リフレイン
翌日。文化祭二日前。
今日は一人で校舎内の見回りをしている。
会長は当日のスケジュールの最終確認、勇吾はステージ発表のリハーサルの手伝い、柳さんと通訳の風香は外の出店を中心に見回り。
とりあえず教室を回っているが、特に問題はない。一階から二階に上がり、また教室を見て回る。
「神田君、お疲れさま」
「神田、ちょっとこれ食ってみてくれよ」
「ねえ、予算のことなんだけど」
途中、多くの生徒に声をかけられる。昨日は会長と一緒にいたからだと思っていたので、少し戸惑った。ありがとう、とか美味いよ、とか当たり障りなく接する。
だが、平和な時間はここまでだった。
「あ、神田君! ちょっと来て!」
同じ学年の女子が慌てて走ってくる。けっこうな大声だったので、僕だけでなく周りの生徒達も一様に振り向いた。
「何かあった?」
「なんか生徒会の奴を呼べって騒いでる人達がいて……」
「どこ?」
生徒会、ということは予算か場所の苦情か。校舎内にいるのは僕と会長だけだ。生徒会室まで呼びに行っては時間がかかる。
「一階の、地学準備室!」
「分かった。生徒会室に会長がいるから、一応伝えといてもらえるかな」
返事は聞かずに走り出す。地学準備室は剣道部が使用する場所だ。弓原先輩が無茶苦茶なことをするとは思えないが、僕一人では何ともならない場合、生徒会長の権力が必要になるかもしれない。
急いで地学準備室に着くと、一触即発という雰囲気だった。
教室内の装飾はぐちゃぐちゃに破られ、机や椅子は薙ぎ倒されていた。
本来、剣道部の出す店は和喫茶だったが、落ち着いた空気であるはずの教室はかなり冷たい空気が漂っていた。
教室の中では部員が二つに分かれているが、主将の弓原先輩はそのどちらからも離れて、入り口の壁に寄りかかっている。
「生徒会の神田です。何があったんですか」
その場にいる全員に聞こえるように尋ねるが、二つの勢力の部員達はこちらを睨むばかりで口を開かない。仕方なく弓原先輩を見る。
「すまんなあ。副会長様に迷惑かけて」
先輩はこの空気も意に介していないように笑いながら謝る。
「いえ、それより何があったんですか。生徒会を呼べ、と騒いでいたと聞きましたが」
「そうだよ! お前らのせいでこうなってんだ」
「適当な仕事しやがって」
今度は二つの勢力それぞれから非難の声が上がる。
「なんのことですか」
「予算も機材も、全部予定と違うじゃねえか」
柄の悪そうな部員が僕に近づいてきて胸ぐらを掴む。
「おい、やめえや」
「主将も言ってたじゃないですか! こんなんじゃ到底できっこないって!」
他の部員も同意するように一歩ずつにじり寄る。弓原先輩の制止も聞かないのは尋常じゃない。
「おい、何とか言えよ!」
胸ぐらを掴んでいた部員が僕を突き飛ばした。後ろへよろけて、壁に頭をぶつける。
後頭部を触ってみたが、血は出ていない。大丈夫、まだ我慢できる。
前を見ると、先ほどの部員の他にあと二人、計三人が僕を囲んでいた。その背後にはさらに五人ほど控えている。
「びびってんのかよ、おい!」
囲んでいたうちの一人が僕の頬を殴る。
去年の事件が頭の中にフラッシュバックした。
その後のことは、ほとんど覚えていない。
「秋仁先輩!」
会長から連絡を受けて、葵さんとともに急いで地学準備室へ向かった。
準備室の外では大勢の生徒が固唾を飲んで中の様子を見ている。その中に森下先輩の姿もあったが、会長はまだ来ていないようだった。
「ちょっと、どいてください! すみません、生徒会です。通してください!」
生徒達の間をなんとか通り抜けて準備室に入る。
そこには信じられない光景が広がっていた。
散乱した装飾や机や椅子。壁際で怯える生徒達。
中心には秋仁先輩と弓原先輩だけが立っている。秋仁先輩は口から血を流し、血走った目で弓原先輩を睨む。弓原先輩は不敵な笑みを浮かべているものの肩で息をしている。
さすがに弓原先輩の方が優勢に見えるが、その周囲には四人の生徒が転がっていて、事態の凄惨さを物語っている。
止めにきたつもりだったが、完全に予想を上回る状況に固まっていると、背後から声が響いた。
「二人とも、そこまで!」
集まっていた生徒達が道を空ける。現れたのは咲良さんだった。
突然会長が現れる。その横には、風香の姿もあった。蒼白な顔をしている。
風香だけじゃない。周りにいる生徒達は一様に同じ顔をしている。怯え。恐怖。嫌悪。
突然冷静さを取り戻し、全身に痛みを感じる。
「神田秋仁君」
会長が僕の名前を呼ぶ。周りの生徒達とは違い、何の感情もないかのような無表情で告げる。
「どんな理由があろうと、こんな事態を引き起こした人を生徒会に置いておくことはできません。処分は追って連絡します」
会長の言葉と倒れた部員達の姿で、自分のしたことを理解した。足を引きずりながら地学準備室を出る。
「今まで、お世話になりました」
それ以上、誰も何も言わないまま、僕は学校を後にした。
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