待望の一戦、開戦前

 生徒会室を出て武道場へ向かう。剣道部と柔道部は武道館を半分ずつ使って日々の練習を行なっている。外周に行っていなければ、弓原先輩はここにいるはずだ。

 皆にはちゃんと説明せずに来てしまったが、たぶん僕が弓原先輩の所へ向かったことは気づいているだろう。


 武道場に着くと大きなかけ声と共に竹刀を振って練習する剣道部の姿があった。練習中に割って入るのは悪いと思って、休憩に入るまで練習を眺めていた。

 休憩に入ると、弓原先輩は僕に気づいていたようで、こちらに近づいてきた。

「狂犬くん、どないしたん。入部希望か」

「違いますよ。ちょっと先輩に聞きたいことがありまして」

 簡単に事情を説明する。

「はあ、弓道部。それで俺を疑ってるんか」

 先輩は特に怒るわけでもなく淡々としている。

「まあ先輩が本気でやるならもっと凝ったことすると思ってますが。何か知ってはいるんじゃないかと」

「なんやそれ。この場合、俺は囮に使われた被害者やん」

「だからですよ。この学校に弓原先輩を敵に回そうなんて人はそういません」

 弓原和道は生徒にも先生にも信頼されている。校内に限れば屈指の有名人であり、生徒会長にも匹敵する人物だ。だからこそ生徒会を相手にするためにこの人をぶつけるのは有効な手段とも言えるが、結果両方を敵に回してしまうことになる。そんな状態で平穏に学校生活を送れる生徒などいない。

「それで先輩は事前に犯人から何か聞いているんじゃないかと思って、話を聞きにきました」

「はあ、なるほどなあ。せやけど、そんな話は聞いてへんな。まだその辺よく分かっとらん一年生とかちゃう?」

「その可能性もありますね」

 一応後で会長にも伝えておこう。向こうでも何かしら考えて動き出す頃だろうし、連絡だけして任せてしまうか。

 ちょっとすみません、と弓原先輩にことわってから会長にメールを入れておく。

 送信して先輩に向き直ると、何か思い出したような顔をしている。

「せや、一人怪しいの思い出したわ」

「誰ですか」

「聞きたいんやったら場所変えよか」

 ニヤッと笑って一度部員たちの元へ戻る。そこで何かを言ってまたこちらへ来る。

「部活は各自練習しとくよう言うておいた。行くで」

 先輩は靴に履き替えて歩き出す。やっぱりこういう展開になったか。勝負で勝てば教えてやる、ということなのだろう。

 仕方なく後を追った。


 着いた先は学校のすぐ近くにある廃工場だった。

 僕らの勝負が周りの生徒まで巻き込んだ騒ぎになりつつあった頃から、僕は一時期勝負を受けなくなった。弓原先輩もその理由は察してくれたようで、それでも勝負をするときはここで誰にも見られずに行なうようにしている。

「今回は何で勝負するんですか」

 基本的に勝負内容は先輩が決める。そして勝負の度に大道具、小道具が増えていく。トランプやカードゲーム、バットとグローブ、サッカーゴール、バスケのゴール、その他諸々。

「前回はサッカーのPKで、その前が変則ババ抜き……。なんか平和なもんばっかりやな」

「お互い、あまり長々とはやってられないですし、怪我するのもだめですからね」

 前々回は剣道の大会前で特に時間がなかったので、残り三枚からの変則ババ抜き対決だった。そんな時まで僕との勝負を優先しなくても。

「これはどや」

 先輩はどこかからボクシンググローブを出す。

「いや、だから怪我しそうなのはだめですって。先輩まだ最後の大会あるでしょう」

「ほんなら、先に一発入れたら勝ちとかにしたらええんちゃう?」

 弓原先輩はすでにグローブを装着してやる気になっている。たしかに僕が一発入れたところで部活で鍛えている剣道部主将に怪我をさせる可能性は低いし、僕が多少怪我するのは大した問題じゃない。

「じゃあルールを決めましょう。リングもないですし、ただ打ち合うんじゃ僕に勝ち目ないので」

「お、お得意の頭脳戦か。ええで」


 僕の勝率はカードゲームなどの頭脳戦だとほぼ百パーセント、運が絡むと五分五分、体力勝負だとゼロ。

 何度か勝負するうちにその辺りがはっきりしてしまったので、最近は完全な運勝負か、体力と戦略で戦える勝負をするようになった。先輩も、完全な体力勝負で圧勝しても面白くない、作戦を潰した上で勝った方が楽しい、ということで了承している。

 この廃工場は二階建て、一階も二階も今まで使用した道具で溢れている。ただボクシングのリングは置いていない。

「グローブの一発を相手の体に当てたら勝ち。顔はノーカウント。スタート地点は一階か二階に別れる。自分のスタートする階の道具は自由に使っていい。開始前、準備時間は十五分。こんな感じでどうですか?」

「俺は道具なしでもええで」

「そこは一応公平に」

 先輩が挑戦的な笑みを浮かべる。どうせ使わないだろうとは思うが、条件は公平にしないと僕の方が落ち着かない。

「俺が二階でええか?」

「いいですよ」

 正直二階なら相手が上がってくる時にも何か仕掛けやすいので取りたかったが、譲っておく。どのみち先輩は自分から一階に降りてくるつもりだ。僕は準備時間で作戦を練って、いくつか罠を仕掛けられればどちらでもあまり変わらない。


 スマホで十五分後にアラームが鳴るようにセットする。

「それでは十五分後に」

「おう」

 それだけ言って弓原先輩は階段を上る。先ほど着けたグローブは今も着けたままだ。本当に身一つで戦うつもりらしい。僕にはそんな真似できない。

 先輩が上がりきったことを確認して、一階に散らかった様々な道具を動かす。

 僕の戦いはすでに始まっていた。

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