第4話 覚悟
「屋敷には土足で入って構わないよ」
と、紐華は気軽な様子で玄関の戸を開けた。
ここが俺の実家なのは本当のようだが、とすればこの行動は不躾どころか不法侵入も良いところでは無いかと思うが、人質をとったり殺そうとして来たりするような連中に、法で対抗しようとするのは無理があるかもしれない。
色々と聞けそうなのだ、ここでとやかく言って揉めるより、素直について行く方が有益だろう。死にたくないし。
紐華の後ろをついて行き玄関を土足で上がり込むと、そこには広い部屋が。「広くね……」どう考えても間取りがおかしい。庭から見たときは縁側があったのに、その先に見えた商事は見る影もなく、コンサートホールかというような広く無味乾燥なフロアがあった。
縦横に等間隔に支柱が立てられ、そう高くない天井がより近く感じる。「天井の高さからすりゃ市民会館の大広間、ってとこかな」
ぼそりと独り言を呟きながら歩を進めると、スーツのジャケットを小脇に抱えたメガネの男が。
「よぉ、宇舘」紐華が気軽な調子で声をかける目を瞑った男には見覚えがあった。
「この男は……」
ジャケット脱いで小脇に抱えてるし、ネクタイも緩めてるけど、こんな鋭い人相がこの村でそう見られるとも思えない。それに宇舘と呼ばれていたし、間違いないだろう。
俺と叔父が乗っていた軽トラをぶっ壊した二人組のうちの一人だ。
「寝てたろお前」「寝てねーよ」「嘘つけ」
と、無駄口を叩いている。
「──んで、何でそのガキいんの?」
と。宇舘が突然、こちらに目を向けてきた。
「あの厄介なジジイとこいつを切り離し、お前はこいつを、俺はジジイを。剛弥が死んだが故の緊急措置だった、つーのに」
「異分子は殺すんじゃねぇのか?」
「──え?」殺す? 人質だとか何だとかって話を持ち出したのはどう言うことだ? 嘘なのか?
ただ騙すために?
「まあ、最初は殺すつもりだったんだけどね。切り離しは助かったよ。でも、このユートって小僧は予想外だった。予想以上に──強かった」と、紐華が。
「ふーん、なるほどねぇ」
滑るように距離を詰めた宇舘に、頭を掴まれた。そしてそのまま迫る膝頭に、顔面が叩き付けられる。
ゴキャッ
なんて、洒落にならない音が。スイカ割りでもするような気軽さで、殺しに来た。
宇舘は後頭部と背面を片腕でがっちり組んで体に引き寄せると、どかどかと膝を腹に入れて行く。
ユートが呻くと余裕そうな表情で組んだ腕を外し、よろめく背面へ握った拳を振り下ろす。鈍い音と共に倒れたところを、容赦なく何度も踏みつける。
「んで、誰が何だって?」
飛び散った血が、辺りを彩る。
「どーすんだよ、儀式は」
紐華の方へ溜め息混じりに声を掛けるその視界の端で、ぴくりとユートが動いた。お、まだ動けんのね、と一歩下がり構え直すところに、バネ仕掛けの人形がごとく飛び起きながら、真下から拳を振るう。
顎狙いのそれをやはり片手で弾き、立ち上がってのもう一撃を躱し切る。何度か拳を振るうがその全てをいなし切る宇舘に、素早く足を運び離れようとするユート。
「余裕かよ」チッ、とユートが。
「タフだね」ニヤリ、と宇舘が。
宇舘の追う足速く、軽く攻撃動作を見せてやると、焦ったユートはガードを上げ「──っ!」足を引っ掛け転かされる。
崩れたところに、鳩尾に一発入れ倒すものの、すぐさま立ち上がり反撃の拳を突き上げるユートに合わせ、前蹴りを。
「倒れるかよ」
ユートはもう片方の腕を振り切る。
真っ直ぐ突き出した拳が、鋭く風を切り、
「っぶねぇな」
素早くはたき落とすが、腕が痺れる。
成る程、随分と丈夫なもんだ。
「大したこと無い、訳でもなさそうだ。
早目に、ケリをつけさせてもらう」
と。抱えていたスーツを投じ、ユートの視界を覆う。「っ!」驚くユートに目もくれず、スーツで頭部を包み、足を掛け仰向けに倒しながら上にのし掛かる宇舘。
「クソッ!」倒された! 視界も潰された!
このまま殺されてたまるか!
