第四章 Slowmotion

「こちら佐倉さんね。こっちは松本君。みんな竜二って呼んでるわ」と香織が二人を紹介する。

「あどうも、よろしく!」竜二は少し照れくさそうだった。

「こっちもよろしくネ」と彩夏が手を差し出す。竜二が顔真っ赤にして手をおっかなびっくり握る。

 へぇ、竜二って結構モテるんじゃなかったけ? それなのに意外に女の子慣れしてないんだな。秀明は少し不思議そうに二人のやりとりを見ていた。

「さ、佐倉さんはどこの学部?」と竜二がどもりながら聞く。

 おいおい、どうしたんだよ。秀明は竜二のキョドりっぷりに少しびっくりした。

「私は香織と同じ総合情報学部だヨ。竜二君はァ?」と彩夏。

「お、俺はコイツと同じ理工学部っす!」と竜二が返す。

 秀明は、『おい、俺のことはこいつ呼ばわりかよ』と心の中で悪態をついた。

「ところで、ヒデの幼なじみなんてびっくりですね」と竜二。

「そうよ、私もびっくりしたヨ。しかも子供の時と比べてずいぶん大きくなって」

 そりゃあんたがあのときからほとんど成長してないし、と秀明は心の中で突っ込んだ。

「まるで親戚のおばさんみたいっすね」と竜二がゲラゲラ笑いなが言う。

「ねぇねぇ、子供の頃のヒデ君てどんな感じだったの?」香織が彩夏に聞いてくる。

 彼女は「大人しい感じであんまりやんちゃな感じじゃなかったヨ。うち田舎だから、凄い都会のお坊ちゃんが居るって思っててネ」

「おいおい、そりゃ言い過ぎだろ」と秀明がつっこむ。あまりにも買いかぶりすぎだ。

「でも、意外に芯が強くて頼もしいところもあったヨ」と彩夏が言う。

 香織も竜二も意外と言った雰囲気で秀明を一瞥する。

 竜二はおもむろにアイフォンを取り出した。どうやら時間を確認しただけらしい。そういえば彼は腕時計なんて普段からしていない。

 彼は時間だけ確認すると、直ぐにアイフォンを尻ポケットに無造作に突っ込み、おもむろに口を開いた。

「ところで、さっき俺らもスタバで珈琲とドーナツ食ってそれほど腹減ってないけどさ、学外に美味い洋食屋があるって話だから行ってみないか?」

 まだ昼時には早いが、前々からその店に興味を持っていたらしい。

 この年頃の人間は大抵、一人で飲食店に入るのを極端に嫌う。周りから友達も居ないのか? と思われるのが嫌なのだ。特にレストランなどの類いではそういう傾向になりがちである。

 これが(ただし、男性限定ではあるが)牛丼店や小汚いラーメン店の場合ではまた別の話になるのだが。

 秀明も一人では店に入れないタイプで、そういう店に一人で行ったことは無い。一人で食べなければいけない場合は、コンビニでパンやおにぎりを買って、公園などで頬張るか、腹ぺこでも自宅に帰るまで我慢する人間だった。

 女性の場合は男性よりも一人飯を嫌う。香織も勿論そのタイプの人間で、

「そうね二限目休講で時間余ってるし良いかもね」と応える。

 一方、彩夏は割と一人飯でも気にしないタイプなのだが、それとは別な理由であまり外食をする人間では無かった。だが、せっかく秀明に会えたのに、一人だけパスするような空気を読まない子ではないので、

「そうだネ! あたしもちょっとお腹減ったし賛成ィ!」と同意した。

 だが、秀明はそんな事なぞ当然知るわけも無く、『え? あんた今パウンドケーキ食ったばかりなのに! 小柄な身体に似合わず、大したもんだな』と華奢な彼女の体にこれ以上の食べ物が治まるところが何処なるのだろうか? と驚いたのだ。

