1-3.マテリアル・シューター

「銃を撃ってるとさ」

「はい」

「すごくいい気分にならない?」

 午後の演習場、温かい日差しと冷たい風の下で、伏せて銃を撃っている。隣の阿左美さんは機関銃と黒いロングコート、私は狙撃銃と白いコートの装いで射撃場にツートンを成している。コートの腰、袖、裾には蛍光色ハイビジの差し色。私は青、阿左美さんは緑だ。ペアルック……もとい、制式戦闘服。

「全く」

「練習すれば、きっと楽しくなるよ。こう・・、風上側に置くようにして……」

 阿左美さんがトリガーを引き絞る──弾丸の飛翔。冷たい空気に硝煙が緩い放物線を描いて、横風を乗りこなして標的に飛び込む。胴体のど真ん中。抽象的でぬるい言葉と正反対の、正確無比な射撃。私も射撃──真っ直ぐ標的に飛び込むかに見えた弾丸は風に煽られて、目標の左の新雪を泥で汚した。くそ。思わず眉間にしわの寄るのを自覚する。上達したから楽しいんじゃなくて、楽しいから上達したのでは……そんな気持ちが燻る。面白くない。

「ふむん、なるほど?ちょっと貸してみて」

 馴れ馴れしく手を伸べる阿左美さん。断る理由も浮かばないままライフルを渡すと、身を起こして座り撃ちの姿勢に切り替えた。するりと滑らかに標的へ向けられた銃口は微動だにしない。にもかかわらず木製のストックがぎりぎりと音を立てる錯覚に襲われる、力と精度の二律背反の射撃姿勢。筋肉質な阿左美さん持つと自分の銃が小さく見える……まず一射。弾丸はやや高めの軌道を描いて標的の隅に着弾。もう一射。ヒット、今度はど真ん中。

「どうですか」

「素直だね。うん、好き。ものすごく好き。スプリングフィールドの名に恥じない傑作……ある一点以外は……」

 なにやら熱のこもった口調を尻すぼみにさせつつ、慣れた手付きでセレクターを回転。空気を叩く爆音、目もくらむ閃光とともに残弾全部を自動射撃フルオートで吐き出した。しかし肝心の弾は悲しいくらいに散らばって標的を素通りし、周辺の土を耕した。この人でも抑えきれないか。なら仕方ないか、という妙な安堵感を得た自分に気がつく。ダメ人間の阿左美さんと、体の一部のように武器を使いこなす先輩が、どうにも等号イコールで繋がらない。阿左美さんは空になった銃を置いて、大層しんどそうに肩を回す。

「だめだーこりゃー……」

 前言撤回。阿左美さんは阿左美さんだ。

「なんで母さんあのひとはこの銃を使ってたのやら……」

 激しい射撃感は、まだ手の中にあるように思い出せる。引き金を引くたびに肩に突き刺さる反動、視界を覆う莫大な銃口炎。誰の目にも明らかな暴れ馬。

「機構がシンプルなのはいい、でも軽すぎるかな……」

「軽い?これが?」

7.62mmフルサイズを連射するなら、ね。コレ撃ってみて」

 瑞穂さんの銃を受け取る、その瞬間身体が沈み込む。

「なっ……なんですかこの鈍器!?」

 明らかに倍以上の重さがある。それをいいからいいから、と言われるままに構える……腕が震えそうだ。重心が身体の腰より上にある感覚。どうにか標的を捉えて引き金を引くと、3発の弾丸が飛び出した。衝撃は軽い……あくまでも、比較的。

「同じ弾でも全然……じゃないけど、反動が軽いでしょ?」

「ええ、ええ……理屈は分かりますよ。同じ力なら重いほど小さな動きになる。だからってこれはいくらなんでも」

 立ち上がって構えてみる。これを抱えて走り回れるようになる頃には、身体中が筋肉になっているに違いない。

「だよね……そうすると重量は据え置きで……」

「あの」

「マズルブレーキ……?」

「これ、置いていいですか」

「あっ、ごめん」

 やっと肩の力が抜ける。持っているだけで筋肉痛になりそうだ……阿左美さんは置いた銃をいじくり回しながら、何事かを検討し続けている。

「銃身も厚みがほしいかなぁ……何か得意なことはある?目がいいとか、運動神経がいいとか」

「足の速さなら」

「……そうすると、狙撃か突撃かな。足の速さを活かすなら2つ。場所を悟らせないように走り回りながら長距離で叩き込む狙撃か、逆に懐に飛び込んで引っ掻き回すか……って、急に言われても困るよね」

