2-3.人ならざるモノの宴
「
咥えていた抵抗剤が瑞穂の一喝とともに落下……シュヴァルツシルトが90度転回、腕と平行に。振りかぶって全身の筋肉でエルの顔面に叩きつけた。だが浅い。頭部にめり込んだ盾をエルが掴む──反撃の兆候。瑞穂の背筋を冷たいものが走る。
「
盾の後方がノズルのように開く……赤い燐光、制御された爆発=ロケット。噴射されたガスの反作用が頭蓋を捉えて、柔らかい果物のように叩き潰す。
「瑞穂、後ろだ!!」
「もっかい
さらに噴射/地を片足で掴んで回転──砲丸投げの要領。滴る血液と破片でグロテスクな軌跡を空中に描きながら、後方から迫る殺戮者に直撃。しかし重量級の一撃もほんの一部の筋を潰し、骨をひび割れさせるに留まる。分が悪い。
「
「あいよ!!」
鋭く太い
微動だにしない化け蜘蛛──恐らく肉体の再構成中。その脚元で、瑞穂は迫りくるエルを叩き潰している。シュヴァルツシルトが不思議そうに鳴る。
「なぁ瑞穂」
「何?」
「叫ばなくても出来るんだが……その、繋がってるんだし」
残弾少ない機関銃──あまり効いてない気がする通常弾だ──をばらまきながら瑞穂がふんと鼻を鳴らす。
「気合の入り方が違う!!」
「あ、そう……グモ」
みたび盾がエルに叩きつけられて、会話は終了する。瑞穂は左手の盾でエルを押さえつけながら、右手の機関銃をがら空きの腹部に叩き込む……硬質な金属音と共に射撃が不意に止まる。今度こそ完全に弾切れ。
「冬霞!!そろそろ行ける!?」
機関銃を放り捨て、腰に下げた戦斧に持ち替えてエルの脳天を叩きながら瑞穂が問う。対する冬霞……首輪に手を添えたまま微動だにしない。稼いでくれと頼んだ時間をとうに過ぎてている。返答を待たず次のエルが迫る。瑞穂は左の盾で受け止めて逸らす……右の斧で腹を裂く。鏡面のように磨き込まれた刃に血と油が絡みつき、瞬く間に鋭さが奪われていく……格闘武器も消耗品。このままでは……。
「ねぇって……!?」
同じく微動だにせず静止していた化け蜘蛛……そちらが先に動き出して、大木のような足を振り上げた。その狙いは瑞穂ではない……冬霞だ。瑞穂がはもんどりうって駆け込んでその矢面に立ち盾を構える。刹那、柱のような脚が叩きつけて爆発めいた轟音を響かせる。瑞穂の体がバネのように縮んで、どうにか衝撃を抑える。プレス機の如き剛力が足を、腕を、腰をへし折らんと重圧を増していく。骨が軋む……いくら堅牢な盾であろうとも、こうなってしまっては。
「瑞穂!!無理だ!!」
シュヴァルツシルトの悲鳴……ある種の身勝手。宿主に死なれてはただの
「じゃあ
「だから無理だって!!そいつ抱えて一旦──」
「……
「来たか……!!って、冗談だろ……おい……」
瑞穂の後方から淡い光──北極圏の白夜のような。もはや首を回すこともかなわぬ瑞穂に代わって、シュヴァルツシルトは驚愕した。だらりと腕をおろし、瞳を閉じてて脱力した冬霞の全身が淡く輝いている……ただでさえ白いその肌が体温を失う。純白がシミのように皮膚を覆っていく。屍蝋めいた白は首から始まり、頬を、右目を、額を染めていく。頬が古傷に沿って引き裂かれて奥歯がむき出しになる。露出した歯列が牙へと変貌する。
「
純白に染まった手を水平に広げると、その指先から純白のものが伸びてライフルを覆い、更に伸びる……刃、特大サイズの銃剣。
「お待たセしマシた、先パイ、シュヴァルツシルト」
右半分が人の形からかけ離れた口から、濁った声がこぼれる。殺意に瞳をギラつかせながら化け蜘蛛を睨んで、右手をほんの軽く振った。そのほんの少しの動作で……数十mは離れているはずの化け蜘蛛の足まで薄い刃が一気に伸びて、根本の筋をすっぱりと切断した。瑞穂が決死の防御から開放されて振り向き、驚愕した。
