友達になって

 屋上で一人絵を描いている。

 私のところには誰が来るのか、誰も来ないのか。

 誰を待っているのかも分からず待ち続けるのも退屈なのでスケッチブックと

 色鉛筆を持参してきた。普段は鉛筆だけで描いているが、どれだけ時間があるか分からないので、大作を描いてやろうと気合いを入れてきた。

 屋上は普段締め切られているが、以前依頼があって屋上の調査をしたときに咲良が得意の口八丁でスペアの鍵をもらっていた。

 別に屋上じゃなくても、と言ったのだが、

「その方が雰囲気出るじゃない!」

 の一言でここが私の持ち場となった。雰囲気が、と言いながら咲良は生徒会室に籠もってしまった。でも、それでいい、という気もする。たぶん神田君は屋上なんてロマンチックなところより、いつも通りの場所に行くだろう。


 考え事をしながら絵を描いていたら不意に屋上の扉が開く。誰かが来たときのために鍵は開けておいたが、本当に人が来るとは思わなかった。たぶん風香だろう。というかそれしか考えられない。

 そう思っていたが、私の予想は外れた。


「あの、失礼します……」

 控えめに現れたのは女子の制服を着た天狗だった。風香の声ではない。雰囲気も、風香は堂々としているが、目の前の天狗はおどおどしている。天狗の面をしておどおどしている様子は逆に恐ろしさも感じるけど。

「あなたは、神田君の仲間?」

 あの時の天狗の面をしているということは、そういうことだろう。でも誰なのかは見当がつかなかった。風香以外に神田君の味方をするとしたら、弓原先輩の裏切りくらいしか思いつかないが、小柄で女子の制服を着ておどおどする弓原先輩はこの世界にはいない。

「あ、すみません。お面つけたままでした……」

 天狗は謝ってお面を取る。


 そして明らかになった顔を見て驚いた。

「桐谷さん」

「はい、すみません……」

 桐谷祥子さん。去年、一部の生徒にいじめられ、神田君に助けられた女の子。あの事件の関係者として顔は知っていたが、話をするのは初めてだ。

「敬語はいらない。神田君のため?」

「うん」

 はっきりと頷く。私はいつも言葉が足りないので、ちゃんと伝わったか不安になるが、桐谷さんには伝わっているみたいだ。

「私は、神田君を助けたい。笑顔でいてほしいし、幸せになってほしい。私はそれを見ていたいの。ずっと、ずっと神田君を見ていたい」

 なんか、変な子。

「どうしてここが分かったの」

「風香ちゃんに言われて、探してたの。神田君が会長さんの場所は分かるからいいって言われたから、柳さんと森下君を。私、探したり隠れたりは得意だから、すぐ見つかって。そうしたら、風香ちゃんが、柳さんの方に行ってほしいって言うから、それで」

 すごく、変な子。


「風香とは、友達?」

 さっきから風香のことは名前で呼んでいるのが気になった。でも風香が桐谷さんと知り合いだったなんて聞いたことがない。

「うん。あの、前にちょっと話したことがあって。その時に連絡先交換して、それから毎日やりとりしてて」

「どんなきっかけ?」

 ここまで、つっかえながらもすぐに答えてくれていた桐谷さんが少し黙る。

「言いづらいことならいいよ」

「ううん、いいの。あの、前に弓道部って書いて文化祭の申請出して、その時に風香ちゃんが気づいて、でも黙っててくれて」

 そういえばあの件は解決した、とだけ聞かされて、詳細は省かれた。私も同じようなことをして黙っててもらったので追求はしなかったけど、ここで効いてくるとは思わなかった。

 風香はその時から今日のことを見越していたのだろうか。

「そのことなら、解決したってだけ聞いてる。誰も怒ってないし、気にしなくていい」

「うん、ごめんなさい。ありがとう……」


 なんとなく二人とも黙り込む。私も桐谷さんもあまり話す方じゃない。風香はなぜこんな分担にしたのだ。ここにいない後輩を恨む。

「風香とは、どんな話をするの」

 ふと湧いた疑問を投げかけてみる。

「風香ちゃんとは、神田君の話とか、生徒会の話とか。だいたい私が聞くばかりになっちゃうけど……」

 あの子は懐くとけっこうよく喋る。私も風香相手なら聞き役でいられるのに。

「あの、ごめんなさい。私、話すのが上手くないから、嫌だよね……」

 言われてはっとする。桐谷さんも同じことを思っていたらしい。なんとなく嬉しくなる。

「祥子」

「はい、え……?」

 反射的に、といった感じで返事をしてから驚かれる。

「葵って呼んで。祥子」

「あ、葵、ちゃん……?」

「うん」

 満足。

「いいの?」

「風香だけずるい。私とも、友達になって」

 なんとなく、祥子とは仲良くなれるような気がした。変な子だけど、友達になりたいと思った。

「は、はい。うん。よろしく、お願いします」

 祥子は照れたように微笑む。その顔が可愛らしくて思わず頭を撫でる。

 中学の頃はよく風香を撫でていた。私と祥子も似ているけど、風香と祥子もどこか似ているのかもしれない。


「そうだ、これあげる」

 ポケットからスイッチを取り出す。中身は空洞の張りぼてだ。

「あ! いいの?」

「これは偽物だから」

 本物は咲良が持っている一つだけ。祥子が私のところに来たということは、風香が森下君のところに、神田君が咲良のところに行ったはず。

 後はそれぞれが好きなようにするだけだ。

「それより、時間は大丈夫?」

「う、うん。私は特に予定はないよ」

「じゃあ、もう少しここにいよう」

 屋上の真ん中に座り込む。祥子も隣に座った。

「あの、ここにまだ何かあるの?」

 偽物のスイッチを持った祥子が尋ねる。私は色鉛筆を持って、絵の続きを描きながら答える。

「良いものが見れるから」

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