテルに戻っていった。


 一乗寺姉妹がホテルに戻ると、卓球大会は既に終わったらしく、香織たちは部屋に戻っていた。「先輩、どこ行ってたんですか?」と香織が言う。まじないが効いていたので、 

いままで全く二人のことは気にしてなかったらしいが、顔をみたら思い出したらしい。

「ちょっと、庭の中をあちこち散策してたのよ」と亜紀がごまかす。

「そうなんだ。そうだ、これからみんなで旧館のお風呂行こうかなと思ってるんで、先輩たちもどうですか? そこ混浴なんで男子には内緒で」

「ああ、そうね。一緒にいくわ」と亜紀。

美紀も隣でうんと頷く。

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