嵐の前
文化祭まであと三日。生徒会はかつてないほど慌ただしい。
例によって班に分かれ、それぞれ各団体への指示出しと見回りを行なっている。
今日は僕と会長が一班、他の三人が二班。
「どれも美味しかったねー」
「そうですけど、さすがに食べ過ぎでは」
横を歩く会長はずいぶんご機嫌だった。文化祭直前は各団体が少しでも生徒会に恩を売っておきたい時期でもあり、特に出店をする団体は本番前に試食をしてもらってより完成度を高めようという思いもあるため、会長は行く先々で食べ物を与えられていた。
「かき氷も唐揚げも、昨日も食べてたじゃないですか」
「いいの。この一週間はカロリーかからないの。そういう設定なの」
言いながら右手に持った綿あめを食べる。ちなみに左手にはたこ焼きを持っており、その前にはかき氷と唐揚げを食べていた。
「去年もそんなこと言って、終わってから沈んでましたよね」
「そっかー。秋仁君ももう生徒会入って一年だもんね。早いねー」
話をすり替えられた。別に僕の体重は変わらないからいいけども。
「そういえば会長につきまとわれたのもこの時期でしたね」
「つきまとわれたってひどくない!?」
「学校に居場所のない僕を心配して誘ってくれたのかと感動してたら、いきなり仕事盛りだくさんだったなあ」
「あああ……。違うの……。本当に、心配してたの。ただ、せっかく入ってもらったから、その、人手も欲しかったところだったし……」
テンションの上下が激しい。僕はあまり感情の起伏が表に出ないので、端から見てると会長が一人で騒いでいるようにも見える。
それでもめげずに会長はテンションを上げる。
「よし! じゃあこれで許して!」
右手に持った綿あめを僕に差し出す。これで照れさせて水に流そう、という会長の魂胆が見えたので、
「じゃあいただきます」
と一口もらう。
会長が下を向いた。驚いているのか、怒っているのか。
「……。食べた。……どうしよう。これ、食べていいのかな……。でも私のだし、いいんだよね……」
何かブツブツ言っているがよく聞こえない。聞いてしまったらなんだかこっちまでおかしな空気になりそうなので、無言のまま会長に合わせてゆっくり歩く。
見回りを終えて生徒会室に戻る。三人はまだ見回り中らしく、中には誰もいなかった。
会長はずっと黙っていたが、途中からのろのろと綿あめを食べていたので少しは落ち着いたみたいだ。
「会長」
「あ、え、いや、違うよ!」
「何がですか」
訂正。まだおかしなままだった。
「あ、いや……。ど、どうしたの」
「あの、ありがとうございます」
「え? あ、綿あめ? いいのいいの。全然大丈夫だよ」
「違いますよ」
なんなんだ、その綿あめ推し。
「違った。じゃあ何のこと?」
「生徒会に誘っていただいたことです。今まで、なんとなく言いそびれてましたから」
今や僕の学校生活は生徒会が中心になっている。生徒会に入って、仕事をして、依頼を受けて。うまくいったり、失敗したり。そんなことを繰り返すうちに、少しずつ生徒会の仲間と打ち解けて、他の生徒からの印象も変わった。
僕は生徒会に入れてもらったおかげで、少しは真っ当な学校生活を送れるようになった。
「だから、本当に感謝してます」
「そんな。こちらこそだよ。秋仁君に生徒会入ってもらって、副会長までしてもらえて。助かってるのはこっちの方だよ。ありがとう」
会長は満面の笑みで答える。僕もつられて笑う。
「もう。まだこれからなんだから、しんみりさせないでよ。文化祭が終わっても、もうしばらくは一緒に仕事していくんだから」
「すいません。ちょうどいい機会だったので。最近は別行動が多かったですし、他の人の前だと言いづらいですし」
勇吾がいたら茶化されそうだし、風香だったらしんみりしたら一番に泣きそうな気がする。柳さんはよく分からないが。
「それより、明日もしっかり働いてもらうからね。今日は特に問題ないし、先に帰って大丈夫だよ。私も皆が戻ってきたら帰るから」
僕も一緒に待とうかと思ったが、会長が、じゃあね、と小さく手を振る。
仕方なく僕も、お先です、と言って生徒会室を出る。
帰り道、なぜか弓原先輩の言葉を思い出していた。
『ほんまに大変なんはこれからや』
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