「ヒデくんどうすんの?」と香織は秀明に尋ねた。もちろん彼女としては彼が来てくれることを望んではいるのだが、表だってそんな事は恥ずかしくて言えなかった。

 そんな彼女の気持ちを察していたわけでは無いが、彼も割と我慢してでも人に合わせるタイプなので、

「もちろん行くよ。こっち来てから学食とコンビニ弁当ばかりで少し飽きてたところなんだ。どんな店か楽しみだね」と、答えた。正直、パウンドケーキ食ってしまって今はお腹いっぱいだけど、学外に出るなら、少々歩く事になるから、お腹もこなれるはずだ、と考えていた。

 皆の意見がまとまり、言い出しっぺの竜二は、ささっとディーバッグを背負うと、すぐさま席を立ち、

「おし、そうと決まれば早速行くか、今十一時半だし十二時前には着けるね。結構人気あるらしいから、昼時は混むらしいよ。急いで行こう」と、言い放つと皆を先導するようにいかにも着いてこいとでも言うかのごとく、かぶりを振った。四人はまるで親鳥の後を追いかけるカルガモの雛のごとく、彼の後ろを追ってカフェテラスを後にした。


 その洋食屋は正門から駅の方に歩いて五分くらい、ちょうど大学と駅の中間あたりに位置していた。着いた時は既にお昼近かったせいか、行列こそ無いが満席だった。


【洋食 ワルツ】


 結構年季の入った店だが、店内は意外に広く、小規模なファミレスくらいは有る。竜二の話によれば、亀が島キャンパスが出来た当時の創業と言うことだ。

 奥では初老の夫婦と息子さんらしき二十代くらいの若い男性が手際よく調理している。

 満席のため席が空くまで、しばらく入口の待合席で待つよう女性店員に促された。

 生憎、待合席は三人ほどのスペースしかない為、女の子二人は座って貰い、男二人は立つことにした。レディーファーストだから当然のことだ。

「よろしければお待ちの間、決めてください」とメニューを渡される。

 店員さんはうちの大学の学生だろうか、同じくらいの年齢に見える、と秀明は思った。

 せっかく前もってメニュー見せて貰ったにもかかわらず、男たちは二人とも優柔不断で、なかなか決められない。

 一方、女子達はその辺りはなれているのだろうか、あっという間に決めてしまった。  男性陣はあーでもないこーでもないとすったもんだのあげく、竜二は日替わりのチキンステーキ定食、秀明はメニュー上で、お奨めと記してある、オムライスにした。

 結局、ありきたりの洋食メニューになってしまった、と秀明は後悔したのだった。

 十二時を少し過ぎた時、ようやく四人席が空いたようで、女性店員が、

「四名様、奥の席が空きましたのでどうぞ!」と、可憐な可愛い声で案内した。

 彼らがその奥の席に着席すると、直ぐに先ほどの女性店員がお冷や四人分を用意して、注文を取りに来た。

 秀明と竜二が先ほど決めた料理だが、女子たち二人とも秀明の注文したものと同じ「お奨めのオムライス」を注文し、さらにそれに加えて「ケーキプラスセット」を追加オーダーした。

 ケーキプラスセットとは、好きなケーキを二個とドリンク、サラダ、スープのセット。

「二人とも小柄な癖にほんとよく食うなあ!」と竜二がびっくりする。

 ほんとそうだよと秀明も思ったが、口には出さなかった。

「ねえ、佐倉さんはもうサークル決めたの?」と竜二が尋ねる。

「わたしんち、ちょっと家遠いから、どうしようかなって考えてるのォ。ヒデくんは知ってるけど、わたしの家埼玉の北のはずれだしィ、路線違うから家帰るの時間かかるんだよネ」と彩夏が答える。

