第5話 明確

「へぇー、それでユートを連れてきたのか。」

 冷蔵庫から自家製だという麦茶を四人分、江戸切子のグラスに注ぎそれぞれの前に並べると、好摩はカウンターの椅子にこちらへ向き座り、これまでの経緯を軽く纏めて訊いていた。


「はぁー、確かに特異性高いねそりゃ」

 膝を打ち、感心した様子を見せる好摩。宇舘と紐華、そして時折こちらへ話題を振り、常にフレンドリーなリアクションを取っている。

 なんだか長身だし筋肉質で厳ついのだが、ラフな格好に表情からは、初見の物々しさみたいなものは感じない。戦闘時とそれ以外の時のギャップがすごいな、こいつら。


「さて、色々説明しとかなきゃじゃないか?

 何から話すか……君の両親の話か? 我々──と言うかあいつの目的? だがそれでも、君には霧食キリバミに関する技術と知識がいるんじゃないかな?」

 どこまでも友好的な語気の好摩。

「あーそうだ面倒臭ぇなぁ」麦茶を飲み干し、カウンターへ立ちボトルから麦茶を注ぎ足す。


「この村……夕霧村に漂う村、これに霧食が関わっているんですよね? 再生能力とそれに、薙刀とかパイプ出したり」

 一つ一つ確認するユートに、紐華が無言で頷く。


「そう。霧食ってのは霧を食べる鬼の事。霧を食い操り妖術──というよりは特殊能力のように使いこなす。それに加え、使い方が色々ある、という話よ」キッチンの真向かいの壁にかけられたホワイトボードの真ん中に、縦線を一本引く。


「まあ大別して二つ。霧を物や人に使うのか、霧自体を使うのか。この二つを色々やりくりして、行ったり来たり応用して、自分なりに遣い方を確立させる。」自分、それ以外と枠の上に書く。


「例えば、再生能力。こいつは自分への作用だ。アプローチは色々だろうが、霧で自分を修復する。ユート、あと手前ェの叔父が殺した剛弥は、薙刀を造ったろ? あれは具現術、霧からなにかを作る。

 具現化したものを霧で対物操作したり、そもそも霧を操ったりな」


 ユートに向かい合いソファに、グラス片手にどっかと座り込む宇舘の言葉に合わせ、ボードに内容を箇条書きしていく紐華。


「私の鞭も、霧を素に具現化して、それをまた霧を触媒にして操る。」矢印で項目ごとに関連させていく紐華。「ユート、君も具現術を使ってる。」


「え? 確かにそうか……」


「つーか頸椎折ったのに再生術を使えた事のが異常なんだよ。再生速度は訓練でどうにでもなるが、

 まぁ……そんなやつを一人知っちゃいるが。ユート、お前はどこまでも、そいつと同じだ。外れた例外で、イカれた異常だ。何故だ?


 


「そんなにですか……」


「そういうことも含めて、遣いこなさなきゃならんな。

 んで。そんな大層なお前さんの話だよな、次は」


「いや。」と、宇舘の言葉を遮る好摩。


「そこに関してはあいつが来てから話すべきじゃないか? 我々はまあ当事者ではあるが、事情の全てを知っているわけでは無いだろう?」カウンターで足を組み直し、麦茶で口を湿らせ、冷静に言葉を放つ。


「解った。とりあえず、身柄引き渡すぞ好摩。お前が身柄を預かってくれりゃ、俺は捜し物に出られる」と、立ち上がる宇舘に、

「了解した」と促される好摩。

 ホワイトボードの掛けられた壁とソファの間の何も置かれていない空間に、紐華と入れ違いで二人が歩んでいく。


「え? ここでそんなことを?」

 俺に叔父の無事を確かめさせるための行動か……ただ俺を信用しようとか、そんな気は無さそうだな。

 背後の台所へ、紐華が歩んでいく。


「例えばだが、ユート。」爽やかな光の入る部屋に、何処からともなく霧が侵入してくる。それを手繰り、手元に集める宇舘。


 好摩との間、床へ沈むように霧は停滞し、それが晴れる。


 そこに、後ろ手に両手を縛られ、膝立ちになった叔父が、そこに現れる。「……っ」少し、部屋に漂う雰囲気がひんやりと変わる。


「霧から空間を作り、そこからものを出し入れできたりする」んじゃ、宜しくな好摩、と二人は視線を叔父に向け、好摩は叔父へと手を伸ばす。

 粛々と仕事を遂行しようとする二人の目の前で。


「よっと」叔父が、するりと拘束を解き立ち上がる。


 あー凝った凝った、と軽いストレッチをする叔父へ、驚愕の視線を向ける宇舘と好摩、そしてユート。


「え? ええ?」

 戸惑っている間もなく、背後から、派手に物がぶつかり合い、壊れる音が。「へ?」思わず立ち上がり振り向いたユートの眼前で、台所の食器棚へ紐華へと蹴り飛ばす叔父の姿が。