「冬霞が……白いエル……?」
「もシ何かあったら、ココをおシてください」
まぶたをひくひくと痙攣させながら指先で首輪をこんこんと叩いて、冬霞は突然消えた……にわかに吹き付けた突風で、それがただ単に駆け出したのだと瑞穂は気が付いた。向き直ると、残った5本の脚の内の一本を銀の弾丸が駆け上がっていくところ……一閃。バターでも切るかのように容易く切断。脚は残り4本に……そのまま胴体上を駆けてに迫る。エルもやられるばかりではない。体をゆする……危うげなく接地される。進路上に触手を生成……臨戦態勢の整う前に通過。否、その全てを刈り取った……速い。先程までの挙動と比べても更に速い。冬霞が化け蜘蛛の口の真上へ到達。縦に一閃、さらに横一文字。厚い肉がぱっくりと十字に割れて液体が吹き出し、化け蜘蛛が絶叫する。傷口に更に連撃を叩き込みながら冬霞は考える。エルの弱点、一般的に頭か胴体を破壊。この個体も同様なのか……わからない。わからないならば。
「……グゲァォオォオオオオオオ!!!」
冬霞の口から人ならざる咆哮。切る、突き刺してねじる、叩きつける。壊れるまで壊すのみ。口の周囲を手当たり次第に破壊していく。切り裂く、切り裂く、弾かれる。何か
巨体がわななき震え、制御を失って崩れ落ちる──飛び出して数十mを落下、着地。その背後でエルが地響きとともに崩れ落ち、塵になってに崩壊していく……単身での撃破。しかし仕留めたものには目もくれずにエルの群れに突撃。
袈裟斬り/胴体を斜めに切断。横一文字/上半身が消し飛ぶ。兜割り/地面まで真っ二つ。手近なエルを背後から串刺しに/空へ向け切り結ぶ。支持を失って左右にべしゃりと広がる胴体、吹き出す血煙の向こう側で怯える二つの青、瑞穂の瞳。間に合った、冬霞は安堵する。
ごぶじでしたか、せんぱい。
「イギイイイアアアアアアオオオオオオ!!」
冬霞の口から瑞穂に向けて吹き付けられる悪意……振りかぶられる刃。冬霞の肉体を意志ではなく、破壊衝動が支配する。瑞穂は驚愕に瞳を見開きつつも、なんとか盾を掲げる/刃が振り下ろされる──空中で激突。
「あっっ
瑞穂の右腕がひとりで持ち上がる──微かに噴射し打撃、冬霞を地面に縫い付ける。
「瑞穂!!抑えてるうちになんとかしろ!!」
「なんとかって……冬霞!!しっかり……」
「ガアアアア……!!」
冬霞の獣じみた咆哮……正攻法ではどうにもならない。瑞穂は空転する頭でどうにか思い出す……直前の動作。冬霞は首輪を叩いていた──そこに視線を向けると、'押してください'と言わんばかりに発光する部分。強く押す……殺意の波が弱まる。冬霞の腕を踏みつけて抑えながらその瞳を覗き込む……
「冬……」
外傷か、処置しなければと屈もうとした肩口が燃え上がった……そう錯覚するような痛みが瑞穂を襲った。
「瑞穂!!待ってろ、今……」
シュヴァルツシルトが再び帯のような姿に戻り、体表を這って傷口へ……圧着、止血。瑞穂の口から呻きとともに赤いものが溢れる……肺まで到達しているかもしれない。
「瑞穂!!しっかりしろ!!おい!!」
「冬……霞……は……」
「自分の心配をしろ!!!!」
瑞穂の呼吸がどんどん浅く、早くなっていく。冬霞はうずくまってガタガタと痙攣している。シュヴァルツシルトはどうしたらいいかわからない……増援は。そこへゆらりと何者かが影を落とす、人間じゃないシルエット。
瑞穂の腕を
「耐えてくれ、瑞……」
解いた瞬間、シュヴァルツシルトの目の前が暗黒に染まる。出血、血圧低下、瑞穂もろとも意識消失……それに思い至るより早く、シュヴァルツシルトと瑞穂の意識は闇に呑み込まれた。
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