「ええ、まぁ……」

 阿左美さんが私の銃を差し出す。……謎に笑顔。この人銃をいじることしか考えてないんじゃないだろうか。

「そのじゃじゃ馬をどうにかしてあげたいのは山々なんだけど、先に方向性を決めたいんだ。だから何が得意か試してみよう」

「つまり?」

 阿左美さんから次の弾倉を受け取る。これは、ひょっとして。

「標的射撃、してみよう」

「ちょ……」

 ビィ、とブザーが射撃場に鳴り響く。小型エルを模した標的が3つ立ち上がって、猛烈な勢いで近づいてくる。

「落ち着いて一体ずつ。弾の流れ方をフィードバックして」

 次の弾倉を叩き込んで再装填……ど真ん中を狙って引き金を引く──逸れる。

「右上に。ダストを読んで補正するの」

 狙い直す──舞い上がったかと思えば吹き下ろし、渦を巻く細氷ダイヤモンドダスト。その流れを演算した瞬間に、世界の解像度が急上昇する感覚。これなら……もう1射。

「ビンゴ!!」

 阿左美さんの脳天気な称賛。

「最初に聞きたかったですよ、それ」

「曖昧すぎて伝わらないかなって……」

「無いよりマシです」

 続けて残り2つのターゲットに照準──発射。何度か外しつつ、どうにか標的を倒す。

「いいね、いいね。次、大型。4発撃って」

 一際大きな的が立ち上がる……本当に大きい。4mはある。

「あんなに大きい個体もいるんですか?」

「たまにね」

「ぞっとしませんね」

 セレクターをフルオートに……ちらと阿左美さんを見ると、神妙な顔で頷く。連射。一瞬で3発の弾丸が消費され、その内の2、3発目が盛大に逸れる。

「もっときつく保持して、少し下を狙って。どうせ暴れるから、多少ブレても気にしない」

 再射撃。……命中2発、その他・・・5発。ターゲットが倒れる。私はため息とともにセレクターを戻した。もう連射は使うまい。

「対エル戦の経験は?」

「そんなのあるわけ……いえ、無いです」

「射撃経験はどのくらい?」

「年に数回だけです」

「本当?それにしては……いいね。次、速いよ」

 くねくねと多数の触腕を備えた奇妙なもの、を模した標的が立ち上がる。即座に照準……視界いっぱいに標的が映ったかと思うと、すぐに消える。近い!

「!?」

 慌ててスコープを覗いていない目で探す……速すぎる。追いすがるスコープの端に現れては消える……捉えられない。スコープから視線を外し、どうにか見える固定照準器で狙う。半ば勘で一射。補正、右。第二射……ヒット。

「今のであたるの!」

「まぐれです」

「そんなことないよ。僕だったら当たるまで何発使うかわからない」

「でも、長距離はからっきしですよ。どのくらい練習すればできるようになるか」

「そもそも長距離は機関銃の独擅場だから、大丈夫。僕なら10年強かな……」

「10年前強……って、人生の殆どじゃないですか」

「やらなきゃやられる時代だったからねぇ」

「……なんか、すみません」

「もう一回高速出していい?」

「……どうぞ」

 大量の高速的が立ち上がる。前方に偏差……命中、命中。火花。射撃、射撃、弾倉交換。左、右、手前。命中。

「終わり、かな」

 阿左美さんはスコアの記録用紙を手に取ると、目を見開いて硬直した。

「どうしました?」

「佐渡さんは特殊な部隊の方ですか?」

 思わず吹き出す。急にさん付けで呼ばれると、なにやらひどく落ち着かない。

「何ですか急にきもちわ……他人行儀な。そんなわけないでしょう」

「そうだよね……殺しが出来ない人間に監視させる訳ない」

 ダメだこの人聞いてない。というか上から来てる人間に先輩風吹かせておいて何を今更。

「無理があるでしょう。仮にそうなら、もっと近距離向きの武器を持ってくると思いませんか?」

「……確かに 」

「暗殺目的ならこんなに目立つ真似はしませんし、圧を掛けるならもっと堂々とやりますよ。違いますか?」

「なるほど。つまり……ただの天才ってこと?」

「……。……そ、そうです」

 歯の裏がぞわぞわするのを堪えながら肯定する。何なんですかこの人、こんなに頭悪そうな事を言わせるなんて。

「やっていますね」

 背後からの声──局長。音も気配もなく、いつの間にか……いや、いつから?阿左美先輩──妙な距離感になられても困るからこう呼ぼう──からスコアを受け取ると、わぁと声を漏らした。

「天才じゃない?」

「そうですよね」

「ちょっと」

 何を言っているのだろう。しばらくぶりに撃った私が?おだてるにしてはあからさまだし、本気なら本気で人材の質を疑う。

「銃の扱いが上手……欲しいわ。みーちゃん、接近戦とかも教えてあげられる?」

「借りてる人に何させるつもりですか!?」

「相方がころころ変わっても困るでしょ。それなら……」

 狼狽える先輩を尻目に局長が向き直る。そしてとんでもない事を言い出した。

「うちにヘッドハントされてみませんか?」

 おかしな事になってきた。

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