好きな人の話です

 体育館にはステージの裏に体育教官室がある。普段は体育教師が使用しているが、今日は生徒会用の控室と抑えてあることは知っていた。そこは舞台袖や観客席からは見えない入り口がある。

 私は天狗の面をしてその入り口を開ける。おそらく私が今一番話したい相手がいるはずだ。


「失礼します」

 挨拶をして中に入ると、一人の男子生徒がいた。予想通りだ。

「……花井さん、だよな」

「そうですよ」

 森下先輩が恐る恐る声をかける。不安そうなので、着けたばかりのお面を外すことにした。

「なんか懐かしいな、それ。まだ大して経ってないのに」

 以前のことを思い出して森下先輩が笑う。でも私は笑わなかった。森下先輩には言いたいことがたくさんある。

 私の険悪な雰囲気に気づいたのか、咳払いをして神妙な表情を作った。

「あー、その、ごめんなさい」

「何がですか」

 彼はたぶん、私が言いたいことは半分しか分かっていない。

「秋仁にしたこと。怒ってるよな。こんなことするつもりはなかった、とは言えない。というか全部計画通りだ。俺らは計画通りにあいつに酷いことをした」

 やっぱり。私が気にしているのはそのことだけだと思っている。

「それはもういいです。終わったことですし、被害者の秋仁先輩は怒ってないようなので、私も気にしないことにしました。次やったら許しませんけど」

「え、いいの? そんなんで」

 拍子抜けしたように呟く。この件はこれで終わりでいい。ここからが本題だ。

「私がここに来た理由は今言ったことと、もう一つあります」

「なんだ? 俺にはあんまり興味ないかと思ってたけど」

「告白とかじゃないので安心してください」

「なんだ、残念」

 私が怒ってないから安心したのか、軽口を言う。

「じゃあ、何の話?」

「好きな人の話です」

 私ははっきりと言い放った。


 十秒ほど沈黙が訪れた。その間、森下先輩は三秒ほど硬直して、下を向き、また私を見る。それで何かを察したような、困ったような顔をして沈黙を破った。

「何、花井さんの好きな人の話? いいよ、聞いてあげよう」

「森下先輩の話です。先輩は好きな人はいますか?」

 また沈黙。きっと私の言いたいことや聞きたいことはもう伝わっただろう。

「まあ言ってもいいか。うん、いるよ」

「誰ですか」

「恥ずかしいから内緒。なんでそんなこと聞くの?」

「気づいてるんですよね」

 葵さんの気持ちに。生徒会室で毎日見ていれば分かる。葵さんは森下先輩が好きだし、森下先輩はそれに気づいてる。

 先輩は認めたくないのか、うー、とか、あー、とか呻いている。

「俺あんまり真面目な話するタイプじゃないんだけど……」

「今だけ真面目になってください」

 先輩がそういうタイプなのは分かっている。比較的静かな私達と、いつも騒いでいる咲良さんと森下先輩。それで生徒会はバランスが取れていた。

 でも今は騒ぐ必要はない。森下先輩の真面目な考えが聞きたかった。

「はいはい。じゃあ真面目に話しますよ。一応言っとくけど、これから話すことは誰にも言わないこと」

「もちろんです」

 そうしてやっと森下先輩は本心を話し始めた。


「俺は柳さんが好きだよ。今日のことが終わったら告白するつもり」

「え、そうだったんですか」

 葵さんのことが好きだというのは納得だが、そこまで考えているとは思わなかった。

「いつからですか。なんですぐ告白しなかったんですか」

「うん、一回落ち着いて」

 勢いがつきすぎて、ちょっと引かれていた。咳払いして続きを促す。

「絵、描いてただろ、この前。あの意見箱の依頼のとき」

 葵さんが出した、恋を応援してください、という依頼のときだ。

「それまでは、静かな子だな、とか、何考えてるか分かんないな、とか思ってたんだけど。あの絵を見たとき、この子こういう物を見てるんだな、っていうか。なんかよく分かんなかった相手が少し分かったような気がした」

「それで、この後告白するっていうのは」

「今は会長が大変なときだからな。イコール、柳さんも大変なときだろ」

「まあそうですね」

 葵さんは咲良さんのことが好きすぎる。幼馴染みということもあると思うが、それにしたって咲良さんに優しすぎると思う。いつも、葵さんの目には森下先輩と咲良さんの二人が映っている。もしかしたらどちらか選べと言われたら咲良さんを取ってしまうんじゃないかと思うくらいだ。

「俺が好きになったときにはもう今回の話は決まってたから。これが終わって落ち着いてからでいいか、みたいな」

「い、いいんですか。それで」

「いいんだよ。別に会長に勝とうと思ってないし」

 いいのだろうか。まあ本人が良いならいいか。


 これで聞きたいことも聞けたし、満足だ。

 じゃあ私はこれで、と去ろうとして、もう一つ大事なことを思い出した。

「あ、スイッチ!」

「スイッチ? ……ああ」

 森下先輩も忘れていたようで、ポケットを探る。あの絵の通りの見た目で、手作り感満載のスイッチのような何かが出てきた。

「ほら」

 とそれを私に投げる。

「わ、あ」

 慌ててそれをキャッチする。大事な物じゃないのか。間違って押したりしたら、あの絵みたいに……。

「……なんですかこれ」

 持った感触で分かった。スイッチみたいなのは見た目だけで、中身は空洞だ。何の装置でもない。

「ブラフだよ。大事なのは三人とも止めなきゃいけないって状況だけだ。だから、俺と柳さんのは偽物。別に持つ必要もなかったんだけどな」

「なんでそんなこと」

 三箇所に別れることにどれほどの意味があるのだ。

「こうしないと、二人で会長のところに行くって可能性もあるだろ。それはあまりに酷だから、二人を引き離そうってだけの作戦」

「じゃあ、森下先輩と葵さんは一緒でも良かったのでは」

「俺もそう言ったんだけど、そっちに三人目がいるかもしれないからってことでこうなった。で、実際どうなの?」

 私は自信満々に頷く。

「いますよ。とっておきの三人目」

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