2.主は天になし、世は事もあり

2-1.目覚め

「あまり気にしないでね、いつもの事だから」

その日の夜。静まりきった我が家で2つ並んだシングルベッドにそれぞれ潜り込んだあと、冬霞に言った。全くあの人はいつも無茶振りをする。

「……まぁ、考えますよ。中央は退屈ですから」

「あまりおすすめしないなぁ……」

思えば、僕のときもそうだった。私を引き入れるや否や"ボルトアクションが好きなの?ところでこれ持ってみない?"と問答無用でマシンガンを渡されて。持てるものかと言わんばかりに重いそれにプライドを逆撫でされ、初めて使う自動銃と潤沢な弾薬に魅入られて。気付けば機関銃一筋だ。今にして思えば、局長は私の腕っぷしだけ見て決めたのではなかろうか。訊いたらあっさり「そうだけど、なにか?」とか言われそうなので考えなかったことにする。

「寝て起きたらまた考えますよ」

相変わらず淡白な返事の後、ガサゴソと布団に埋もれる音。寝る時間だ。

「ん。おやすみ」

「おやすみなさい。……明日は起きてくださいね」

「うん」

それきりお互い静かになって。しんと無音が耳鳴りになって入り込んでくる。瞼の裏に幾何学的なノイズが広がって、眠りの気配が迫ってくる。びいびいという音、遠くから響く機関砲のような重低音。

「先輩!!!!」

気力を込めて目を見開く。瞬間、耳をつんざくような破裂音が窓をひび割れさせ、鉄筋コンクリートを軋ませ、大地を揺さぶった。閃光がカーテン越しに網膜に突き刺さる。

「冗談でしょ……冬霞!!車を用意して!!」

着の身着のまま飛び出す冬霞を尻目に、僕は二人分の外套コートをひっつかんで、冬霞の後を追って助手席に転がり込む。

「事務所に向かって」

「飛ばしますか?」

「もちろん。非常灯出して」

私は指示を出しながら、トランクに封じられた武装を使うための非常鍵のケースを叩き割った。横目で冬霞を見ると、その口角は少し上がっているように見える。

「……こういうの好き?」

「ええ、少し」

意外だ。分厚い眼鏡の底の色素が沈着した鋭い目元からは冷徹で陰気な印象を受けるが、そうでもないらしい。

「遺書は書いてきた?」

「死にそうになったら書きます」

ラジオの周波数をひねる……政府機関の非常周波数へ向けて。

«市民の皆様は落ち着いて……»

«わぁ、大きなお野菜ザッ……非常事態宣言が発令……»

«セクターC4で火災発生。消防局Cへ……»

«中央政府より非常事態宣言を発令。現在DEFCON2、繰り返します。DEFCON2。交戦能力を有するすべての部隊は戦闘配置、追って指揮します。別令あるまでは遺構管理局が指揮をします»

遺構管理局……名前のイメージと裏腹にその実態は最大の武装勢力──言うならばこの国の軍である。故に中央がDEFCONを上げれば、武力という武力……警察、各部署の特殊部隊、ウォール部隊、その他。全てが手足となる。あのふわふわ局長は、その義務に足る存在と認められてその地位にいるのだ。

そんな局長だから、曰く付きの僕をすぐには配属せずに習熟期間を置いてくれた……のだろう、多分。だがそれが今は仇となっている……そう思った瞬間、無線機から溌剌とした声が響いた。

«阿左美瑞穂。佐渡冬霞。聞こえるか。こちらはA隊隊長、小泉だ。只今をもって宙ぶらりんの君らを指揮下に置く。異論無いな?»

前言撤回。流石局長……いや、そんなことあるか?多分中央の人間とともにとはいえ、一国の武力を丸々抱えているようなこの状態で?……恐ろしい人だ。

「イエス、マム。冬霞もいい?」

「勿論です」

«よし。状況を説明する。隕石がこの街目掛けて降ってきた»

「はい?」

«信じ難い気持ちは分かるがそうとしか言えん。とにかく防空システムが迎撃に成功して、分裂した5つの断片の内一つが市街に落ちた»

「早く対処しないと」

«ああ。で、事務所に向かう途中だな?悪いんだが……君らの近く、燃えてないか?»

