余命宣告された貴方へ
森羅解羅
余命宣告された貴方へ
*タイトルどうりです。苦手な方は読むのをお控えください
○○〇様へ
お久しぶりです。元気にお過ごしでしょうか?
私は○○と申します。貴方の病室に訪れたことがあって、出会った当初は20代の看護師でした。
とは言っても、一度きり、しかも、ほんの五分程度の会話だけのことだったので、私のことを貴方は覚えてない、知らないと思ってる事だと思います。ですが、私は貴方ことを、とてもよく憶えています。
実は、私は貴方との出来事を記憶の中に留めておくことが出来なくて、あれから何度も思い返しました。あのとき、私はどう貴方に寄り添えば良かったんだろうって。
そして、思ったんです。貴方へ手紙を書こうって。
急ですよね、申し訳なく思います。他人同然の私が、急に手紙を貴方に送って、さぞ驚かれたと思います。実は私も、元患者さんにお手紙を書くのは久しぶりなので、少し気恥ずかしい思いがあったのですが、勇気を出すことにしました。
貴方は私がいつ、どこで出会ったか思い出しにくいと思うので、出会った時のことから話そうと思います。
♢
貴方と会ったのは、私が病院の内科に配属されて一か月を過ぎた七月ごろのことだったと思います。
あの頃の私は、病院の異動で内科にきて間もなかったから、看護師として日々の業務の中を忙しく駆け巡っていました。新しい職場、人間関係の中で、看護をするのが私は精いっぱいでした。
そんなころでした。
貴方が病棟に入院してきたころのは。
今でも私は覚えています。
貴方は入院してきた当初から、ナースコールを押しては看護師や医師に自分の気持ちを伝えてくれました。私達も、それに応えようと対応を重ねました。
そしてまたナースコール。貴方は頻回に医師、医療スタッフに寂しさを訴えており、誰でもいいから聞いて欲しいという必死さはこちら側にも伝わっていました。
ある夜、しきりにナースコールを押しては「家族がいない、寂しい」と呼んでいたと聞いています。
私達看護師は貴方のことを十分理解しようと努めました。仕事以上に、貴方の悲しみは誰もが持つ感情だったからです。
貴方は「死にたくない」
入院が長引くたび、自分が危篤な状態になるたびに、そう家族や担当の看護師に話していたと聞いてます。
主治医から家族の付き添いの中で余命宣告を伝えられ、貴方は即入院となってきたのを、入院初日から私達は知っていました。
私もその日はちょうど勤務日でした。その日の夕方、ナースステーション内で夜勤者に申し送りでは、
『精神状態が不安定なので、ナースコールをとった方は、十分に考慮してください』
そのフロアにいる看護師たち全員に告げられました。
私は、看護師として、仕事として、その申し送りを聞いてました。
ただ、私はまだ異動で来たばかりということで、症状が軽い患者さんだけを担当していました。症状が重い患者さんを受け持つことはなく、症状が重い、貴方の病室に担当したことがなかったのです。なので、あなたと私が会う機会はこれまでありませんでした。全くと言っていいほどありませんでした。
そんな時でした—―。
空いっぱいに立ち上る入道雲、青色の絵の具に水を足したような晴れた日。あの日が私と貴方の、最初で最後の出会いでした。
仕事がひと段落ついて、私が病院の廊下を歩いてるとナースコールの音が鳴っていました。
そのナースコールの場所は貴方の病室からでした。私は申し送りで言われたとうり、貴方に対して自分の言動にとても細心の注意を払うことを心に決めました。
そして貴方の病室へ入りました。
凄く覚悟を持って入ったんですよ?たぶん他の人から見たら、陽気そうな看護師がきたと思ったでしょうけど(笑)
私は明るく振舞うほうがいいと思って、貴方と病室に付き添ってた家族の男性に笑顔で話しました。たしか、ナースコールで呼ばれた件は、このとき点滴の調整だったと思います。
ですが、私が笑顔で接するのがいけなかったのか、貴方は
「看護師さんは、いいわね。やりたいこと、これから何でもできるでしょう?私はもう、何もできないのよ」
小さい声で、ポツリと言われました。貴方の眼の奥には寂しい光があり、それを私は感じ取っていました。
このとき、初めて、看護師としての辛さを経験しました。
私もこの職場で勤めていれば辛い境遇に会うこともありました。
血を吐きながら、容体が急変して亡くなった方もいましたし、昏睡状態から亡くなった方も病院に勤めていれば日常のように私自身も直面してきました。
ですが、患者さん本人から死の言葉を投げかけられるのは、これまで病院で働いてきて初めての経験でした。
そして、私はこの時思い知ったのです。
余命宣告を受け、嘆き悲しむ人に、何と言うべきか。
そして、家族の苦しさを知りました。
家族の一人が苦しんでいるのに、それでも助けられず、傾聴するしかない、最後まで付き添う家族の苦しみが。
