幻の部活
「秋仁君、ずいぶん人気者になったねー」
「すぐ女の子侍らせてますよね」
「最低」
文化祭まで十日に迫った、ある日の生徒会室。僕は三人の女子から冷たい目で見られている。
「お前何したんだよ」
球技大会の後、今まで話したことのない生徒、特に女子から話しかけられることが多くなった。
体育館の競技はバスケの決勝が始まるまでにほとんど終わっていたので、多くの生徒に試合を見られていたらしい。決勝までは姑息な手段を使っていたが、決勝の相手には通用しなかったので、早々に作戦を捨ててフェアプレーの精神で戦った。
その姿を見て不良のレッテルが剥がれたんじゃないか、というのがクラスの男子から聞いた話だ。
「試合終わった後もすぐ女の子と楽しそうにお話してましたよ」
「ちょっとその話詳しく!」
「最低」
またこの流れだ。しかもこんな会話をしながらちゃんと仕事はしているから質が悪い。こっちに隙を与えず非難し続けている。そして風香はどこで僕と桐谷さんが話しているところを見ていたんだ。
「会長、真面目な質問いいですか」
「えー」
不満そうな会長に一枚の資料を見せる。不満そうな顔から不思議そうな顔に変わり、最後に怒りの表情になった。
「何これ!? こんなの知らないよ!」
驚いて全員の手が止まる。
「咲良さん?」
「会長、どうしたんですか」
全員が近くに集まり、同じ資料を見る。
文化祭出し物申請書だった。会長承認印押印済み。団体名、弓道部。
だが、この学校には弓道部は存在しない。
「一応聞くけど、これに見覚えある人は?」
全員が席に着き、緊急会議が始まる。
「ないです」
会長の問いに答えると他のメンバーも一様に頷く。
「だよねえ……。私も初めて見た。なのに会長印押されてる」
珍しく困っているように見える。
「一応聞きますけど、また会長の仕込みじゃないですよね」
「違うよ! 私どんだけ信用ないの!?」
憤慨しているが、僕も皆も正直疑っていた。
「弓道部なんてないのに、こんなの通したら先生達に怒られるの私だから!」
「なんか、会長ならうまく丸め込みそうだなって思って」
「咲良さんは昔からこんな感じなんで、もう私には何が本当か分かりません」
「ひどい……」
と、紆余曲折あったものの、ひとまず会長以外で犯人候補を探すことにした。
「それで、誰か心当たりはない? あいつ怪しいなあ、みたいな」
会長はいじけてしまったので、僕が代わりに会議を進める。
「とは言ってもなあ。そもそもこんなことする意味がないよな。別に部活じゃなくたってちゃんと申請すれば出店できるんだし」
勇吾の言うとおり、文化祭で出し物をする条件はちゃんと申請を出すことだけ。部活じゃなくて有志の団体でも、申請内容に問題がなければ認可される。
「前から思ってたんですけど、なんでこの申請無記名なんですか」
「なんか昔不正があったらしくてな」
「それって生徒会が友達の出し物を優遇したって話か」
そんな経緯があって、申請時に参加者は明かさないことになってしまった。申請書は職員室前の申請ボックスに、不備があった場合の返却はその横にある返却ボックスに入れることになっている。
「じゃあ、これも返却しちゃえば……」
「だめだ。会長印が押されてるから突き返したところで認可されてる扱いになる。むしろ証拠を差し出すようなものだ」
「勝手にここに忍び込んで会長印押してるような奴ならコピーくらい取ってそうだけどな」
「それはないと思う」
珍しく柳さんが口を挟む。
「この部屋にコピー機はないから」
「そうか。たしかに」
僕はこれだけで納得したが、勇吾と風香は分かっていないようだった。
「コピーするとしたら、会長印を押してからどこかでコピーを取って、またここに申請書を置きに来ないといけない。でも僕らは、最近放課後はずっと生徒会室に籠もってる」
「ああ、この前全員出払ったけど、ここを空けたのはその一回くらいか」
「あの時は大変でしたね……」
みんながその時のことを思い出す。
三日前、生徒会室で作業をしていると、突然大音量で音楽が聞こえてきた。慌てて音の発生源に向かうと、ある教室でバンドの演奏が行なわれていた。前日にステージ発表の申請書を返却した有志のバンドだった。
集まった生徒達を掻き分けて、何とか演奏を止めさせたが、本人達は多くの生徒に聞いてもらえて満足そうに去って行った。
おそらくあの一件の間に犯人は生徒会室に忍び込んだのだろう。そもそもそのためにバンドを利用したとも考えられる。犯人が彼らに頼んだのか、偶然ゲリラライブの話を聞いたのかは分からないが。
「つまり、狙って侵入出来たのは一回きりで、二度目はないはずだからコピーしてまた戻ってきたって線はないと」
「僕らがどのくらいで戻るか分からないし、職員室のコピー機を借りるわけにもいかないから。コピーするとしたら近くのコンビニぐらいまでは行かないといけない」
「会長の指示で私、葵さん、森下先輩の三人は先に戻ったから、全員抜けたのは10分くらいですね」
会長と僕は先生達への説明のために残ったが、三人は先に仕事に戻らせた。だから申請書に会長印を押して置いとくだけなら間に合うが、一度コピーしてまた戻るほどの時間はなかった。
「だから、とりあえず犯人探しに集中していい状況ってこと。あと、会長はそろそろ復活してください」
現状をまとめて、ついでに会長に声をかける。
頭を伏せていた会長がいきなりガバッと起き上がる。
「よし! じゃあいつも通り班分けするよ!」
元気になったようだが、あえて水を差す。
「あ、すいません。今回は僕抜きでお願いします」
「えー、なんで?」
「なんか予定あんのか?」
会長と勇吾から不満の声があがる。柳さんと風香も言葉にはしないが不思議そうに僕を見ている。
「いや、一つ心当たりがあるんで、そっちに行きます」
「え? 誰のこと?」
「いや、それはちょっと。でも僕一人で行った方がいいと思うので」
まだ納得していないようだが、これ以上は言いづらいのでそっと席を立つ。
「秋仁先輩」
風香に呼ばれて足を止める。
「大丈夫ですか?」
一言だけで、何のことか分からない。
「……うん?」
曖昧に頷いてそのまま生徒会室を出る。
大丈夫だ。たぶん。ちょっと面倒なことになりそうな予感はするけど。
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