第2話 敵誅
両親についての質問に対し、
「ユート、恐らくかなり不味い状況だ」と、即座に立ち上がった叔父の言葉に、冷静さを取り戻した。
「で、これからどーするのよ」
「実家へ向かおう。」
そうして、ぶっ壊れたトラックをその場に残し、実家への道を駆け始めた。ああ、流されてばかりだ。選ぶ
川縁の斜面、頭上には木々が繁り、細い道の崖下には上流特有のごろごろと岩の転がる川原が。この道を抜けた先に、あまり覚えの無い実家と言うのがあるらしい。
「どうだ? 息は慣れてきたか?」先導する叔父が振り向き、そう聞いてくる。
「あ、ああ、どうにか平気そうだ」短距離走のペースで長距離なんて走るもんじゃないな、全く。と思うものの、意外と息は持つ。
「この里の霧は我々霧食にとっちゃ栄養分、補給なんていくらでも出来るわけだ」と、叔父が解説を入れる。
「へぇー、そんなもんなのか」俺もそうなりつつあるのだろうが、なんかもう、慣れた。驚きが多すぎると麻痺する。
警戒しつつ走るなか、細い道が開けて行き、そして「止まれ!」と。叔父が急停止するのに合わせ俺もつんのめるように足を止めると、前方の霧から、岩が。
飛来したそれは眼前の地面にちょっとした轟音と共に衝突し、土埃を上げる。そして、二発目を投げる影が。
「私は
名乗りを上げる間もこちらの上半身ほどの直径はありそうな岩をばかすかと投げつけてくるため、それを避け続ける必要があった。
「……見ない顔だ。俺が離れていた間にここも変わったのかも知れん。とすると、やはり暇を潰している場合ではないな。
見てろユート、出来そうならフォローに入れ」叔父は敵を見据えそう言うと、岩の飛んでくる最中へ、一直線に飛び出して行く。
「フォローて、無理でしょこれは」
叔父は的確かつ大雑把な集中砲火を、するすると掻い潜り距離を詰めて行く。このまま威圧されていては、距離を離されて不利になる。その位なら懐へ。
そう言うことなのだろう。 近付けば見えにくくなり避けられない、それなら叔父を囮に手札を引き出そう。叔父の動きも見ねば。何をすればいいのか、見極める意味でも。
叔父は最後の岩を避けきると、剛弥の懐へ飛び込んだが、剛弥はニヤリと笑い、霧の中から片手を後ろ手に回し、何か棒のようなものを引き出し、それを叔父へ目掛け振り回す。
「!」叔父は間一髪でその間合いを避け構え直すところに、もう片方の手で、岩を。投擲を警戒し、再度懐へ突っ込むその体を、持った岩でぶん殴る。
ゴッ っと鈍い音を響かせ、剛弥と俺の視線が交わり、その岩が、こちらへ飛来する。「マジかよ今の……っ!」
投げずにブラフ張りやがった! 俺はその岩を避けると、そいつが地面で砕けた。「なっ?」砕けるか普通?
「発勁よ、発勁」剛弥の振り回すどうやら薙刀らしき長物を捌きながら、叔父がそうニヤリと笑う。
「中国拳法じゃん、それ」俺はと言えば、当たれば吹っ飛ぶであろう岩の射線にビビり散らかし、避け続けるしかできない。
剛弥は俺に岩を投擲し、その隙を突こうと動く叔父には、薙刀に自在な軌道を描かせ反撃を。敵の意識を分散させ、どうにか膠着に持ち込めている、と言ったところだろう。
いやほんとに、なにしてるんだろ俺……
そんな風に思わなくもない中、
「ユート、膠着は駄目だ。俺等はこいつを斃さなきゃならねぇ。解るな?」薙刀の穂先を蹴り上げ、大きな声を上げる。
「……~っ!」そうだった!
このまま戦り合っても消耗するだけだ! まだ解らないことだらけの段階、「まずは、動けなきゃ話にならない!」
一歩。前傾で転ぶようにして走り出す。その後ろで、岩が地面を抉る音が。二歩、三歩。カスるかカスらないかの絶妙なタイミングで避け続け、距離を詰める。
あっという間に、あと数歩というところまで辿り着いたその視界に、霧を裂く白刃が閃く。頭上からの一撃を避け、顔を上げたユートの眼前で、叔父の攻撃を弾く剛弥の姿が。
そして岩を拾おうとする剛弥へ、叔父は隙なく畳み掛け、薙刀を振り抜いた瞬間を狙い踏み込んで崩そうとするユートとの間で、激しく攻めぎ間がが繰り広げられる。
「っぶねぇ」だいぶ目が慣れてきた! 叔父には岩を砕く発勁がある、どうにか一発入れる隙が作れればそれでいい!