「うちのサークルはどう? 結構雰囲気緩いし、まぁ、遅くなりそうなら途中で抜けちゃっても問題ないみたいだし」と香織が言う。

「あと、ヒデもいるしな」と竜二がニタニタと思わせぶりに答える。

「あ、そうなのォ? じゃそうしようかなァ? ところで何のサークルゥ?」と彩夏。

 なんだよ知らないのに返事していたのか、この子は、と秀明は少し呆れた。やはりこの子は少し天然な所ある。

「芸能研究部ってさ、落語家からアイドルまで幅広く研究するサークルなんだって。ようするに落語、お笑い、バンド、アニメ、アイドル好きの寄せ集めなんだよ」と秀明が説明した。

「へぇ、なんだか捉えどころのないサークルなんだネ。でも悪くないかナ。どこにも入らないよりマシかもだからネ。ところでヒデくんはそこで何やるつもりなのかなァ?」

「俺は、バンドをやりたくてさ。そこでキーボードやりたいなと思ってる。だけど、さっきの双子美人先輩に古武術やらないかって誘われてるんだ」と秀明は答えた。

 すかさず横から竜二が「俺はギターねよろしく!」とアピール。まったく少しは空気読めっての。

「香織は何やるのかなァ?」と彩夏が尋ねる。まだ入学してそれほど経ってないのにずいぶんとフランクなんだなと秀明は感じた。

「私はどうしよっかなって、思ってるんだ。

一応、楽器とかは小さいときにピアノやってたけど、それくらいで他に特技もないし、勿論アイドルやアニメなんて全く興味ないしね。ましてや落語なんてね。

 ヒデが言ってた先輩がやっている古武道・・・とか、そっち方面もちょっとね」

「え〜? じゃなんで入ったのォ?」

「あ〜。なんか楽しそうだなって思って。映画やってる人たちもいて、女優に向いてるなんて煽てられて入っちゃた」と笑いながら話す。

「あと、楽器は弾けないって話したら、ボーカルでもいいなんて言ってくれたし、この際女優とボーカル掛け持ちなんてのも良いかななんてね」とあっけらかんと話した。

 聞いてなかったが意外と軽いノリで入ったんだなと秀明は思った。

「あ、ボーカルいいネ! 私もボーカルやりたいなァ!」と彩夏。

「ああ、いいわよ。女優もあるし二人でやってみるのもいいかもね」と香織。彼女はボーカルにはあまり執着ないらしい。

 そうこう話しているうちに最初の料理が来た。まずは、女の子たちのサラダ。

「うわー面白いサラダだねェ。この白いのなんだろゥ?」とか「ドレッシングがおもしろーい。なんの味なんだろ? あ、オレンジかな? なんか柑橘系?」とか言ってはしゃいでいる。

 秀明も彼女たちのサラダを見たら、なんか食べたくなってきて、思わず生唾を飲んでしまった。そして、オムライスしか頼まなかった自分を呪った。

 女子のセットサラダより少し遅れて、竜二の元にスープが届けられた。彼のチキンステーキ定食には何故かサラダは付かなくて、その代わりにスープが付いている。定食と名の付くメニューは皆そういうふうになっていて、サラダは付けたい場合はセットメニューを別に頼まないとダメなのだ。そもそも定食自体がセットみたいな物なのに何でサラダは別なのかって事が解せないと秀明は思った。

