最後の花火

 僕ら三人が振り返ると、そこには悲鳴をあげているおかめと硬直した般若がいた。

 なぜか手には花火を持っていたが、おかめの方は悲鳴をあげた時に地面に落としていた。

 予想以上の反応に僕らは顔を見合わせる。その時お互いのお面の鼻がぶつかって仰け反る。僕らは三人とも天狗のお面を着けているのだが、長い鼻の距離感がつかめていなかった。

 なぜこんなものを着けているのか。話は数分前に遡る。


「落ちついた?」

 校庭のベンチに座ってしばらく待ってから二人に声をかける。花井さんは一つ目のこんにゃくトラップの時点で弱っていたが、柳さんも意外と怖がりだったらしい。次々と会長の仕掛けた罠に遭遇して徐々に弱っていた。

 なんとかベンチに辿り着いて二人を座らせた後、お茶でも買ってきてあげようとしたが止められた。落ち着くまで離れるなということらしい。

 そろそろ落ち着いたかと思って声をかけてみた。

「もう大丈夫」

「わ、私も、一応、落ち着いてきました……」

 回復した様子の柳さんと、まだ回復しきっていない様子の花井さん。

 柳さんはベンチの下をごそごそ探っている。

「何か落とした?」

 手伝おうとするが、大丈夫、と遮られる

「実は、今回の件は咲良から聞いてた」

「き、聞いてたって何をですか?」

「いろいろ仕掛けてるってこと。詳しいことまでは聞いてないけど」

 そうだろうとは思っていた。罠を仕掛けるのは会長一人でやったことだろうけど、事情を知っていて傍で見守る係も必要だったのだろう。

「でも思っていたより怖くて疲れちゃった、と」

 そう言うと柳さんに睨まれた。なんか怒らせてばかりな気がする。

「最後は校庭で驚かされて終わり、ってことになってる。でも」

 と言ってベンチの下から何かを取り出す。

「仕返し、したくない?」

 聞かれて、僕と花井さんは間髪入れずに頷いた。


 そしてベンチの下から出てきた天狗のお面を装着し、会長と勇吾が現れるのを待っていた、というわけだ。

 悲鳴をあげてしゃがみ込んだ会長を三人の天狗が取り囲む。勇吾はさすがに気づいたようだったが、好きにさせるつもりのようで少し離れたところで見ている。

「なに!? 誰!? ごめんなさい!!」

 訳も分からず謝りだしてしまった。さすがにもういいだろうとお面を取った。

「会長、すいません。僕です、神田です」

 会長が半泣きで僕を見る。まだ二人の天狗は会長の周りをぐるぐる回っていた。

「いや、もういいでしょ」

 声をかけるとやっと二人はお面を取った。ついに生徒会メンバー五人全員が顔を合わせる。

「葵、風香……。良かったぁ……」

 こうして予期せず始まった生徒会の肝試しは幕を閉じた。


 少し時間が経って、現在。皆で会長が用意した花火に興じていた。

「会長、少し話いいですか」

 すっかり立ち直って、両手に花火を持ってはしゃぐ会長に声をかける。

「あ、消えちゃった……。いいよー、どうしたの?」

 他の三人は手持ち花火で打ち上げ花火に着火しようと奮闘している。聞かれて困るような話ではないが、横槍が入っても面倒なので、今のうちに話しておこうと思った。

「今回の班分け、僕に気を遣ってくれたんですよね」

 僕は人との距離感を測るのが下手だ。自覚しているが、それでもいいと思って過ごしてきた。だが、会長は僕と柳さん、花井さんがもっと仲良くなればいいと思って一緒に行動させたんだろうということも分かっていた。

「気遣ったってわけじゃないよ。私も森下君と話があったっていうのもあるし」

「勇吾に?」

「あ、内容は秘密だけど。告白とかじゃないから安心して」

 別にそんな心配はしてない。だからこそ不安はあるが。会長はこんなだし、勇吾も悪ノリで乗っかるところがあるので、正直あまり手を組んでほしくない組み合わせだ。

「その内緒話も、皆のためですか」

「え?」

 質問の意図が理解できていないらしい。

「今回のこともですけど、会長はいつも皆のことを考えてくれてますから」

 今日の班分けも、僕を生徒会に誘ったことも。いつも突飛なことばかりしているようで、誰かのこと、皆のことを考えて行動している。

「違うよ」

 だから今回も、と思ったが、はっきりと否定された。

「私は本当は、自分勝手で、欲しいものは我慢できなくて、自分のしたいことだけしてるような、そんな奴だよ」

 会長は線香花火に火を点けながらそんなことを言う。落とさないように気をつけながら、空いた手で別の線香花火を僕に差し出す。それを受け取って火を点ける。

 少し離れたところで他の三人も線香花火をしている。他の花火は全てやり尽くしてしまったようだ。


「これが最後の花火だよ。どっちが先に落ちるか勝負だからね!」

 僕の線香花火が燃え始めたところで会長が勝負を仕掛けてきた。

「そういえば、たくさんトラップ仕掛けてましたね。途中、生徒会室から出てた時にあれ全部準備したんですか」

 花井さんが踏んだこんにゃくに始まり、木に吊されたこんにゃく、校舎の影に隠れた人体模型、突如降ってくるこんにゃく等々。こんにゃく多めなのは予算の問題だろうか。

「そうだよー。だってただ歩くだけじゃ肝試しになんないでしょう」

「そもそも肝試しするつもりはなかったんですけどね」

 そこで、一つ思い出して聞いてみた。

「そういえば、あの予告状は会長が出したものですよね」

 あの予告状、『十五夜の晩、天川高校の最も大切なものを奪いにきます』。

 あれはこの合宿の開くために会長が自分で書いたものだろうと思っていた。

「そうだよ。先生達から許可取るための理由が必要だったから」

 意外とこの人は手段を問わない。本人の言葉を借りれば、やりたいことだけやっているだけ。

「そういえば、校舎の周り歩いてた時に人影を見たような気がしたんですけど、あれも仕掛けの一つですか。わざわざ誰か呼んでまで」

 そう言うと会長の顔色が変わった。

「人影?」

「はい。正面入り口から出てすぐの、こんにゃくの辺りで」

 会長は少し考え込む。二人の線香花火が同時に消えたので、会長の手から花火を受け取って、自分の分と合わせてバケツに捨てる。

「勝負、引き分けですね」

 戻ってくると、会長はまっすぐ僕の方を向いて言った。


「私、それは仕掛けてない。今回のことは全部、私一人でやったから」

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