第五章 See Them Smile
4月末日の日差しは強く、天気予報どおり7月上旬並みの暑さだった。
秀明は駅を降り立ち、母親が迎えに来るのを駅のロータリーで待っていた。
バスの時間は予めチェックしていたのだが、電車が遅延した所為で到着直前に発車してしまった。次のバスは一時間後。さすがにそこまでバスを待つのは辛いので、母親に迎えに来てくれるよう頼んだのだ。
しかし、たった一ヶ月の間地元から離れていただけなのに、もう随分前の様だな、と秀明は思った。
彼は父の仕事の関係で様々な場所を転々としてきたが、父の転職で小学校の時に隣の市である父浦に引っ越し、中学入学する少し前に父が自宅を購入した此処に越してきた。
自宅は駅から二キロ以上離れた新興住宅地だ。此処までは車なら十分くらいで着くはずなのだが、意外に母が来るのが遅く、彼は少しイライラとした感情が湧き上がるのを感じていた。
此処はもともと学園都市としてそれなりに栄えてはいたが、以前は駅が近くに無く高速バスくらいしか交通手段が無かった為、とても不便だったが、新線が通って駅が出来た為、企業や住宅も一気に増えた。でも一寸道を外れると畑が一杯あって、昔ながらの大きな農家の屋敷があり、そのギャップが不思議な感じだった。
その農家の屋敷を見ると昔埼玉の田舎で彩夏と遊んだの思い出す、と彼は思った。
ロータリーのベンチでそんな物思いにふけながら、入ってくる車を見ていると見慣れた母親の黒いホンダフィットがロータリーに入って来た。
秀明の母、文も息子に気がついたらしく、秀明の真ん前に車を止めると、クラクションを鳴らした。秀明は荷物を片手に車の助手席に滑り込む。
「母さん、ただいま。迎えに来てくれてありがとう」と秀明が言うと彼女は、
「おかえり、疲れたでしょ?」と答える。
彼女は車をロータリーでターンさせながら、
「急にどうしたの? 来るのだってお金かかるでしょ?」と尋ねた。
「うん、まぁ休み中に向こうにいても特に何もやることないしね。久しぶりに母さんと妹の顔も見たくなったし」と秀明が答える。
「あらあら、お父さんの顔は見たくないの?」と彼女は冗談めかしていった。
「いや、そんなことないよ。でも父さんどうせあまり家にいないし」
秀明は、正直父親のことはそれほど好きでもなかった。
仕事熱心な父親は休日でも仕事か、休みであっても会社のお偉いさんや取り引き先の人とゴルフ行ったりなど、あまり家族のことに興味がないといった印象だからだ。
あと、父親は有名大学出の秀才だったので、出来の良くない息子を見下しているような感じも気に入らなかった。
「ところで、ひかるはどう? 高校生活も慣れたかな?」と秀明は母に尋ねた。
「元気に行っているみたいよ。友達もできたみたいだし。この間なんか何人もお友達連れてきて、一日中騒がしかったわよ」
彼の妹ひかるは県内でも有数の進学校の秩浦一高にこの春から進学した高校一年生の女の子だ。
中学時代はおとなしく図書館にこもって本ばかり読んでいて友達もあまりいない女の子だったので、秀明は心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。
東大通りの交差点を右に曲がって暫く走ったところが、秀明の実家だった。ハウスメーカー製の鉄骨二階建の家でそれほど広くはないが、秀明とひかるの部屋と両親の部屋が二階にあり、一階はリビングと父親の書斎がある。
車から降りると突然大きな声で「ワン!」と言う声が聞こえた。龍沢家の飼犬ラブラドールレトリバーのラッキーだ。
今日は天気がいいので庭に出していたらしい。
秀明が荷物を持ってクルマを降り一ヶ月ぶりに会う愛犬に近寄るとラッキーはジャンプして彼に飛び乗り、顔ペロペロ舐めだした。
「あひゃ、やめろよラッキー」秀明はびっくりして素っ頓狂な声を上げながら、愛犬の顔を両手で押さえながら、ぐりぐりと揺さぶった。
文が「久しぶりだから嬉しいんじゃない?」と言うと彼は、
「でも、一ヶ月しか経ってないんのにになあ」と答える。
やがて、玄関がバタッと開きエプロン姿の少女が走ってきて、
