一人ぼっちの夜
一人とぼとぼと家路を歩く。
何も考えられない。早く帰って眠ってしまいたい。だが体の痛みに耐えられず、歩く速度は遅くなる一方だった。
帰り道の途中にある公園に寄って自動販売機で水を買い、ベンチに座る。
ふたを開けてペットボトルの半分ほどの水を一気に飲み干した。
冷静になるほど痛みが増すように感じる。結局座り込んだまま物思いにふける。
結局、剣道部の面々が怒っていたのはなぜだったのだろう。予算や機材がどうとか言っていたが、本当だろうか。
各団体の予算の割り振りは全員で確認している。金額については一週間以上前に各団体の代表者に通達し、了承を得ている。機材もすでに配布済みだ。剣道部が行う和喫茶では机と椅子は地学準備室のものをそのまま使うので、調理用のホットプレートくらいだったはずだ。
何かおかしいと思う自分と、もうどうでもいいと思う自分がいる。
すでに生徒会の一員ではなくなったのだ。もう何も関係ない。
文化祭もサボってしまおう。今後は出席日数のために最低限だけ登校して、卒業だけを目指した生活を送ろう。一年かけて取り戻した平和な生活もさっき自分の手で壊した。到底僕が手にできるものではなかったのだ。
そろそろ辺りも暗くなってきた。まだ痛みは引かないが、少し休んで歩けるくらいには回復した。帰って湿布でも貼っておけば良くなるだろう。どうせ急いで治してまでやることがあるわけでもない。どうせ僕は一人なのだから。
「まだ私がいますよ」
いつの間にか、目の前には風香がいた。手には何か袋を持っている。
「……前から思ってたけど、人の心読んでる?」
「読んでません。皆が分かりやすいだけです。秋仁先輩は特にですけど」
風香は隣に座って、持ってきた袋を漁る。
「先輩、とりあえず服を脱いでください」
「それ言いたいだけだろ」
袋から出した湿布やガーゼ、消毒液を出しているので、手当してくれるつもりだろう。
ボタンを外してワイシャツを脱ぐ。続けて肌着を脱ごうとすると消毒液を投げつけられた。
「な、なんで本当に脱ごうとしてるんですか! 変態!」
「脱げって言ったくせに……」
「服の下は自分でやってください! それより、まず顔拭きますよ。血がついたままじゃないですか。なんでその状態でこんなところまで歩いてきたんですか」
散々文句を言われながら顔を拭かれる。消毒してガーゼを貼られたところで疑問が湧いた。
「なんでここが分かったの。僕の家の場所知らないでしょ」
学校の人を家に呼んだことは無いし、住所を教えたこともない。この公園だって学校からはそれなりに歩いたところにある。
「それは内緒です。はい、あとは自分でやってください。私は向こう向いてますから」
湿布を押しつけられる。背中や肩の痛むところに貼っていると、風香がそっぽ向いたまま話しかけてきた。
「今日のこと、後悔してますか」
「してるよ」
僕も風香の方は見ないまま答える。
「去年も、こんな気分だった。もうしないって思ってた。一年間、何があってもそれだけは守ってきたのに、結局僕は何も変わってない」
「先輩にとって、去年のことは武勇伝じゃなくてトラウマなんですね」
トラウマ。そうかもしれない。さっき、去年のことを思い出した瞬間、自分を抑えられなくなっていた。気づいた時には我を忘れて暴れていた。
「いいんですよ、気にしなくて。去年のことは、私は聞いた話でしか知らないですけど。祥子さんはそれで救われたんですから」
それだって救おうとしたわけじゃない。
「でも、今日のことは」
「今日のことは、もっと気にしなくていいです」
少し怒ったような口調で反論された。
「気にしなくていいって、そういうわけにはいかないだろ」
「それでも、先輩は悪くないんです」
「じゃあ誰が悪いんだよ」
きっぱりと言い切られたので、驚いて八つ当たりするような言い方になってしまった。誰が悪いか、なんて言われても困るに決まってるのに。
「咲良さんです」
「え?」
誰が、何だって?
「今回の件、裏にいるのは咲良さんです。気づきませんでしたか?」
「ちょ、ちょっと待って。何言ってるの。ていうか、風香は何を知ってるの」
「私が知っていることは全てお話します」
と言ってから何かを思い出したように付け足す。
「乙女の秘密以外は、ですけど」
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