私達医療スタッフが、手も足も出せないときが病院ではあります。
それは、末期の患者さんでした。
いくら医療の発展が進んでも、ゆっくりと死を待つだけの患者さんに出来ることは、あまりにも少なかったのです。ですから、私はあの時、貴方に何も言えませんでした。
貴方はこんなにも周囲に助けを叫んでいたのに。
助けて欲しいとナースコールを押して、押して、「辛い」「死ぬのは嫌だ」
そう何度も訴えていたのに。
毎日助けを
私は医療関係者としてではなく、ただの人間として貴方に寄り添うしかできませんでした。
私はただ、湧き上がってくる涙をこらえ、平常心を保った顔を作ることで精いっぱいでした。点滴の調整が終わった空白の手は、いつの間にか拳で握りしめていました。看護師として経験がまだまだだった、ということもあると思います。けど、私は看護師としても貴方に何も言うことが出来なかった。
『死は平等ですよ』
『私達が完璧にサポートしますから』
いろんな言葉が浮かびましたが、私は黙ったままでした。
貴方は死を一人で旅立つ恐怖で苦しんでいる。皆わかっていました。だからこそ、どんな言葉も、貴方を前にしては慰めの言葉、意味のない言葉だと思ったんです。
そして、自分が言った言葉が更に貴方を苦しめるかもしれない。
そんな気がして、頭の中で思いついたどんな言葉も、喉から出かかっては息と共に言葉を呑み込む。
それを繰り返していました。
あのとき、私が涙を溜めて貴方に向けて心の中で思っていたことは「ごめんなさい」でした。
何もできない自分。
今までも病院で働いて何度も死を目の当たりにしているはずなのに、何度も勉強しているはずの人間の『死』ということ。
看護の学校を出て、病院に勤務してこれまで私が積み重ねて学んできたはずの多くのことは、貴方の前には何も通用しなかった。
私はそう感じたのです。
あの時は本当に辛く、俯いていました。顔に心情が出やすい私は、貴方から見ても私の考えがわかったんだと思います。貴方は私の顔を見て、(悪いことをした)という表情でしたから。
私はその後、貴方の病室を担当していた看護師に、ナースコールで点滴の調整をしたことを報告して、貴方との記憶はここまででした。
そして心の中ではひっそりと泣いてました。泣きながら仕事をしていました。
けど、私は、もし家族さんがあのとき病室で席を外していたら、貴方に伝えたかったことがあります。
恥ずかしがらずに私の胸に秘めたことを伝えたら、貴方はあの時どうなっていただろうと、今でも思います。それを一番この手紙で伝えたくて、こうして手紙を書いてます。
それを今から書きます。
♢
私には亡くなった祖父がいました。
祖父は私が中学三年生のときに亡くなったのですが、祖父のことは大好きだったので、私はよく亡くなった祖父を思い出しては、空の景色を眺めることが多くなりました。
『雲の間からひょっこり顔を出してくれないかな?』と考えるんです。
残念ながら、祖父が顔を出してくれることはありませんでしたが・・。
天国に逝った人は帰ってこないから、いい場所、だから天国なんだと聞いたんですがね?少しは雲の間から化けて顔を出してほしいものです。
だから、私はいつの日か自分も亡くなったら、天国で祖父に・・、おじいちゃんに会いに行こうと思っていました。
あと、私事で恐縮ですが、私、歴史が好きなんです。歴史の人物って、全員亡くなってますから、逢えたらいいなと私が天国に逝った時の楽しみとしているんです。幕府の将軍や、幕末の英雄、世界中の立派な偉人たち。そんな楽しみの一つに、いつか貴方に会いに行っていいですか?
私が亡くなって天国に逝ったら、私、貴方を捜して会いに行きますね。もちろん、地上のお土産話付きです!面白エピソードを抱えて、逢いに行きますよ!
私は嘆く貴方に、私が死後練り上げている計画を伝えたかったんです。
けど、勇気がなかった私には、もう遅かった。
あるのは言えずに心に残った後悔と、貴方が旅立たれ空室になった病室でした。
貴方に会う約束ができないまま数年の月日が流れ、私は今も貴方との一瞬の出来事を思い出すときがあります。
それでも、いつの日か、私が亡くなったときには貴方を捜して、あの時に言えなかった言葉を、こうして手紙で伝えたかったんです。
日本もあれから平均寿命も延びて、私の出発が遅くなってしまうかもしれません。ですが、必ず私は貴方を捜しに行きます。だって、貴方は寂しそうな眼だったから、私も心配なんです。元気にしてるかなって。
今度は天国で逢いましょう。
次に逢うときは、貴方と笑顔で会話できる日を楽しみにしてます。
まだまだ若輩者の看護師より
余命宣告された貴方へ 森羅解羅 @bookcafe666
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