絶滅のトウカ THE DAY OF DESTRUCTION

2-2.フェザーライト•トリガーシア

少し前のこと。粉雪の舞う日、僕は街の外れにある墓所を訪れた。雪に覆われた丘に整然と並び立つ、'審判の日'以来の死者達の墓標。その一角に突き立てられた、飾り気のない十字架、きんと冷えた表面に刻まれた文字を指先でなぞる……荒川。樋口。須藤。井上。……阿左美。僕の、僕らの合同墓標。

僕は今、生きたまま自分の墓を見ている。誰の骨も収まっていない、がらんどうの十字架を。

「……幽霊にでもなったみたい」

あの日。死んでいった仲間たち、幸運にも生き延びた僕。無心で歩き続けた日々の記憶は靄がかかったようで、今日の今と地続きの出来事だという実感がまるでない。

だからこそここに来た。仲間を弔うためでなく、命拾いした実感を得る、それだけのために。形だけの祈りを捧げる……安らかに。瞼の裏にあの日の情景が浮かぶ。猛烈な地吹雪、白昼堂々と現れたエルの群れ。ひっきりなしの銃火。そして……

「ねぇ佐渡さん」

「冬霞でいいです。年下ですから」

「……。冬霞は'白いエル'の話を知ってる?」

冬霞の眉根が下がる。唐突に目の前の人間が風変わりな都市伝説の話をし始める……困惑、若干の不信感。

「隠匿性と殺傷力に特化した、人語を語る異常個体……知ってますが。それがどうしたんですか?……まさか私の格好を見て思い出したんじゃないですよね」

不満げな表情で腕を広げて、真っ白いコートをパタパタと揺らす。かわいい。当然の反応……続ける。努めて冷静に、誠意を持って。

「見たんだ、あの日。どこもかしこも地吹雪で真っ白な中、雪に紛れるように。瞬きした一瞬で何人も刈り取られるのを見た……」

「見間違いではなく、ですか。だってレポートにも──」

「吹雪に爪や牙があるなら、そうかも」

生存者の報告書（サバイバル•レポート）に記載──差し戻し。局長──"地吹雪と見間違えてない?""戦闘中は正気とは程遠い状態……報告書見る側の基本ね。だからその……悪いんだけど。"貴重な情報である戦闘法の信頼性のため/不確実な情報の添削。

「どうやって生き延びたんですか?」

「それはね……何もしてない」

食い付きかけていた冬霞が盛大に肩を落とす。いや、少しだけ口角を上げて、愉快げに。

「それでも阿左美さんは見たと信じているんですね」

「僕はそれを確かめたい」

「……いいですよ。付き合いましょう」

「本気で?」

「それなりに。でも無茶はしないでくださいね」

「わかってる。危なくなったら僕が盾になるから」

「言われなくとも」

「おお、言うじゃない」

それから一月も経ってないって言うのに。折角拾った命で何してるんだろうな僕は。

「こちら瑞穂。対象が発芽。増援が来るまで押さえ込みます。って冬霞ちょっと待ッ……」

冬霞が目標の懐に向けて近づいていく……勝手に。なし崩し的に追おうとするも、振りかざされた触手を横薙ぎに叩きつけられて阻まれる──盾で受ける──体が浮き上がる。空中で姿勢制御。靴底を地面に食い込ませて制動、着地。

