昔話の続きとこれからのこと

「神田、任せた!」

 味方からパスを受け取り、そのままスリーポイントを決める。クラスの応援団から歓声が上がった。


 柳さんの一件から一週間が経ち、球技大会当日。

 僕はバスケの試合に出場していた。正確には、バスケとサッカーの二つだ。

 球技大会のルールとして、一人二種目まで参加可能だ。その代わり、掛け持ちする選手はスタメン起用禁止。

 数年前、出来るだけ多くの生徒に参加してほしい先生達と、運動が得意な生徒を優遇して出来るだけ多く勝ちたい生徒達の間で話し合いの場が持たれてこのような形になったと聞いた。

 僕としては両方スタメンなんて体力が持たないのでちょうどいい制度だった。


「神田止めるぞ!」

 相手のキャプテンが近くの選手に声をかけてダブルチームで僕を止めにくる。ぎりぎりまで引きつけて後ろの味方にパスを出す。

 その選手がシュートを決めたところで試合終了。僕たちのクラスの勝利だ。

「作戦通りだな、神田」

「やってて悲しくなるけどな」

 チームメイトの言葉に投げやりに返す。卑怯と言われても文句は言えない作戦の上、その要になっている身としては素直に喜べない。


「あ、秋仁君だ、おつかれー」

 体育館の隅で水分補給していると会長が通りかかった。

「お疲れ様です、会長。そっちはどうですか?」

「全然だめ。バレー出たんだけど、一回戦負けだよ」

 あまり疲れてなさそうな様子で、顔だけ不満げにしている。

「三年の女子バレーって、経験者多めじゃないでしたっけ」

 三年の女子バレー部は人数が多く、各クラスに経験者がいる。一、二年生のチームのことは知らないが、そんなに簡単に負けるとは思わなかった。

「今年の一年すごい子がいるんだよ。あ、ほら、今試合してるあの子」

 会長の視線の先を追うと、一八五センチはありそうな女子がスパイクを打っていた。相手チームのほとんどは悲鳴を上げて逃げ出す。辛うじて経験者らしき子がボールに触れるが、上にあげることは出来ずにいた。

「なんですか、あれ」

「すごいでしょ。ていうか怖いでしょ」

「正直女子じゃなくて良かったです」

 僕はそこそこ運動が出来るせいで二種目参加させられているが、女子だったらあのスパイクの相手をさせられていたのだろうか。

「そっちは? 秋仁君、バスケとサッカー出てるんでしょ」

「サッカーは会長と同じくです。バスケは決勝まで進んでます」

「お、さすが。さっきちょっと聞こえたんだけど、作戦って?」

「それはちょっと……」

「えー。私のクラスはもう負けてるし、教えてよ」

 作戦のことは人に話したくないが、会長のしつこさに適わないことは分かっている。唯一抑えられる柳さんがいない以上、観念して話すしかない。

「相手をビビらせる作戦です」

「どういうこと?」

「……はい。あの、僕が相手を睨んだり、態度悪くするっていう……」

 会長はそれを聞いてキョトンとしている。

「でも、秋仁君別に怖くなくない?」

「それは生徒会で長く接しているからで」

 多くの生徒の中では、僕はいじめっ子を血まみれにして謹慎処分を食らった怖い生徒だ。生徒会に入ってしばらく経つまでは不良という噂も流れた。

「だから、意外と効き目があるんです」

 会長は僕の話を聞いて黙り込んでしまった。良くも悪くも真っすぐな人だから、卑怯な手を使っていることに怒ったのかもしれない。こっそり逃げようかな。

「ごめんね」

「え?」

 そっと離れようとしていたら、突然会長が謝った。

「なんでですか?」

「あ、いや……。あの時、私が騒いだせいだから」

「それは違います。僕が勝手にやったことです」

 騒いだことで周りにいた生徒には気づかれたが、結局学校中に広まったので同じことだ。

「神田! 決勝始まるぞ!」

 チームメイトから声がかかる。

「それじゃあ、行ってきます。本当に気にしないでください。僕も気にしてないので」

 それだけ言ってコートに向かう。


「ごめんね……。本当に謝らなきゃいけないのはこれからなんだけど……」

 会長の小さな呟きは誰にも届いていなかった。


「おつかれー」

「おう、おつかれ」

 チームメイトと互いに労う。さすがに決勝まで進んだチームは僕らの姑息な作戦など意にも介さず点を取り続けた。そうなると僕らはただクラスで運動神経が良いだけの集団なので、実力で勝ち上がってきたチームに勝てる実力などなかった。

