文化祭に向けて

 生徒会の予告状対策合宿の翌週。天川高校は文化祭の準備期間に入った。生徒会は文化祭の準備に追われて徐々に忙しくなっていた。

 あの日見た人影については結局分からないままだ。僕の見間違いだったのかもしれない。


「会長、こっちは確認済みです」

 会長印を押してもらうため書類の束を渡す。

「ありがと。じゃあ風香の方手伝ってあげて。葵と森下君の方はもう終わりそう?」

「ちょうど上がりです」

 勇吾が答えて、柳さんが書類を会長の机に置く。

 僕が確認していたのは各クラス、部活動の出し物の申請書だ。出店や展示、ステージ発表の申請書に不備がないかをチェックし、承認と再提出に分ける作業をしていた。

 勇吾と柳さんは学校の図面に出店や展示の区画分けと番号付けを行なっていた。それによって承認できる出し物の数も変わってくるので、本当は申請を受け付ける前に済ませておくべきだったのだが、見事に全員忘れていた。

「花井さん、そっちはどんな感じ?」

 花井さんが顔を上げる。

「だいたい終わったんですけど、ちょっとこれだけ見てもらっていいですか」

 一枚の紙を僕の方に寄せる。

 花井さんには大まかな予算割り当てをお願いしていた。全体の予算から、出店はいくら、ステージ発表はいくらというように割り振る。お金が絡む部分は最終的には全員でのチェックが必要なので、それなら一年生にやらせても一緒だろうということになった。

「ああ、これは……」


 花井さんの質問に答えているうちに会長の作業も終わっていた。今日済ませておくべき作業が一段落して、穏やかな空気が流れる。

「やーっと終わりましたね」

 勇吾が伸びをしてコーヒーを飲む。先に作業を終えていた柳さんが全員分のコーヒーを淹れてくれていた。

 僕もコーヒーを一口飲んで会長の方を見る。

「これで終わりですよね?」

 会長はミルクと砂糖を二つずつ入れたコーヒーを飲んでいる。そしてなぜかその傍らには例の白い箱がある。

「咲良さん、もしかして、またですか」

 花井さんがげんなりした顔で聞く。ちなみに前回の予告状が会長のしわざということはこっそり教えておいた。

「ち、違うよ! 今回は私が入れたんじゃないよ!」

「ということは、入ってたんですね……」

「でも、今日で文化祭準備は今やれる範囲の作業終わったから、今週中は少し余裕できたし。せっかく入ってたのに無視はできないし」

 会長の言うことももっともだが、完全に僕らの士気は下がっていた。

「じゃあ、まあとりあえず見るだけ見てみますか」

 勇吾が観念して言った。

「そうだな。でも会長、明日から文化祭終わるまでその箱置くのやめときましょう」

 今週は余裕ができたと言っても、今後も続いたら文化祭まで体が持たない。

「はーい。じゃあ読むよ」

 しゃきーん、と言いながら会長が箱から一枚の紙を取り出す。その紙を開いて内容を読み上げた。


『私の恋を応援してください』


 静まり返った生徒会室に、僕がコーヒーを噴き出した音が響いた。

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