「冬霞……!」

「なん!!で!!すか……っ!!」

風を切る触手……冬霞が右に/左に回避、横殴り……身長ほども跳躍して飛び越える。空中で、地上で合間に射撃。気の狂った体操競技のよう。

「撃てないし守れないんだけど!!」

冬霞が着地──ジグザグにバックステップ。慣性がないかのような速さ。瞬く間に戻ってきて溜息。

「銃が効かないんです、あれ」

「じゃあ効くまで僕が撃つ。冬霞は下がって、弾着観測よろしく」

銃を構える──盾がスライド。干渉しない位置へ。振り回される触手のスレスレまで接近して射撃開始。

「こなくそ!!」

根本を狙って弾幕をぶちまける。黒い肉が削ぎ取られて黒い血が溢れる……反応なし。さらに連射するも無反応。膠着。

「どう?」

「銃創から液体が吹き出てます……あ、固まって元に戻りました」

「了解。あれやるか……シュヴァルツシルト、変形（フリップ）」

盾を地に突き立てると、鋭い杭が生えてやすやすと牙を立てて食いついた。盾の側面から張り出しが滑るように生えてくる。そこに機関銃を据え付けると、液体であるかのように沈み込んで、被筒（ハンドガード）を飲み込んで止まった。外してと言わない限り、もう動かすことはできない程確実に。そして給弾部を開放……弾帯を取り外し、代わりに'+P'（マグナム）と書かれた毒々しい紅色の弾丸を咥え込ませる。シュヴァルツシルトがぶるりと武者震いする。

「行けるぜ」

「よし、やろう」

「あ、ちょっと待ってください」

唐突な冬霞のストップ。どうかした?と尋ねる。

「あれ、絡ませられたらずいぶんと有利に事を進められそうじゃないですか?」

無数の触手が蠢いて、射線を出入り。確かにこのままじゃ大半の弾丸は空を切るに違いない。

「……冬霞が何をしたいかは大体わかった。で、それ無傷でやれる?」

「そのつもりです」

「……わかった。でも無理はしないで」

冬霞が飛び込む……加速。白いコートを纏った姿は銀の弾丸の如く。懐へ、射撃。触手が一斉に飛びかかる──跳躍。触手が空を切る……空中で触手を叩き蹴りながら上昇。見る間に10m近い高さへ飛翔、空中で反転。真下に向けてライフルをぶっ放す。触手が追従。無防備な自由落下を狙って……否。銃を振り回す慣性で回避。触手を銃で叩いて機動。おまけに銃剣で刺突。

さすがにこたえたらしく、触手の動きが直線的に、素早くなっていく。絡み合うことを厭わなくなっていく。冬霞がそれを撃つ/蹴る/掴んで纏わりつく=意図的に軌道を交差。

「よいしょ」

冬霞が跳躍。私のすぐ後ろへ着地。追いすがる触手──絡み合う/ねじれる/自らを縛り付けて僕の眼前で静止。

「いけます」

「よっしゃ、機関銃手（ガンナー）の面目躍如（めんもくやくじょ）!」

団子になって殆ど動かなくなった塊に向けて、今度こそトリガーを引き絞る。火薬を増やした強装（マグナム）弾が目も眩むほどの盛大な発射炎とともに飛び出す。命中箇所の肉が消し飛ぶ/大穴が開く/800rpm（秒間13発）のペースで塞がれるより早く。横薙ぎに──電動鋸の如く、大木のような触手を切り倒していく。

「yhaaaaaaaaaah!!」

最後の一本を引き裂く。絡まりあった塊がぐらりと傾いて転げ落ちる……沈黙。ふと我に返る。

「……やってない?」

エルが機能停止すると、その体はヒヒイロカネを残して塵になる……それがない。あれはまだ生きて……トリガーをもう一度引いたが、撃針は空を虚しく切った。

「弾が……」

それの複雑に絡み合った表面が溶け合う──滑らかな球体に。そして再び4本の触手を生やすと、今度はそれを地に突き立てて球体を持ち上げた。瞬く間に'胴体'に鋭い牙の生え揃った口が形成される。6本足の化け蜘蛛。

「増援は!?」

「……向こうには来たみたいですね」

暗闇の中、瓦礫の下から何者かが這い出す──生存者か?いや……エルだ。恐らくは犠牲者の遺骸を侵食した、人型の化物。取り囲まれた……。

「先輩。口は硬い方ですか」

「……うん。このままじゃ二度と喋れなくなる方が先だけど」

「増援、まだ来ないんですね」

「たぶん……ちょっと待って。何する気」

胸がざわつく。じりじりとにじり寄ってくるエル、中心の化け蜘蛛のエル。それらを差し置いて最も強い殺気を放っているもの……冬霞。

「何をする気か教え──」

僕に言い切らせず、冬霞がこちらを手で制す。そして尖った牙

をぎらりと閃かせた。

「私が解決してみせます、全部」