誰かのために出来ること
「ハンバーガー屋でハンバーガー頼まないのってなんか罪悪感ないか?」
場所は学校の側のデパートに入っているファストフード店。
僕と花井さんの二人はテーブル席に座っている。
「神田先輩、意外と気が小さいですよね。ポテトだけ頼む人とかけっこういますよ」
「サラダだけ頼む人は見たことないけどな」
僕はチーズバーガーのセット、花井さんはサラダ単品を注文して食べながら話をする。
例の意見箱の依頼があってすぐ、会長はまた班分けを行なった。五人まとまって動くメリットも無いし、生徒達に話に聞こうにも生徒会全員で取り囲んでは相手を萎縮させてまともに話も聞けない。
班の分け方は会長の一存だ。今回は僕と花井さんで一班、会長達三人でもう一班。
班分けは多角的な考え方をするためでもあるので、会議はそれぞれ別の場所で行うことになっている。会長達は生徒会室でそのまま会議に入るということだったので、僕たちが移動することになった。
「それで、これからどうしますか」
「どうするって言ってもなあ……」
今のところ、依頼主の手がかりはない。かと言って、天川高校の生徒に一人一人聞き込みをするのは現実的に不可能だ。
「花井さんはどうしてあんなことを生徒会宛の意見箱に入れたと思う?」
「生徒会なら何とかしてくれると思った、とか……。私はこの前の件しか知らないですけど、今までも意見箱にきた依頼を解決してきたんですよね」
花井さんは少し考えながら話す。解決してきた、というと語弊があるが。
「実は今まで、そんなに解決してきたわけじゃない。うやむやに流れたことも結構ある」
「そうだったんですか」
「閉め切られているはずの屋上が使われているとか、インフルエンザで休んでるはずの生徒が街で遊んでるとか。そんな依頼もあったけど、屋上を張り込んでも誰も来なかったり、インフルエンザの生徒も一週間で治って普通に登校してきたり」
そういう、調べるだけ無駄だったことも多々あった。それに依頼があっても一般生徒には一々公表していないので、解決率など知られているはずもない。
「神田先輩はどう考えてるんですか」
サラダを食べ終えた花井さんが尋ねる。僕はチーズバーガーの包み紙を丸めて答える。
「生徒会宛の意見箱に入っていたってことは、僕らならなんとか出来ると思ったってこと。でも不特定多数の生徒から依頼主を見つけ出せるなんて、本人も思ってないだろう」
「つまり?」
「生徒会の誰かは、あれを見て思い当たることがあったんじゃないかと思う」
例えば事前に恋愛相談を受けていたとか。それで協力の約束を取り付けられなかった依頼主は生徒会への意見という形でプレッシャーをかけてきた。それならば匿名の依頼でも効果はあるかもしれない。
「でも、私は思い当たることはないですし、先輩もないですよね」
「無いな」
そうなると、僕の仮定が正しければ、思い当たる節があるのは向こうの三人のうち誰かということになる。
「それじゃあ結局私たちは手詰まりじゃないですか」
「いいんじゃないか。今回はあっちに任せれば」
投げやりに答える。だが花井さんは納得していない。以前から思っていたが、彼女は少し真面目すぎる気がする。
「私、何もしないで待つのとかって苦手なんです」
花井さん自身も分かっているようだ。出来ることはないと分かっていても、何かしていないと落ち着かないらしい。優しさとか気配りとか、運動部のマネージャーとしては優秀なんだろうけど、こういう場合は下手に動いたせいで状況が悪くなることもある。
「それなら、一つミッションを与えよう」
花井さんがぱっと顔を上げてこっちを見る。
周りの人に聞かれないよう、小声でミッションを伝える。花井さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「それで、今回の件は解決するんですか」
「解決は依頼主本人次第だけど。僕の予想が合ってれば、僕たちが出来ることはそれで全部だよ」
花井さんはやるべきことが見つかったのが嬉しいようで、力強く頷く。
僕がセットで頼んだポテトを分け合い、全て食べつくした後。そろそろ店を出ようとしたら、花井さんが話しかけてきた。
「あの、関係ないことですけど、ちょっといいですか」
「どうしたの、花井さん」
「それです」
どれだ。理解できずに首を傾げる。
「呼び方、変えませんか。先輩方にさん付けされるのって、なんか違和感あって」
そういうものなのか。男子が女子を呼ぶときは普通さん付けだと思っていた。でもよくよく考えると、花井さんは中学時代、女子バスケ部のマネージャーをしていて、会長も柳さんも下の名前で呼んでいる。男の先輩と接することはあまり無かったのだろうか。
「まあ、嫌じゃないならいいけど。じゃあ、花井?」
「風香でいいですよ。中学の頃は先輩方は皆そう呼んでましたから」
「それは女子同士だからでは」
さすがに男子までみんな名前で呼び捨てにはしないだろう。
「いいんです。後で森下先輩にもお願いしておきますから。生徒会では風香で統一してほしいです」
そんなものなのだろうか。生徒会で一緒というだけの先輩に下の名前で呼ばれるのは嫌だと思っていたし、僕は下の名前で呼ぶほど親しい女子はいないので、よく分からない。
「じゃあ、風香。僕も苗字じゃなくて下の名前でいいよ」
「では、秋仁先輩」
なんだ、このこそばゆい感じは。だが風香の方はしっくりきたらしく、少し機嫌が良さそうにしている。
「そろそろ帰ろうか。さっき話したミッションは明日にでもよろしく。別に急ぐ必要はないから、自分のタイミングでやって」
「了解です。秋仁先輩」
やっぱりこそばゆい。そのうち慣れるのだろうか。
ため息をつきながら席を立った。
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