第3話 模索

 今、俺は敵と対峙していた。敷き詰められた小石に、脇に生えた松の木と言う、俺の勝手なイメージにある日本庭園をそのまんま再現したような庭。俺と敵はそこに立ち、向かい合う。


 よく考えれば俺はこの人気のない家に昔住んでいたそうなので、この庭を覚えていただけかもしれないが、今それは良いだろう。


「私の名は紐華ちゅうかと言う。君がここに来たと言うことは、色々と知りたいことがあるのだろう? 少年。」

「ああ、確かにあるな」

「君の叔父については安全を保障しよう。そしてここには、君の知りたいがある。」

「そーかよ。」

 人質ってことか。それに、知りたいことも。やっぱり俺が、ここから逃げるってのは無いよな。とすると、俺をここに縛るのが目的かも……いやこれ、「嘘だったらどーすんだ、その話」

 人質が無事だとこっちに思わせとけば、こいつらには、いくらでもやりようがあるんじゃないか?


「それは無い。嘘をつく理由がない」


 全うな交渉をしようと? まさか。

「嘘つかない理由も無いだろ」人質が生きてようが死んでようが、どうでも良いんじゃないか? こいつにとっちゃ。


「あー、そう言うことか。私が君をはぐらかし、逃がさないようにしている、と。この場への拘束の意図は確かにあるが、やはり嘘はついていない。に情報があると言うのが嘘だったとしても、私がいる。」


「何が言いたい?」

「私は君のルーツについて知っている」嘘偽りはないと言いたげに、こちらにまっすぐ目を合わせてくる紐華。


 この家だけが情報源じゃない、そう思わせたいのか。

「……解った。そもそも、こっちには逃げる理由がないし、何より叔父が取られてる。で、あんたから俺が情報をぶん取るには、どうすりゃいいかね?」

 答えの解りきった質問だろう。


「言わずもがな、ではないか?」

「まあ、そうかもな。」

 嘘をつく気も真摯に向き合ってくれる気も到底持ち合わせていないのだろう。欲しければ、奪い取れ、と。シンプルな話だ。


「下手な交渉なんて逆効果、ってか」やむを得ずとは言え、こっちも手を汚してる。

「その通り。情報に人質、経験の差だってある。こちらの方が有利なのだから、私の好きなように進めさせて貰う」

互いに大人しく引き下がって平和裏に済ませる、なんて段階では疾うに無いのだ。


 あまり顔も思い出せない両親の死。夕霧村と俺を繋ぎ止めるものはなくなり、どうやら少し忌避されていたらしい幼き俺は、実家の厚意で別の街へ引っ越し、これまで暮らしてきた。

 それが今、実家へと戻ってきた。


 理由は、忌避された原因を知るため。自分がこの村にとってどんな存在で、この村がどんな風に成り立っているのか。それを今になって、知らなければならなくなった。そう言う因縁がある、と。


 因縁。だがそれは叔父の予想よりも複雑に絡まり合い、現状、俺を消そうとする一派と対峙する羽目になっていた。

 だがそれは良いのだ。


 問題は、その敵がこれまた予想以上に強かったこと。そして賢しかった。賢しきその敵の名を、紐華ちゅうかと言う。

 俺は彼女を倒さねば、前へ進めない。


 ──ってな感じの話で良さそうだ。フツーの高校生がここまで巻き込まれるってのも変な話だけど、「っしゃ、やってやる」


 覚悟は、できた。


 何故だかワクワクして、自然と口角が上がるのを感じる。


「流石……異常者の仔は異常者なのかね」そう呟く紐華へ向け、俺は一歩、踏み込む。

 が。


「っでぇ!」何かに引っ叩かれた。

 構わず前を見据えると、そこに、いつの間にか鞭を持ち振り回す紐華の姿が。


「丸腰じゃあないか」てか、見えなかった。


 速いな、とすると避けるとか掴むとかはムリだよなぁ。やっぱり突撃しかないな。ちょっと痛いけど──


 加速された鞭を、どうにか前のめりで顔の前に両腕を掲げて防ぎ、俺はそのまま走って突っ込んでいく。防ぎきれず足やらにビシバシ当たりはするが、頭と胴は存外守れている。

 ラッキー とか思ってる間にじゃりじゃりと小石の敷き詰められた庭を紐華へ一直線に距離を詰め、間合いに捉える一歩手前で


 足を振り抜き、足先で地面を抉るようにして掬った小石を、眼前へ向け蹴り上げる。

「──っ! 器用じゃないか!」鞭で防ぐのは無理か と、両腕で目に入らないよう砂利を防ぐ。

 礫が下方から紐華を襲うなか、俺は敵の頭上に飛び上がり、脇を引き締め殴るため右腕を引く。のだが、「っべ」跳び過ぎた、届かない! 

 対応される前にどうにか攻撃しなきゃ──「なるほど、上からか」と。紐華が上へ視線を向け、同時に、俺の殴ろうと握った拳を、霧が覆う。

「? なんだこりゃ」ずしり、と右手に重みが。どうも俺の手が何かを握っているらしいが、そのまま振り抜いて殴るしかない。

 スナップを効かせ振り下ろす拳から霧が退き、そこに、握り込まれた鉄棒が。


「っ !?」よっしゃ! これでリーチが稼げる!