 秀明は昨晩のことに関して、竜二に確認してみたい事が有ったのだが、彼と女子達の会話が切れ目無く続いてしまい、なかなか話すきっかけをつかめ無かった。

 彼が竜二に話しかけようと、彼らの会話の切れ目を伺っているうちに、メインのオムライスとチキンステーキが到着した。

 オムライスは意外と大きく、女子には少々荷が重いのでは? と感じたが、

「うわー結構大きいネ。食べきれるかなァ?」

「ああ、余裕余裕。私お腹空いてるし」などと、此方の心配なんて何処吹く風で大盛り上がりであった。

 女の子って凄いんだなと秀明は感心しつつ、オムライスにかぶりつく。一口食べた途端、なんて美味しいオムライスなんだろうと思わず微笑んでしまった。

 今まで、オムライスなんて母親が作ったのが一番美味しいと思っていたのだが、目からウロコが落ちるとは、まさにこの事かな感じた。

 卵は少し半熟でふんわり柔らかく仕上がり、ケチャップライスはまったりとコクが有って、具材のマッシュルームとチキンも余所よりも多くすごく食べ応えがある。

 掛けてあるケチャップは自家製だろうか? 時々トマトの果肉が混ざっていてフレッシュで美味しい。

 香織たちも「なにこれ? おいしーい」と顔をほころばせながら食べている。

 竜二は一緒にオムライスを食べれなくて悔しいのか「こっちもなかなか美味しいよ。鶏の皮がパリ糸焼けてて美味いわ。なんかスパイスが効いていて良いね」などとアピールしてくるが、女子達は全く興味なしと言う雰囲気でスルー状態。少し可愛そうだなと秀明は彼に同情した。

 オムライスはなかなかのボリュームで、秀明はサイドメニュー無しでも結構満足できたのだが、女子達はさらにその上ドリンクとケーキ二個が付いているので、果たして食べきれるのだろうか? と彼は人ごとながら心配した。

 暫くして女性店員がサービスのコーヒーを持って来る。

「ケーキは今お持ちしますね」店員さんのハキハキした接客が気持ちいい。

 ここで香織がコーヒーをすすりながら切り出した「ねえ、今度のゴールデンウィーク予定ある?」

 秀明が「いや俺は特に予定ないけど」と答える。彩夏も予定は無いようだ。

「実はゴールデンウィークにバスツアーのプランがあるんだけどさ、五名以上だと団体割引があるんだよね。みんなどうかな?」と香織。

 竜二が「ああ、今朝言ってたやつ?」とつぶやく。すでに話は聞いていたようだ。

「もう、亜紀先輩たちには話を通してあるんだ。二人ともオーケイだって」

「竜二はどうすんの?」と秀明が尋ねると、竜二は、チキンをナイフで切るのを止め、

「あ〜、俺は秀明か、他の男子が行くならオーケイだ。でも、男子俺一人なら行かねー。だって女の集団でオトコ一人なんて肩身狭いっしょ?」と答える。

「まぁ、そおよね〜」と香織が苦笑い。

「だからさ〜、ヒデくんもきてよ! お願い!、五人以上だと二割引になるのよ!

 ああ、そおそぉ彩夏はどおすんの?」と香織が彩夏に話を振る。

「ええ? 私ィ? 特に予定は無いけど、どおするかなァ〜。ヒデくん行くなら行こうかなァ?」

 それじゃ、俺が断れ無いじゃん! と秀明は少し困ったなと感じた。

 彼はコーヒーを一口すすると、

「えと、実はゴールデンウィークは実家に帰ろうかと思ったんだよね」と答えた。

 香織は旅行のパンフレットを広げて、黙読すると、

「実家って栃木だっけ?」と秀明に尋ねる。

 秀明はコーヒーカップをテーブルに置き、

「いや、ちがうよ茨城のつくば市」と答えた。

 すると香織は開いたパンフレットを秀明に見せて、

「ああ、大丈夫だよ集合場所は秋葉原だからつくばエクスプレスで一時間くらいでしょ? ここから行くより近いから」と畳み掛けるように彼に迫った。

「それに女子と親睦深めるのにいい機会よ! じゃ、決定ね」と、結局秀明の返事も聞かずに決めてしまった。

 ああ、なんだよ! 否応無しかよ! と彼は呆れたが、気が弱い彼は結局、嫌とも言えなかった。

「じゃ、ヒデが行くなら俺もいくわ!」と竜二がしゃーないと言う感じで言う。

 彩夏は逆に目をキラキラさせ「じゃ、私も行くヨ!」と。

 そんな騒ぎをしているうちに、ケーキが届く。香織と彩夏は満足そうな顔でケーキを頬張った。

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