3   見つめていたい


     見つめていたい




「ほんとに奪うつもりなの!?」

「冗談よ、冗談!!」

「ははっ!」

 3人の会話は食事を口に運ぶ事もそこそこにつながり続けていた。



 僕は静かに席を立った。



(奪う、か・・・)

(今此処で振り向いたらどうなるんだろう・・・)



 僕の感情はピーキーに揺れ動いていた。






     ◇






 僕はショッピングモールを形成するブティックを右に見ながら歩いていた。

 カラカウア通りは昼夜ちゅうや関係なく色んな国の人達がたむろしていた。そしてその表情にはハワイを満喫まんきつしている充実感があふれ出ていた。



(この満たされた感覚って何なんだろう・・・)


 

 漂う時間は濃密なゆとりを僕の心に差し出してくれていた。

 僕はハワイを満喫まんきつしているだろう彼等とは少し種類が違うだろう充実をたずさえ、夕食後買い物へ行っただろうユリカに電話をした。






     ◇






「何も買わなかったの?」

 僕達は待ち合わせた場所の雑多ざったから抜け、信号待ちをしている別の雑多ざったまぎれようとしていた。

「ううん」

 ユリカはげていたトートバックの中からサングラスを取り出した。

「掛けて」

 ブラックフレームのスクエアフォックスだった。

「Max Maraにいたのか」

「うん」



「何処行くの?」

 信号を渡り、カラカウアの歩道を少しだけ歩けばホテルなのに僕は真っ直ぐ路地を抜け様としていた。

「跳ねる?浸る?」

 僕はユリカに聞いた。

「・・・跳ねた後、浸って、狂う」

「・・・了解」






     ◇






 スラングが飛び交っていた。甘い匂いとけものの匂いが充満していた。狭いフロアにクラッチサウンドのインストルメンタルが垂れ流されていた。ユリカは踊り、僕は硬い椅子に座ってラムバックを体に流し込んでいた。



「汗いっぱいいちゃった」

 取り敢えずユリカは僕のラムバックを飲み干そうとしていた。

「いいんじゃない?」

「・・・どうするの?」

「・・・出ようか」

「うん」



 爽やかな風が吹いていた。二人の頭上で輝く輪郭のはっきりとした月はホテルまでの道を照らしていた。



「BARでひたるのはカットでいいな?」

「・・・その代わり狂わせてね」

「ユリカさ、ほんと正直過ぎるぞ、最近」

「・・・私だけ・・・見ててね」

 左腕に巻き付いて来たユリカの笑顔は穏やかに酔っていた。



(そうだったんだ・・・)

(ずっと考えさせちゃってたんだな・・・)



 僕はユリカの指で光る婚約指輪に目をやった後、夜空を見上げていた。






     ◇






 2Fに在るエレベーターホールに向かう為、僕達は広大な吹き抜けをつなぐビーチコマーの長いエスカレーターに乗っていた。深夜なのに階下になりつつあるフロアやラウンジには昼間のように人が居た。



「お腹空いちゃったね」

 ユリカは笑っていた。

「ルームサービス頼めばいいさ」



 エレベーターホールも人があふれていた。

 僕達は3基ずつ向かい合うホールの中央で最初に開く扉を待っていた。

 ユリカはトートバックの中にある筈の何かを探していた。



 ♪♪・・・



 僕達が背中を向けていた側の1基が柔らかい音をフロアに届けた。

 僕はゆっくりと体を反転させた。

 ユリカは動かず何かを探し続けていた。



「ユリカ」

 僕の声はエレベーターホールに響いていた。



(・・・神様は何かを試してるんだろうか・・・)

(何故試すんだろう・・・)

(・・・いや、神様は試したりしない筈だ・・・)

(じゃぁこの一瞬は何の為の一瞬なんだろう・・・)



 見つめていたかった。

 見つめられなかった。

〝ユリカ〟と声を掛けた僕の顔を、ユリカともう一人の女性が見ていた。


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