タイム・ラグ・ツインズ
だからドン引きするほどびっくりしたんだ。オレの高校のトモダチが「彼女できた」と見せてきた写真に杏が映っていたことに。
「あのなユウキ。おち、落ち着いて聞いてほしいんだけど」
写真を見せてきたトモダチであるユウキは、オレの低くて小さい声に神妙な顔をした。眉を寄せながら「な、なんだよ?」と窺ってくる。
「その女、オレの姉ちゃんなんだ」
「お、おう……おん? ほお、ハイ」
互いに同じように顔を歪めて、互いに同じように頭にハテナを浮かべる。
「あーっと、だからァ。お前が付き合い始めたその女とオレは姉弟なんだが、それでもお前は大丈夫か? って訊いてんだけど?」
杏に口酸っぱく言っていた理由として、オレがトモダチと気まずくなりたくなかったからもあるが、同じように杏だってせっかく好きになった相手と気まずくなるかもしれないと思ったからだ。
「そ、そうなんですねぃ……よ、よろしくお願いいたします、
しかしこんなように丁寧に説明をしても、鏡映しのようにユウキも首をひねるばかり。……あれ? なんかリアクション変じゃね?
「あの……なんでそんなリアクション薄いん?」
「えっなに、むちゃくちゃびっくりしたほうがよかった? リアクション芸欲しい系なのお前?」
「そういうわけじゃなく。あーわかった、もしかして杏から聞いてた? オレと姉弟だって」
「いや、そもそもその前の段階なんで。姉弟云々よりも前の情報で
まばたきごとにいつもどおりに戻っていくユウキ。発言と共に手振りが増える。
「あのさ、大前提として。お前たちって双子じゃなかった?」
「そうだよ? 二卵性のな」
「だよな? なんかその話は前に蓮から聞いてたから知ってたよ、うん。けどじゃあ、その……ふ、双子なのに学年が違うのは、なんで?」
ユウキのこの困ったような苦笑いは、訊いてもいいのか不確かなことを探るときの不安の表情そのものだ。ユウキとは高校に入ってからの付き合いだし、杏とオレは高校も違うからユウキが知らなくて当然だ。
だが生憎オレは――いや、オレたち姉弟はこの質問に慣れきっている。いまさら嫌とも思わない。説明は面倒くさいと思うことがあるけれど。
「まぁ、話聞き終わってみたら絶対大したことじゃないと思われる内容なんだけど――」
咳払いで声の調子を調えて、気まずそうな空気を取り払って説明の姿勢をつくる。
「――オレが日付跨いで生まれたから、双子なのに誕生日がズレたってのが理由なんだよね」
言ってしまって、するとユウキは眉間のシワをスゥーと消し、ゆっくりゆっくりと「はあ?」の顔になる。これもいままでにいろんなひとでよく見たリアクションだ。
「杏が二三時四五分生まれで、オレが〇時一六分生まれ。昔は日付調えて出生届け出せたんだけど、いまは無理みたいでさ」
「だから双子なのに一日違いの誕生日なんだ?」
自分の出方を探りながら質問を投げるユウキ。コイツのこういう優しいところは頭のひとつもふたつも抜けて気に入っている。
「まぁ、日付跨ぐこと自体はちょいちょいあることらしいんだけどな。ただオレたちの場合、跨いだ日付が良くなかったんよ」
「ん? 蓮の誕生日四月だよな? なにが変なん?」
「二日なんだよ、オレ。日本だと四月二日が年度始めじゃん?」
そこまで言ってようやくピンときたらしい。ユウキは小さく「あっ」と洩らした。
「つまり四月二日からその学年が始まって、四月一日で前の学年が終わるってことだから――」
「――杏ちゃんは四月一日の日付が変わる前に生まれて、蓮は日付が変わってすぐの四月二日に生まれた。お前たちは日付だけじゃなくて年度も跨いじまったからかッ」
ふにゃりと困ったような苦笑いでユウキが正解を踏み抜いた。つられてオレも似たように笑う。
「そっか、学校違ったらわかんねーもんな、こういうの。なるほど……蓮にとっちゃ、杏ちゃんは姉貴だけど双子だし、双子なのにそういう理由で学年違いになっちまうんか。はあー、こういうこともあんのかぁ、知らなかったわ……」
そして「スゲーなお前たち」とユウキは感心したように頷く。明かした情報を噛み締めるように理解し、順に消化してくれているのだろうか。ひとまずユウキにマイナスイメージを抱かれていなくてホッとした。
「日本じゃなかったら、もしくは一七分オレが早く生まれてれば、オレも杏と同じ学年だったんだけどなァ」
「なーにシスコン発言してんだか。お前が一七分遅く生まれたおかげで俺たちタメだしトモダチになれたわけじゃん。そういうのなかったことにされるとショックだわー」
まぁそうだ、たしかにそう。ユウキの言うことも正しい。だが懸念は残っている。
「ワケアリな双子と付き合ってんの、ウザくねーの?」
「え、なんそれ?」
「別に説明するようなことでもないけども……」
「たまたまそうなっちっただけだろ。俺だって年子の弟いるし、そういうのと変わんねーだろ? てかむしろ、なんで杏ちゃんと俺に対して蓮がオドオドしてんのかよくわかんねーんだけど?」
ユウキのこの表情は本当にわかっていないやつだとわかる。オレが身構えすぎていたのか? なんだか独り相撲だったらしいが、しかし――首の後ろに手をやって視線を俯ける。
「まぁその、小学生のときとかにその、ホントは一個上なのに親がズルさしたから一個下にいるとか、杏はその逆のこと言われたりとかあって。オレも杏も双子だってことでむしろよくない目で見られたことのが多かったから、学年違いだって明かすの、トラウマで」
オレも杏も、いつだって違う学年の違う教室で同じように嫌な想いをした間柄だ。双子であることには肯定的なのに周囲の目をいつだって気にしてしまう。
「んじゃそれ、今日でおしまいな」
スパーンと肩を叩かれて、頭を上げる。いつものユウキの飄々とした口ぶりと態度と表情だ。びっくりとキョトンが混ざった顔でユウキを見る。
「当たり前だけど、蓮は蓮。杏ちゃんは杏ちゃんだろ。二卵性双生児なんだから、もとから別々の人間なんじゃん? てかお前たちがお互いのこといっしょくたにすんなよなぁ、俺が杏ちゃんのこと好きってことは……的なボーイズのアレな展開になっちゃうだろーがっ」
照れ隠しだろうか、ユウキは頰をうっすらと染めて腕組みをした。
「お前たちのこと『変わっててスゲー』って言えるひとだけがお前たちの周りに残ってればいーんだよ。そうやって、神さまがお前たちの近くに変なやつ来ねぇように選んでんのかもしんねーし?」
「ユウキ……」
そうか、そうだな、そうだよな。そんな考えもあるんだな。
あれ? なんか変だな。目頭やら鼻の頭が熱い。スンスン鼻を啜って垂れないようにしておかねば。
「隠してて、悪かったよ」
「悪いこたねーよ。そんなのフツーだろフツー」
きっとこうやって杏にも笑いかけるのだろう。だからバイト先の同期として出逢った杏とユウキは、恋をするようになったんだ。
「奇跡の双子に挟まれて、なんか俺まで得してる気がするッ」
ユウキがそうしていつものように笑うから、オレはもう一度だけ鼻を啜って、それからいつものように「オセロじゃねーのよ」とツッコんだ。
―――――――――
お題……双子
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