「お兄ちゃん! おかえり!」と彼に抱きついた。
秀明の妹ひかるだ。彼は犬と妹に挟まれながら、
「おう! ただいま! 元気にしていたか?」と答える。
普段見慣れないエプロン姿の妹に、
「どうしたのエプロンなんかしちゃって?」と彼が尋ねると、
「お兄ちゃんの為にケーキ作っていたんだよ!」と嬉しそうに彼女は答えた。
すると文が、
「違うわよ、この子最近お菓子作りに凝っていて、秀明が戻ってくるのを口実にケーキ焼いたのよ。本当は自分が食べたいだけなんだから」とちゃちゃを入れた。
「んだ、そうかよ。ちょっとがっかりだわ」と秀明がからかうとひかるは、
「えー、ひどい!違うもん!」と頬をぷうっと膨らませた。
彼は、
「ハハハ、冗談だよ! 妹の手料理嬉しいよ。さっそくだけど、ちょっとお腹空いたから、一切れ食べさせてよ」と彼女の手料理をねだった。
「てへ、まだできてないんだよ、あは」と、彼女は手で自分の頭をペコりと叩き片目をつぶって舌を出した。
「あ〜、そうなんだ? 残念!」
彼は本当にお腹空いていたので、少しがっかりした。
「あら、お腹空いてたの? お昼は食べてないの?」と母が、心配そうに尋ねる。
「あ、でも電車乗るときにパン買って食べたから」と彼は言いはしたが、ケーキの話を聞いたら本格的にお腹空いてきてしまったようだ。
さすがにパンだけでは朝食兼昼御飯にするのは無理があった。
「冷蔵庫に昨日のカレーの残りあるからチンして食べたら?」と彼女は玄関を開けながら秀明に言った。
もう午後二時を過ぎてしまってちょっと遅めの昼食だけど、まあいいか。
彼は母親の後に玄関に入り、靴を脱ぐと、
「うん、わかった。御飯は冷凍かなんかあるの?」と彼女に尋ねると、
「冷凍庫にタッパに入ったのがあるわよ」と母は答えた。
彼の実家はいつも御飯を多めに炊き、一膳分のタッパに詰めて冷凍庫に仕舞っている。
そうすると御飯をわざわざ炊かなくても、レンジで温めるだけですぐ御飯が食べれれて便利なのだ。
秀明は冷凍庫の御飯とカレーを温め、少し遅めの昼食にした。
「お兄ちゃん、またソースかけてんの? 変なの」と彼がカレーを食べているのを見て、ひかるが言う。
彼はカレーにソースをかけて食べるのが好きだった。あまり好きではない父親に影響された数少ない嗜好の一つだ。
一方、ひかるは母親の嗜好に影響されたせいか、カレーにソースをかけることなんて無いので、兄のカレーにソースという嗜好は奇異に思っていた。
秀明は一ヶ月ぶりにたべる母親のカレーを食べ、ああ我が家に帰ってきたんだなと実感した。
彼が腑抜けた顔でカレーを食べている、母親が大学生活のことを尋ねてくる。
「ねえ、大学はどうなの? なんかサークルも入ったって聞いたけど、どんなの入ったの?」
彼は口にカレーを頬張りながら、
「芸能研究クラブとかいって、アイドル研究とか、落語とかアニメとかそのあたりごった煮的なサークル。僕は入学祝いに婆ちゃんに買ってもらったキーボードがあるから、バンドやろうかなって」とサークルのことを説明する。
「え〜、おたく兄貴がバンドなの? 似合わねー! プハハ。素直にアニメとかアイドルにしときゃいいのに」と笑いながら言う。
ひかるは甘えるときはお兄ちゃん! と言ってくれるが普段は彼の事は兄貴呼ばわりだ。
「おい、お前兄貴をどんな目で見てんだ? アニメくらいはたまには見るけど、アイドルなんて興味ないぞ」と彼が反論する。
「え〜、でも高校のときは家に引きこもってコンピュータでずっとゲームしてたじゃん」と彼女は高校時代の彼の話を持ち出してきた。
「あれは、友達がやろうっていうから貸してもらってやっただけで、高校一年のときだけだぞ。あとはコンピュータで作曲してただけじゃ」と彼は必死に反論する。
「そーいうのがおたくっぽいんだよ。音楽やってて、おたくじゃなければ文化祭でバンド演奏とかやればいいのに、やらなかったし。兄貴は友達付き合い苦手だから、そーいうおたくみたいになっちゃうんだよ」とひかるが畳み掛けるように攻撃してくる。
「そーいう、お前はどうなんだよ。お前だって中学のときなんて少し引きこもり気味だったじゃん」秀明も負けじと応戦する。
