狂犬と剣士

 秋仁先輩が出て行った後の生徒会室で、改めて会長が場を仕切る。

「まあ仕方ないかー。じゃあ今日は四人で頑張ろうか」

「そうすね」

「うん」

 先輩方三人は落ち着いた様子で会議を続けようとする。

「あの、いいんですか? 先輩、ちょっと様子がおかしかったと思うんですけど……」

 普段の秋仁先輩は基本的に会長の指示には従うし、副会長として代わりに指示を出したりすることもある。あまり人を寄せつけないようにしている節はあるが、団体行動が出来ないわけじゃない。少なくとも、私が生徒会に入ってから今回のような単独行動はなかった。

 でも誰もそのことを気にしていないように見える。

「いいの。行き先は分かってるから」

 葵さんが私に言う。

「でもどこに行くかなんて言ってませんでしたよ」

「あー、花井さんは今回が初めてか」

「何がですか?」

 森下先輩の口ぶりからすると、過去にも同じことがあったようだ。


「これ」

 と言って柳さんが一枚の紙を出す。それは剣道部の部員名簿だった。

「剣道部?」

 突然剣道部の名簿を見せられても。会話の流れからして、この中の誰かに会いに行ったのだろうか。

「主将の名前見てみて」

 今度は咲良さんから言われる。本当に皆にはあれだけで伝わっているらしい。なんだか仲間外れにされたような気分になりながら主将のところを見る。

「弓原和道……。ってまさか」

『弓』原和『道』で弓道。でも、まさかそんな簡単なことでいいのか。

「あ、もちろんこれだけで犯人って決めつけてるんじゃないよ。無関係じゃないとは思うけど」

「どういうことですか?」

「詳しくは森下君から」

 あ、面倒臭くなったな。森下先輩は諦めたようにため息をついてから教えてくれる。

「弓原先輩ってけっこう学校の中でも有名なんだ。うちの剣道部はそこそこ強いんだけど、その中でも断トツで強い。しかも剣道以外でもやたら勝負事が好きで、秋仁にもよく勝負を仕掛けてくる」

「それは、去年のことがあったからですか」

「それは知ってたんだ。そう、あいつの謹慎明けにいきなり勝負を挑んできて、その時は断ってたけど時々は応じてるみたいだな」

「あ、でも殴り合いとか危ないことじゃなくて、球技とか柔道とか。一応スポーツマンシップは大事にしてるみたいだから、そこは安心して」

 つまり、今回の一件にはその弓原先輩が関係している。だから秋仁先輩が話を聞きに行った。おそらく話を聞くためにまた何か勝負をするだろう。そこまでは理解できる。


「じゃあ、一人で行った理由は?」

「あいつも意外と負けず嫌いだから、本気の勝負になっちゃうんだよ。それで一時期、勝負の度に他の生徒達に注目されてて」

「狂犬と剣士」

「なんですかそれ」

 森下先輩の説明の間に、突然葵さんがおかしなことを言い出した。

「そう呼ばれてたんだよ、秋仁と弓原先輩。そもそも秋仁の謹慎の一件で、一年に狂犬がいるって聞いた弓原先輩が突っかかってきたのが最初らしい」

「私もよく二人の勝負を見てたんだけどね。だんだん周りもエスカレートしてきて、裏ではどっちが勝つかで賭け事まで始まってたの。だからあんまり勝負に乗らないようにってお願いしてあるんだけど」

「今でもこうしてこっそり続けてる、と」

 私から見ると、剣道部の主将をしているような人の相手が秋仁先輩で務まるのか、と思ってしまう。

 球技大会でバスケをしている姿は少し見たが、普通より運動神経が良い、くらいにしか思わなかった。バスケに限れば中学時代の咲良さんや葵さんの方が上手かった。

 それ以前に、一対三で喧嘩して勝ったというのも正直信じられない。


「そもそもなんですけど、秋仁先輩って本当に喧嘩とか勝負とか強いんですか?」

 私の質問に、三人の先輩が微妙な顔をする。

「強いっていうか、うーん……」

「謎」

「まあ、あいつの場合腕力とか運動神経だけじゃないからなあ」

「どういうことです?」

 いまいち要領を得ない回答が返ってきた。

「なんか、特別強くはないけど、勝つときは勝つし、負けるときは普通に負けるっていうか。たぶんいろいろ作戦練ってて、それが上手くはまるかどうかなんだろうな」

 たしかに秋仁先輩は常に何かを考えて動いているように見える。今回も考えた結果一人で行動することを決めたのだろう。先輩達もそれを理解しているから落ち着いているのだということは分かった。

 それなら私も、出来ることをやろう。

「それで、私たちはどうしますか?」

 咲良さんは、待ってましたとばかりに指示を出す。

「それじゃあ、風香は--」

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