1-2.啓蒙活動

──1999年7月の18日、世界は終わりました。

 砕けた隕石が世界中に降り注いで、街を消し飛ばし、大津波を起こし、灰燼は空を覆い植物は枯れていく……社会基盤の壊滅。これだけで十数億の命が失われました。

 それからしばらく経っても灰燼は晴れることなく、涼しい8月、肌寒い9月を呼びました。焼け残った地域では早すぎる紅葉が訪れ、そしてすぐに散りました。その葉が再び付くことはありませんでした。寒波はいっそう激しさを増しました。

 そして家の中ですら水が凍るような、本格的な冬が到来しました。死者数を数える政府も、なくなってしまいました。津波を生き延びた僅かな船たちが、難民を満載して赤道へ舵を取りました。海が凍ってしまう前に。

 明けて2000年……ついに海が凍り始めます。21世紀は最悪の幕開けを迎えました。キラキラと光を反射する雪や氷は太陽光を跳ね返して、気温を低下させました。それによって更に氷雪が増える……人類にとって初めての本格的な氷河時代が始まったのです。

 どうにか寒さへの備えを立て直したとき……"それ"は現れました。「エル」です。黒い皮膚、鋭い牙と爪を特徴とする怪物たち……その呼び名の由来はALIENエイリアンの訛りとも、ELLエル……ウナギのように黒い肌からとも。奴らは生存者を襲い始めました。しかし、あれらは新たな活路でもありました。死に際に残す赤い結晶──ヒヒイロカネが、莫大なエネルギーを秘めていることが判明したからです。

 こうして、黒い怪物を狩って火にくべることで、私達は生き延びたのです。

 ……こほん。

 局長が咳払いをすると、ボリューミーなくるくるの髪が揺れた。そしてふわふわの声と表情のまま、ハードな話を再開した。

「狩りによりエネルギーの確保を行うことが資源庁の、そしてその傘下である私達"遺構管理局"への至上命令であり、ひいてはこの北加伊道はサホロ市中央政府の繁栄を約束するのです」

 手狭な会議室にすし詰めになった数十名が神妙な面持ちでそれを聞いている……いや。一人はそうではない。

「くぁ……」

 肉を叩くような快音……否、冬霞が瑞穂のももを強かに打ち付ける音そのものだ。3度目のそれが盛大に静寂を破ると、何人かの口元が歪んだ。

 ここは北加伊道はサホロ市の外れ、遺構管理局の訓練所。年に一度行われる教育の日だった。

「はいみーちゃん。もうちょっとだから我慢してね」

 瑞穂は眠たい目を擦った。同じ話を毎年聞かされれば飽きても来るのが人情というもの。人としてどうなのかと言われても眠いもんは眠い。にんげんだもの。適度な薄暗さと局長の柔らかい声、ストーブの暖かさと揺らめく炎が眠気を加速させる。

「このサホロ市は遡ること18年前、佐渡教授のもたらしたエネルギー転換炉のおかげで──」

 瑞穂はもう一度あくびをしようとして、まだひりつく腿に意識を集中して喉の奥で噛み殺した。

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