「わたしは、中学のときだけだもん。しかも中一中二のときだけだし、中三のときはふつうに友達付き合いありました!」ひかるも一瞬痛いところを兄に突かれたのだが、いまさら引き下がれない。
「まぁ、まぁ二人ともやめなさい! 今は引きこもりじゃないんだからいいじゃない。もうこの話はお終いね」と文が二人の言い争いに嫌気がさして止めさせた。
やれやれ、母さんが怒ると後が面倒くさい、この辺でやめよう。と秀明は思った。妹のひかるも同じ気持ちみたいだ。
ここらで少し話題を変えよう。
「ところでひかる、高校はどうなんだ? 部活とかどうしたの?」
「あ? 私?」ちょっとキョトンとして、兄を見る。いきなり話を振られるとは思ってなかったようだ。
「えと、演劇部に入ったの。将来女優とか良いな、って思って」
ひかるは目鼻立ちがくっきりしてスレンダー、身長も百七十センチ近くあるモデルのようなルックスで、兄の目から見てもかなり美人の部類だ。こんな田舎町だからスカウトこそ無いが、原宿とか渋谷に行けば絶対に目を付けられる。
「ああ、演劇部いいね。似合ってると思うよ」
ちょっと引きこもり気味の性格だったひかるにはコミュニケーション能力を上げるためにも良い選択だと秀明は思った。
「で、なんか役とかあるの?」
「まだ、入ったばっかりだからそんな役とかもらってないよ。ただ今は体力づくりで腹筋とか、走ったりとかしてる」とひかるは、はにかんでいう。
「え? 運動部でも無いのに走ったりとかするんだ?」彼はびっくりして言った。
「そだよ。演劇って結構体力使うから、体作っとかないと大変なんだ」
「へえ、そうなんだ。びっくりだな」
彼は妹のこんな明るい顔見るのも久しぶりだなと思った。中学のときは無理して笑っている感じが多く、影がある印象だったからだ。
そこへ母の文が突然、
「秀明、連休中は久しぶりに、埼玉のおばあちゃんところに行こうと思ってるんだけど、あんたもいく?」と話しかけてくる。
埼玉の祖母は母方で、今は叔父が面倒を見ている。小学生のときに預けられていたのは此処だった。彩夏の自宅も祖母宅からほど近い。
秀明は「あ、ちょっと友達に誘われていて、明々後日旅行に行くんだ、だから今回はパス」と答える。
「ああ、そうなの? たまにしか行け無いんだから一緒に行って欲しかったのに」と母が残念そうにいう。
「学校も同じ埼玉だし、今度一人で行ってみるよ」と秀明は食べ終わった皿を片付けながら文に答えた。
「まあ、そうね。おばあちゃん寂しがると思うけど、じゃ今回は三人でいくわ」と文は少し寂しそうに言った。
「ごめんね」と彼は両手を合わせて謝った。
「え〜、お兄ちゃん来無いの寂しいな〜。旅行なんてやめて一緒に行こうよ」とひかるはテーブルに半身突っ伏した。
こんなときはまたお兄ちゃんだ。
彼は食卓につくと、
「ああ、ごめんね。友達と約束しちゃったし、お金ももう払っちゃったから」と謝った。
するとひかるはぷーと膨れた顔で、
「あ〜、わかった!女の子と行くんでしょ?」と突っ込んできた。
「いや、そ、そんなんじゃねーよ」秀明は痛いとこを突かれて焦った。女の子と行くのは事実だからだ。
「うわー、女だ女だ」と囃し立てるひかる。
「あ〜、うっさい、うっさい」秀明はこれ以上言われるのがうざくなり、二階の自室に退散した。
久しぶりに入った自分の部屋は何もなく殺風景だった。あるのは高校まで使っていた学習机と教科書、参考書だけ。大半の荷物は大学近くのマンションに持って行ってしまったから仕方ない。
でも、部屋の隅に中学、高校時代読んでいた漫画が数十冊束ねて置いてあった。ああ、懐かしいな。よくこの漫画読んだっけ。たった一ヶ月前の話なのに懐かしさがこみあげてきた。
秀明はカーペットもクッションもないフローリングむき出しの部屋の真ん中に大の字になり寝転ぶとアイフォンを取り出し、明々後日の予定とメール、ワイヤー※を確認した。竜二と香織からメッセージが入っている。
竜二からは明々後日寝坊するかもしれないから五時に電話して起こしてくれとのこと。
「自分で起きろ、甘えんな。と」秀明は竜二に返事を返す。少し冷たいかな?