「おぁぁぁあああああ!」 雄叫びと共に、真っ直ぐ突き出したユートの拳が、剛弥の脇腹をカスる。
「ふんっ」叔父の攻撃を石突で弾き飛ばすと、しっかり両手で保持し直した薙刀を翻し、ユートの拳に合わせ突き抜く。
「うっし!」迫る刃を間一髪、ほとんど倒れるように避け切り、突き出されたその柄を、ユートは上から抑えるように掴む。
「槍掴まれたら、攻撃できねぇだろ」
片手でぶん回すときは牽制しかしてない、決めに行くときは両手持ちで狙いをつけてる! たぶんわざとじゃなくて、片手じゃ長物を扱いきれないんだ!
俺の予測は、半分正解、半分不正解。
果たして剛弥が、横合いから来る叔父の突きにどう対応したのかと言えば、至極簡単。「ハッ」と嘯き、薙刀から、両手を離した。
抑えていた俺の体がよろめくなか、剛弥は上体を大きく翻し、叔父の発勁の籠められた拳に沿わせ、拳を交差させる。
剛弥の拳が鳩尾を、叔父の拳が顎を。
互いに打ち抜かれ、血を吐きよろめく。
「っグゥッ……助かったぜ、ユート」と、白目を剥く剛弥の腹を拳が突き破り──孔が開き、内蔵がぶちまける。
「気絶じゃ、足りないのか……」
「当たり前だ、敵は、徹底して殺す。」 動揺する俺を無視し、叔父は斃れ伏すその頭部を、踏み砕いた。
「さて、急ぐぞ」戦いを性急に済ませ、実家のある夕霧村中心部へと急ぐ。
さっきまで、俺は叔父の足に付いて行くので精一杯だったのが、だいぶ楽になってきていた。周囲に薄く立ち籠める霧に、どうやら俺が慣れてきたらしい、と感じる。そこに
「覚えていたな、ユート」と。隣を走る叔父が、唐突に話しかけてきた。
「へ? 何の話?」
「感覚さ。昔しこたま仕込んだ甲斐があったってもんだ」
「仕込んだ?」
「覚えてないか? まだお前がちいせぇ餓鬼で村にいた頃、色々としてたんだけどな、修行。」ボソッと種明かしするやん。
「修行? そんな大それた事してないよな……って、もしかして俺を山とかで鬼ごっこさせたりしてたのって……」
「あれは鬼ごっこじゃねぇだろ」
「あ、やっぱり……てか覚えてる? 引っ越したあとさ、どーにも近所の友達と話が食い違う、みたいな話したの」
「覚えてるよ、悪かったな、色々と」
「結局、何かあったときのための布石だったわけね、全部」自分でもここまで戦えるのは以外ではあったけど、なるほど得心が行った。逆を言えば、何か起きるってのは夕霧村にいた頃から解ってたってことなのかも……
そんな風に色々考えてるうちに
「さあ、見えてきたが──」
村に入り、いかにも地主の家、といった風の塀に囲まれた屋敷の並ぶその一角、つまり実家だと言う屋敷へ差し掛かるが、
「霧が──」
「チッ 急ぐぞユート」
一際濃い霧に包まれたそこへ門を潜り踏み込んでみると、「おいおっちゃん、なんも見えねぇんだけど」隣にいる叔父に声を掛けるが返答はなく、
「おいおっちゃん? いるなら返事してくれよ」心中に不安がよぎるなか辺りへ呼び掛けるが、やはり返答はなく。
「おいおいまさか──」
「思ってる通りだよ、少年」
焦りを感じ始めた俺の前方から声が聞こえ、そして、突如として霧は晴れて行き──
叔父の姿は忽然と消え、
その代わりに、敵が。
「来ると思ったよ、ユート君」スタイルの良いポニーテールの女性が、そこには立っていた。「やらないといけないね、色々と」
「色々ね……」なんだろう、目付きが怪しすぎる。それこそ色々と危ない感じだけど、大丈夫なのだろうか。
二人目の敵と、俺は対峙する。
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