上半身をがっちりと抑えた宇舘は、足をじたばたさせるのに構わず、ぐぅっと首を絞めて行く。覚悟とは裏腹に、ユートの足掻きは意味を持たない。
呻き声とばたつく動きはだんだん緩慢になっていくタイミングで、ごきり と。コックでも閉めるような慣れた様子で頭を捻り、頚椎を折る。
「よし、後はしち面倒なクソジジイの後始末だけだな」と。するりと頭からスーツを引き抜き、肩に担ぎ立ち上がる宇舘。
あー、クリーニング出さなきゃだなぁ、なんてぼやき倒れたユートに背を向ける彼に、
「なぁ」と。二人の戦いを避け眺めていた紐華が、声を掛ける。
「まだ、生きてないか?」
「……ウソでしょ」
ユートが、立ち上がっていた。
首を折ったのだ。
「折ったよな、首」
後頭部を狙う拳を振り向き様に手首を掴み止めようと動く宇舘だったが、その手を素早く引き、左拳を。「フェイントねぇ」
甘めぇんだよ、餓鬼んちょ
今度はしっかりと左手首を掴み、素早く背後へ回り、膝を、左脇腹に叩き込む。そしてそのままスーツを担いでいる右肘を、下顎目掛け踏み込んで一撃。
「ホレ」
「うっ」ぐらりと視界が揺れ、ユートは再び倒れる。
畜生、口の中切ったよな……
今度は宇舘も、ユートから目を逸らさない。
「まだ、やるんだろ?」
下半身に攻撃を受けてなんかいないのに、膝がガクガクと震える。でも、立てる。立ち上がる限り、こいつらは暴力で応えてくる。
抗えねば死ぬしかないのだろう。
抗うしかない。 死にたくない。
まだ生きている、なら、生きなきゃ。
まだ生きているんだ、生きたい。
俺は、どこまで生きていられる?
そんな風に、好奇心と覚悟を入り交じらせたユートに、果たして宇舘は、はぁ──と溜め息を。
「歩けるな?」
「付いて来い、殺しても死なねぇんじゃ俺にはどうにもできん。教えてやるよ、色々と」
死なねぇ
なにやらぼやく宇舘に、俺はついていく。
一画の柱が霧に覆われ、晴れると、そこに扉が。
「行くぞ」振り向くこと無く扉を開き、続く先の見えぬ階段を降りて行く宇舘。
「さて少年、行こうか」
紐華に促され、俺は階段へ足を踏み入れる。
「な? 強かったろ?」
「強いってか、丈夫なだけだ。本当に予定外が多いなあの人に関わると……」
「しゃあないでしょ、あんなんだし」
「まあ、しゃあないか、確かに」
地下らしき場所にはカーペットの敷かれた広めの廊下が広がっており、等間隔に扉が並んでいる。白い壁に埋め込まれた照明が、カーペットの暗い赤を照らしている。
モコモコしていて少し歩きにくい気がする。
一つの扉を開け室内に通される。
そこには、大きな窓から朝日を取り入れる、リビングルームがあった。ソファに机、観葉植物。扉から入って左側にはカウンターテーブルとその向こうにキッチンが見える。
「は?」
「座れよ、少年」
「あ、はい……」
なんなんだこの部屋……なんで朝日が?
外は夕暮れ時どころか黄昏時まで行ってたよな?
「少年、名前訊いてたっけ?」
「あ、ユートですけど……」
「だよなー、最初見た時にそこら辺の話しはしてたし、こんな時に奴等の忘れ形見が絡んでくるなんて、やっぱついてねぇな」
「言うなよ宇舘。村のこともあるんだし仕方無いとこはあるだろ」肩を竦める紐華。
冷静になると、只者ではないその宇舘の雰囲気に呑まれるな……てか、よく考えるとこいつこんなにフランクな感じだったっけか……
「んで、あるだろ、聞きたいこと」なんやかんやと三人が腰を落ち着けると、そう宇舘が切り出した。
「儀式ってのは、お前の特異性に関するものだが、正直あいつの目的にとっちゃ、お前は被験体ってとこだろうな。いたらいたで助かるが、やることが増えて面倒になる。
あくまでイレギュラーだしな、排除できるならその方が良かったんだが。仕事増えんのは俺らだしな」
「俺の特異性……被験体って言い方をするのは、その儀式が実験的側面を帯びてるってことか?」
「んー、たぶんそう。何を思ってこんなことしてるのかは知らんけどな」と、ユートの質問に答える
「本意は知らないのか……」
「わかったら苦労しねぇよ。まあだが、奴の言う儀式がもたらす結果については色々思うが」
と話をしているところに、入って来た扉が開いた。
「お、死ななかったんですね、そこの少年」
部屋に大男が入ってきた。
「まあ、何があったかを聞く前に──お茶出しくらいした方がいいんじゃないですか? 一応、来客になるわけですし」
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