香織からはとりあえず出発前に買い出ししたいから、秋葉原駅のコンビニニューウィークスに六時半集合とのこと。と連絡が入っていた。
「ああ、返事どうすっかなぁ。なんか眠いから後にするか」と一人ごちる。そして、思う間もなく眠りに落ちてしまった。
「お兄ちゃん、ごはんだよっ!」けたたましい声が聞こえてくる。ひかるが起こしに来たのだ。
「……」
時計をみると、午後八時を過ぎていた。いつの間にか寝てしまったらしい。
眠い目をこすりながらダイニングに戻ると、寿司、から揚げ、サラダ、カキフライやエビフライなどの揚げ物、ローストビーフなどが所狭しと置いてある。みんな彼の好物だ。
「今日は秀明が帰ってくるからご馳走にしたのよ」と文が嬉しそうに言う。
するとひかるが、
「でも、味噌汁以外みんなスーパーの見切り品だけどね」とネタバレをしてしまった。
「まあ、いいじゃない、安くても豪華なんだから」と文は、にこやかに言う。
「全く、ママは半額大好きなんだから」とひかるが呆れながら言う。
父親が見え無いので秀明が尋ねると、文は
「お父さん、今日も残業なんだって。なんとかのリリース日が近くて、早く帰れ無いから先に食べてって」と言う。母親は父の仕事について全く理解出来ないようで、説明はいつもとんちんかんだ。
「あいかわらず、父さんも仕事の鬼だな。連休中なのに休日出社して、しかも残業だなんて」秀明はぼつりと独り言を言う。
「まぁ、しょうがないじゃ無い。秀明も社会人になればわかるわよ」と文もあきらめ顔だ。
「ま、お父さんのことはとりあえず置いといて、待ってたら遅くなるから食べちゃいましょう!」と文が言うと秀明もひかるも席に着いた。
こんなことはよく考えたら小学生のときからずっとだもんな。とりあえず親父くる前に好きなの喰っちまおう。と秀明は割り切り、久しぶりの家族との食事を楽しむことにした。
「じゃ俺、イクラとマグロとハマチ食べるよ」と秀明は先に宣言する。
「私は玉子焼きとトロとアナゴいただくわね」とひかる。
「あらあら、お父さんにもちゃんと残しとくのよ」。
TVではお笑い芸人がいっぱい出てきて、芸を披露している。けたたましい観客の笑い声が聞こえる。しばらくしてテーブル上の料理が半分くらい無くなったところで、父親 のBMWのエンジン音が聞こえた。
「あら、お父さん帰ってきたみたいね」と文が言うと、車のドアの音、続いて玄関のドアの音が聞こえ、聞きなれた父親の、「ただいま」という声が聞こえてきた。
スーツ姿の父親明雄がダイニングに入ってきた。
彼はゼロハリバートンのアタッシュケースを部屋の隅に置き、スーツと外したネクタイを無造作にソファの片隅に放り出す。そして、ズボンも脱ぎ同様にソファの片隅に放り投げ、スーツとネクタイなどが散乱しているソファで未だそれらに占領されていない片隅にどかっと座り、開口一番「あー、つかれた」と大きな声で言って、踏ん反り返った。そして妻に、
「ママ、ちょっと水か麦茶ちょうだい!」と言う。見慣れたいつもの光景だ。
文はすたっと立つと冷蔵庫からコップに冷えた水と氷を入れて彼の前の机に置いた。
明雄はコップの水をゴクゴクと飲み干すと、テレビのチャンネルをニュース番組に変えた。彼はバラエティ番組が大嫌いなのだ。
「お父さん、遅いんだからご飯、さっさと食べて! あと食事時間中なんだからテレビ消して」と文に怒られる。
彼は彼女には頭が上がらないらしく、素直に、
「あー、ごめんごめんすぐ行くよ。ちょっと気になるニュースがあったから見てみたの」