「……燃えてますね」

«おそらくは一番乗りだ。現場の状況確認を頼みたい»

冗談でしょ、と言いかけて堪える。最悪な偶然だが、やるべき事は確かだ。

「了解」

冬霞が車を停める。てきぱきとサイドブレーキを引いて車外に飛び出そうとするのを危ういところで制止する。

「ハンドガンを」

「……何故です?」

「割とあるの。隕石にエルがひっついてたり……爆発の力場に巻き込まれた人がエルになったり。街に落ちたのは初めてだけど」

安全装置解除……初弾を装填して車外に出る。鼻腔を突く灰の匂い。さっきまで華やかなビルディングだったであろうものが、無残な松明になって火の粉を散らしている。深夜なら殆ど人はいない筈だが……。

「ひどいな……」

トランク内のケースからライフルを冬霞に取り渡す。自分もマシンガンを取り出して爆心地を見る。ボロボロに割れたアスファルトに、熱された瓦礫が降っては爆ぜる。

「どうしますか」

「崩れる前に行くよ。瓦礫に気を付けて着いてきて」

私が先行する。爆心地からは轟々と熱風が吹き付けてくる。中心は小高い丘をひっくり返したように窪んで、岩も土もとろけてガラスのように滑らかだ。ひたすらに何もない円形の窪地。暑い。-20℃に合わせて調整された体には堪える。

「誰かいますか!!」

燃え上がる出来たての廃ビルからはパチパチとものが燃える音、コンクリートが爆ぜる音ばかりで人の声はない。

「何か聞こえる?」

「いえ、誰も」

さらに進む……猛烈な臭気。もうもうと立ち上る水蒸気の源は……破裂した上下水道管か。”クソみたいな臭い”だ。それ以上は考えたくもない。思わず酸っぱいものが喉元まで湧き出して、かがむ。地面では割れ散ったガラスが炎を映して、宝石のように煌めいている。この先にあるものも、きらきらと綺麗な物だろうか。

……綺麗?

「こちら瑞穂。半径100mが蒸発してます……負傷者、敵影等は見当たりません。崩落の恐れあり。火の粉が舞っています、燃え広がりそうです。きらきらしてとてもきれいです」

…………何考えてるんだ私は!?

「シュヴァルツシルト!!」

背筋をゾッと寒気が駆け上がる。全身の肌が粟立つ。……刹那、黒い包帯のようなものがのたうち回りながら左腕を覆う。それは液体めいた光沢を見せたかと思うと、半身にベールを被せるかのように急激に広がって、四角形を形取る。その比率、1:4:9。意思を持って象られたことを示す比率。’私ではない意識’が、息を止めるのに耐えかねて深呼吸するように声を出した。

「はぁ。久々だな」

「遮蔽よろしく」

’場’に意識を持っていかれかけた。異常な物質が周囲にもたらす、精神•肉体•物理現象あらゆるものを壊す力場に。

悪いがこいつに構ってる余裕はない。シュヴァルツシルトを爆心地に向け構える。腰に下げたフィールド検出器を取り出して熱風に晒すと、空恐ろしいほどの数値が弾き出された。

「フィールド強度50ミリレイカ、ものすごい力場だ!落下物は極めて高濃度、あるいは”種”。回収装備を要請する!」

«なんだと!?……了解した、回収部隊を要請する。その位置では汚染の恐れがある。低線量位置まで後退し、’種’が発芽した場合に備えて臨戦態勢で待機せよ。抵抗剤の使用を認める»

「了解。大丈夫?冬霞ちゃ……」

振り向いた眼前をぬっ、と人影が通り過ぎる。……冬霞だ。

「ストップ!!下がるよ!!」

「このくらいなら何ともないです、体質なので。それより」

超然と振り返りながら、冬霞は抵抗剤──紙巻きされた薬草に抵抗物質をドープしたもの──を咥えて火を付けた。そして眉間にシワを寄せると、爆心地を指差した。

「あれ、どうします?」

爆心地から無数の触手テンタクルが、燃え盛る市街の赤に照らされながらうねうねと立ち上がった。天を舐めるように爆発的に伸びるその姿は、まるで地の底から悪魔が這い出したかのようだ。……大きい。今まで見た中でぶっちぎりの一番。そしてその核はこれまでで最も強力……最高の資源に違いない。

ならばこそ、震える足をカネの力で押さえつける……バケモノを燃料に。ピンチを富に。それこそ私達の存在意義。だから、

「冬霞ちゃんにいいニュース。あれを倒せたら、たぶん数年分の一時金が出る」

「はぁ……で、悪いニュースは」

「遺構管理局から局員以外への支払いだとほとんど税金で持ってかれる。……逃げてもいいけど、こっちに来れば大金持ちだ。保証するよ」

「いいですよ。どうせ一人でもやるんでしょう、先輩は。ただし……」

ぎりり、と鋭い視線が刺さる。その瞳の上で赤く炎が踊っている。彼女の何かに火がついた。

「嘘だったら殺します、貴女のこと」

そういえば遺書書いてないや。そんなことを考えながら、私達二人は銃を構えた。

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