 防ごうと頭上に持ってくる紐華の腕を、鉄棒がぶっ叩く。「っつ……具現術を使うか」ぼそりと呟く紐華の空いた脇腹へ、次撃を。

 

 「ガハッ ……具現術を小細工に使うたぁ、大した小僧だ」空中で繰り出した回し蹴りが、紐華を呻きよろめかせる。

「っしゃ!」やっと良いの入ったな。鉄棒を防ぐため腕を上げてくれて助かった──二種類の攻撃で撹乱、さっき剛弥って野郎がやってたののパクリだが、上手く行ったんじゃないか? と、着地し構え直そうとする俺の視界を、鞭が塞ぐ。


 容赦のない連撃。「あっ!」鉄棒も手から弾かれ、成すすべなくたじろぐ俺の目の前で、紐華の眼前に鉄棒が回転しながら落ちていくのが写った。

 手元から離れた得物が、たまたま作った隙。ラッキーパンチだろうが、逃すわけには行かない。隙は隙、突いていく。

 砂利を跳ね上げ、踏み込む。

 そして紐華の眼前を舞う鉄棒を掴み、そのまま頬へ叩き付ける。ゴッ と鈍い音を響かせ、よろめく紐華。唇を切り、歯を折り、血を吐いているが、それでも俺に躊躇はない。


 敵の傷に怯めば、殺られるのはこちらだ。


「もう一撃──」

 土手っ腹に、腰を入れ拳を突き上げる。霧食キリバミは再生する、一連の攻撃でダメージが残っている今、再起不能にするしかない。

 その思いで素早く拳を引き、鉄棒で太股を、脇腹を、側頭部を。叩き、砕く。

「回復なんかさせねーよ」容赦なく攻撃を加え、倒れたところを体重をかけ、ドカドカと踏みつける。


 リンチも良いところだが、関係無い。

 こんな理不尽なところで死にたくない。


「おぉあらぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 喉から雄叫びが絞り出されながらも、俺は我を忘れ、ばき、ばきり、と。容赦なく敵の体を砕いた。


 明瞭な意識とは裏腹に、冴え渡る身体は勝手に動いていく。まるで刻まれた本能が正しく機能しているだけ、そんな風に。


 あ


 しかし、攻勢に出ていたはずの俺の体が、首に巻き付いた何かに引っ張られ、吹っ飛ぶ。

 宙を舞い、小石の敷かれた地面を跳ね回る。暴れる視界の中で、首に括り付いた鞭がよろよろと起き上がる紐華の手に握られているのが見えた。なるほど、それなら──


「んがぁぁぁあ!」動けよ、俺!

 打ち身が酷く痛いが、関係無い。


 自分で動いているのか、曖昧な感覚はそのままに、無理矢理に体を捻り体勢を直し、地面へ足を突き立て、踏ん張る。

 そして手が、首を絞め上げる縄へ。鞭を手繰り掴み、掴んだ鞭に体重を乗せ、全身を反り返し引っ張り返す。喉の震えから、自分が雄叫びを上げているのを感じる。

 突然引っ張られた紐華は踏ん張りが効かず、こちらへ飛んでくる。 

 が。

「全く、とことん戦るな」と。再生がてら、鞭を、手から離す。引っ張られる勢いを地面へ踏み込んで殺し、もう片手に霧から鞭を呼び寄せ、振るう。


「させねぇよ」

 敵へ一直線に飛び出した俺は、間合いへと潜り、自然と鞭を振るおうとする腕を止め、一歩踏み込み、拳を。防がれようが、腕ずくで、叩き込む。 

 再生しきる前に、戦意を削ぐしか──


「そろそろ教えろよ、知ってんだろ? 


 畜生、頭がごちゃごちゃだ。

 この村について、霧について、親について、霧食キリバミについて、再生? 儀式? 具現術ってのはなんだ? 


 紐華が吐血し、痙攣する体が動かないうちに、拘束しなくては。縄とか出せるといいんだが──と考えていると、霧が手にまとわりつき、その中にずしりと重たい感触が。


「お、出せた出せた」

 傷の深い内に、霧から出した縄で、紐華の手足を縛っておく。絵面的に危ない感じがするが、仕方無い。

「流石……獣のようだと思っていたが、そんなことはない、お前はただの化物だよ、少年」

「んなこと言われてもなぁ。死にたくないし、叔父のことも心配だし、色々知りたいし、やれるんだから戦るしかないでしょ」

「さっぱりしてるねぇ」

 足元に転がしている敵から、そんな呑気な声が。もちろん得物も奪ったし、警戒をしているつもりなのだが。


「君が私に聞きたいことがあるのは解った。成長が早いのはこれまでの訓練のお陰なのか、そもそもの“質”なのかな?」

 どうなんだろうねぇ と茶化す紐華。


「俺にそれがわかると?」

「いいや。ここで一つ言っとくと、霧食キリバミってのは、この夕霧村に漂う“霧”を食い、遣う鬼を指す。

 それ以外にとって、ここの霧は毒にしかならないここで生きている時点で


 とうに、お前は霧食だ。


 それも具現術を遣った。この短期間での成長。少年、君は只者では無いさ。なるほどな、儀式をするだのと奴等は言っていたが、どうやら私の見当違いだったらしい、色々と」


 付いて来な。生き残りたければ、

 君の叔父を救いたければ。

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