と言った。
明雄は年齢にしては細身で慎重も一八〇センチと長身なナイスミドルなのに、見かけによらず、言葉使いが丁寧で、すこしオネエっぽい雰囲気で喋る。
彼は秀明の前(そこが明雄の定位置だが)に座ると、久しぶりにあった息子に、
「向こうの生活はどう? もう一人暮らしはなれたの? そういえば、なんかしばらく見ないうちに痩せたんじゃない? ちゃんと食事してんの?」と尋ねてきた。秀明は、
「ああ、大丈夫だよ。体重は特に変わって無いと思うんだけど」と答えた。
明雄は、「そう。それなら心配ないんだけどね」と言うと、文に、
「明後日、埼玉の母さんとこに行く件だけどね、あれお前達だけで行ってくれないかな? どうも、プロジェクトが後れ気味でね」
と言う。
しかし、文は、
「えー! 私たちだけじゃ車で行くの無理よ!」と露骨に嫌がった。
「電車で行けば良いじゃないか。なんとか頼むよ。仕事終わったら行くからさ」と懇願する明雄。
「まぁ、しょうがないわね。じゃ私たち二人は明後日ゆっくり午後から電車で行きますからね。でも電車で行くには不便なのよね、あそこ」と文はめんどくさそうに言う。
そこで明雄は二人という言葉にひっかかったようだ。
「あれ? ひかるは行かないの?」とひかるに聞く。
「行かないのはお兄ちゃんよ。友達と約束あるんだって。私だって行きたくはないのに」とふくれっ面でひかるが言う。
「なんだ、ひで君は行かないの? 確か向こうに仲の良い女の子の友達居たんじゃない?」と明雄が不満そうに言う。
「それ、小学生の時の話じゃん」秀明は呆れて言う。どうも大人って、昔のことでもつい最近のことのように思うらしい。
「あ、そうそう、なんとびっくりなんだけど、その女の子、彩夏ちゃんって言うんだけど、学部は違うんだけどさ、同じ学校だったんだよ。すごい偶然だよね?」と秀明は言った。
明雄は、「へえ、そんなこともあるんだな」と少し驚いていた。
横から聞いてた文が「ええ? お母さんは聞いてないよ? そうなの? 彩夏ちゃんはお母さんの同級生の娘さんなのよ」とびっくりしながら口を挟む。
「え〜? そんなの初耳だぞ」秀明は今まで聞いたことなかった事実にびっくりした。
「そりゃそうよ。だって、あの辺りはお母さんが生まれ育った場所だし、親戚も多いんだもの。それに昔は子供も多かったから、ほとんどの人はみんな知り合いよ」と文は言う。
「うわー、そりゃ悪いこと出来無いね」と秀明はおちゃらけて言う。
「そうよ、だからくれぐれも変なことしないでよ! 田舎に帰れなくなるから」と文。
久しぶりの龍沢家の夕食はなごやかに進んでいった。
夕食も済んで秀明はソファで寛ぐ父と母に自室に戻る旨を伝え二階の自分の部屋に引っ込んだ。妹ひかるはすでに2階に戻っているようだ。
部屋からなにやらお笑い芸人のけたたましい笑い声とツッコミの声が聞こえる。さっきのバラエティ番組の続きかなんか見ているのだろう。
父と母はリビングでドラマ、妹と自分は自分の部屋で銘々の娯楽を楽しむ。いつもの龍沢家だ。
ただひとつ違うのは秀明の部屋は何もないがらんとしていることだ。アイフォンを見る以外にやることはない。
真っ暗な部屋の中でアイフォンの画面をなぞると、ワイヤーにまた数件メッセージが入っていた。竜二の怒りのメッセージと、美紀先輩からだった。
「明日、とてもすてきな物を貴方に。期待していて」
いったいどういう意味だ?
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