「なんでそこに?」もう一度、好摩と宇舘へと振り向くと、叔父が二人と渡り合っている姿が。


 何がなんだか混乱しているユートの肩を、ぽん、と叩く手が。

「うし、逃げっぞ」


 振り向いたそこには、叔父が。


「三人目?」

「お、当たり。」


 とたばたと騒がしい部屋を尻目に、ユートと叔父はドアを蹴破り、廊下へ出て走り始める。

「あー、きちいな」と、叔父が。

「あのさ、逃げて平気なの?」

「あれ以上捕まってても意味ねぇだろ。霧食関連の話はその通りだったが、別にお前を信頼したからあんな話したワケじゃねぇぞ、あいつら」

「まぁ確かにそうか……」あのまま従っても意味はない、って判断か。「んで、何で捕まってたの?」

「最初から逃げれたんじゃないか、ってことか?」

「そう。さっきの分身でも使えば」

「まぁそうだが、別にそこで使ってもなぁ。逃げながらの物探しより、方が動きやすいって判断だよ」

「そー言う時こそ分身能力を、ってことか」その場凌ぎに使うより、囮に使った方が確かに有用なのか。

「そー言うことよ」


 階段を駆け上がり、宇舘と戦った空間へ出る。


「で、って何よ」

「大したことじゃねぇよ。実家に敵がいるのが解った時点で、別所を探って状況把握しとこうって」


 はあ成る程、とユートが相槌を打ったところで、叔父の表情が曇った。「ん? どうかしたの?」

「いや、流石に分身三体はキツいな、と思ってな。悪い、一人突破された。」苦々しく唇を噛む叔父へ

「三人……じゃあ捕まってたのも分身ってこと?

 てか突破って── 」どういうことさ、と聞こうとしたユートの隣で、ふっ と。

 叔父の姿が靄のように、立ち消えてしまった。


 玄関から庭先へと飛び出したところで、ユートは後ろから気配を感じる。振り向こうとしたその頭上が、一瞬翳り、その眼前に、派手に庭石を散らし着地する大きな影。

「全く……あいつに関わると退屈しないな。段取りが崩れるのは困りものだが」筋肉質な大男。

 剛弥と比べれば一回り小さいものの、威圧感の質が違う。先程のフレンドリーさなどどこにもなく。


「こちらの言うことを聞いてくれよ、少年」そこにもはや人ではなく壁のような圧迫感で立ち塞がる好摩が、溜め息混じりに首を鳴らす。


「捕まえに来たのね、なるほど。逃げ切るためには倒すしかない」

「逃げる? 倒す? お前一人が残っても意味がないだろうに……あぁ、あの場にいたのは全て分身か。厄介な手駒を遺したものだ、君の両親は」


「なに言ってんのかわかんねーけど、疑問が解けたなら何よりだよ。ついでにこっちの疑問も解かせてくれよ、デカブツ」

「ん? 質問には答えると言った手前、ある程度は聞いてやる」

「あの眼鏡──宇舘ってのが言ってたって、何よ?」


「眼鏡ねぇ。まあいい、答えてやる。


 知らん。詳しくは、という話だがな。


 儀式をする上で必要なものが、この夕霧村にはある。我々霧食のステップアップさ、幸せに生きたいじゃないか、解るだろう?」


「解んねーよ、そんなもん。

 だって俺、今十分幸せだし」


「向上心の無い者に待つのは死滅だぞ、少年。」

「向上心無いとは言ってないじゃん。」

「そうか、相容れないか。なら仕方無いな。」


 遣り合うしか無さそうだな、やはり。


 ユートは地面を踏みしめ、突撃する。

 覚悟なんて、とっくにしてるさ。

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