「神田、あの子、お前に用があるんじゃない?」

 チームの一人に言われてそちらを見ると、少し離れたところにいる一人の女の子と目が合う。

「ああ、ちょっと行ってくる」

 クラスの輪から外れてその女の子の方へ向かう。

「ごめんね、クラスの人といるときに。あの、おつかれさま」

 女の子は謝りながらタオルを渡してくる。

「ああ、いいよ。自分のがあるし、本当にものすごい量の汗かいてるから臭くなるよ」

 笑って言うと、女の子は残念なような安心したような、複雑な顔をする。

「それより、桐谷さんは球技大会楽しんでる?」

「うん。私は女子バレーの審判やってたんだけど、もう終わったから、いろいろゆっくり見てるところ」

 桐谷祥子きりたにしょうこさんは球技大会の実行委員で、僕と同じクラスの内気な子で。去年、いじめられていた女の子だ。

「そうなんだ。なんかすごい子いたもんね」

「そうなの。もう決勝もほとんどあの子一人の得点だったよ」

 他愛ない話をするように気をつける。去年のことを思い出させないように。


 去年の謹慎明けの初日。

 会長からの生徒会への勧誘攻撃から逃げて、屋上の手前の踊り場で弁当を食べていた。

「あの、神田君……」

 誰かに呼ばれて顔を上げる。そこにいたのは、先週の騒動の中心にいた人物だった。名前は知らない。

「ああ、えーと」

「あの、桐谷、祥子です」

「あ、はい。桐谷さん、どうしたの? 自分で言うのもなんだけど、今僕ちょっといろいろ面倒なことになってるから、あまり近づかない方が……」

「あの、ありがとうございました。先週、助けていただいて。あの、あの時お礼も言えなくて、ごめんなさい」

 突然頭を下げられる。何度もつっかえながら感謝と謝罪を伝えてくれた。

「いや、でも、助けようとしたわけじゃないし、むしろ今まで気づいてたのに何もしなくてごめん」

 桐谷さんがずいぶん前からこの前のような目にあっていたことは知っていた。たぶん同じ学年の生徒ならみんな気づいていたが、僕を含め誰も助けようとしなかった。

「それでも、私は神田君のおかげで助かったので……」

「ねえ、一つだけいい? 敬語はやめない? 同じ学年なんだしさ」

 少し躊躇って桐谷さんが答える。

「……うん。分かった。あの、これからも、話しかけてもいい? あの人達はいなくなったけど、私、友達もいなくて、だから、あの」

「うん。よろしく」

 こうして、僕と桐谷さんは顔を合わせればたまに話すようになった。勉強のこと、クラスのこと、生徒会でのことや、家のことなど。特に何が起こるでもなく、なんでもない話をした。

 友達と呼べるほど近くはないかもしれないけど、それなりに仲良くやってきた。


 今日もなんとなく話をして、なんとなく別れた。最後に、準優勝おめでとう、と言ってくれて、そのために来てくれたのかな、なんてことを考える。

 出番はすべて終わったので、教室に戻ろうと歩き出す。すると、前からまた見知った顔が現れる。

「おお、狂犬くんやん。大活躍やったな」

 少し訛った言葉で、僕を狂犬くんと呼ぶ。そんな人は一人しかいない。

「弓原さん、見てたんですか」

 弓原和道ゆみはらかずみち、三年生で剣道部の主将。運動部にしては細身ながら、剣道部では一番の実力者であり、部員からも慕われている。エセ関西弁のような言葉遣いは、いろいろな地方の方言や訛りが少しずつ入ってしまった結果らしい。

「残念やったなあ。俺はハンドボール出とったから勝負でけへんかった」

「僕はその方がいいですけどね。弓原さん相手じゃ作戦効かないので」

 この人は僕を怖がるどころか、やたらと勝負したがる。

 去年、僕が不良だと噂が流れたとき、この人は突然現れて、こう言った。

「お前が噂の狂犬くんか。ちょっと俺と勝負しようや」

 その場は丁重にお断りしたが、それ以来何かある度に勝負を挑まれる。


「やっぱり作戦やったんか。可哀想になあ。あーー、やっぱ今から何か勝負せえへん? もうだいたいどの競技も終わってるやろ。隅っこで一対一の勝負してても邪魔にならんやん、なあ?」

「いや、今日はもう無理です。限界です」

 一試合だけとはいえ炎天下の中サッカーして、バスケは決勝まで進んでしまったので、本当に疲れていた。今日は生徒会も休みになっているので、早く帰りたい。

「わはは、ほんまに疲れとるな。今日は勘弁したるわ。ほな」

 立ち去ろうとする後ろ姿に、僕は一つ思い当たることがあって呼び止めた。

「弓原さん。十五夜の夜、学校にいましたか」

 僕の質問に、弓原さんは振り返ってフッと笑う。

「一つ、良いこと教えたるわ。狂犬くんは今までいろいろ大変やったろうけどな。ほんまに大変なんはこれからや」

 質問には答えず、よく分からない忠告をする。弓原さんはそれだけ言って立ち去った。


 余計なことだ。考えるな。来週からはまた生徒会で忙しい日々がやってくる。目の前のやるべきことだけやっておけ。

 自分にそう言い聞かせる。不穏な空気を感じても、触らなければ関係ない。

 今は闘う時じゃない。

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