内緒話と裏話
「さっそく校舎出ちゃいましたけど、いいんですか」
森下君が私の横を歩きながら聞いてくる。
私たちは教室を出て一度二階に行き、三人が出た頃を見計らってすぐに生徒会室に戻った。そこで少し話をして、荷物を取って、まっすぐ校庭に向かって歩いていた。
「いいのいいの。さっき一応見ておいたし。今はそれより早く校庭に行くよ。あっちより先に着かないと」
そこまで言って、一度足を止める。右手を横に出して森下君を下がらせる。
「どうしたんすか」
「足元気をつけてね。罠張ってるから」
そこにはちょうど足首の高さに毛糸を張っていた。
二つの三角コーンに結ばれた毛糸が夜の暗さに紛れて見えにくくなっている。
「もしかして、準備があるからって一人でいなくなってたの、このためですか……」
「そうだよ。せっかくだから肝試しっぽくしようと思って、向こうの三人が通る予定のところにいろいろ仕掛けておいたの」
言いながら毛糸を触る。細い糸よりは安全かと思ったけど、強く張っていると意外と危ない。かといってちょうどよく弛ませるのも微調整が面倒臭い。
今はそんな時間がないので、仕方なく三角コーンを二つとも端に寄せて無かったことにする。
「いいんですか。せっかく用意したのに」
「これは失敗だったね。でも、まだまだたくさんあるから」
「そうですか……」
森下君は完全に引いていた。
「葵も風香も結構怖がりだから、向こうは楽しいことになってると思うんだよね」
「会長はこっちで良かったんですか」
「今回の目的は親睦を深めよう、だから。あっちの三人は特にそれが必要だと思わない?」
森下君は秋仁君の紹介で入ったが、すぐに私や葵とも打ち解けた。少なくとも私はそう思ってる。
でも秋仁君と葵はお互い聞き役に回ることが多いので、あまり二人で会話することがない。
風香を含めて三人とも、仕事はちゃんとする方なので、必要があれば会話もする。
ただ、業務連絡以外の話もするようになってほしい。なんでもない、どうでもいい話をするような友達みたいになってほしい。ただの私のわがままだけど。
「ま、たしかにあの三人の話してるとこって想像しづらいですよね。たぶん秋仁が必死に話題探してる頃だと思いますけど」
「それに、私も森下君に話があったし、ちょうどよかったよ」
それを聞いて、森下君が真面目な顔になる。
話、というのは一度二人で生徒会室に戻った時の話だ。まだ秋仁君には秘密の、内緒話。
「本気なんですか。下手したらいろんな意味で大事故ですよ」
「本気だよ。この話は今後口にしないこと。それと、嫌だったらやらなくてもいい。これも、私のわがままだから」
少し冷たい言い方になってしまった。黙り込んだ森下君を見て反省する。反省した。反省終わり、切り替えた!
「とにかく今やるべきことはこれよ!」
生徒会室から持ってきた荷物を掲げる。
話しながら歩くうちにすでに校庭に着き、体育倉庫の前にいた。
「もう嫌な予感しかしないんですが、それはなんですか。投げる系ですか。着る系ですか。仕掛ける系ですか」
正解。彼の分を取り出す。
「着る系だよ。あと倉庫の鍵、これね。じゃあ着替えてきて。その後私も着替えるから早くね!」
森下君は渡された物を眺めながらのろのろと倉庫に入っていった。
交代で倉庫に入って着替えた後、そこにいたのは二人の不審者だった。共に真っ白な布を赤のペンキで不規則に塗りたくった衣装を着て、顔にはお面をしている。私はおかめ、森下君は般若。
これで向こうの三人を驚かして終了となる。
足音と話し声が聞こえてきたので、三人はもう校庭の傍まで来ている。体育倉庫からはまだ遠いので、姿は見えない。
「はい、これ持って。行くよ」
ある物を渡して声のする方へ歩く。
「これ、花火ですか」
「爆竹にしようかと思ったんだけど、危ないからね。三人の近くにこっそり近づいてこれで驚かそう。その後皆で花火大会ね」
三人は校庭に入ってすぐのベンチに座っている。野球部の防球フェンスの裏を通って後ろに回り込めそうだ。
二人でこそこそと隠れながら歩く。
「なんか立ち上がってますよ」
「移動しそうだったら着いていくよ」
ひそひそ話しながら背後に回ろうとするおかめと般若。だが向こうの三人はそんなことに気づいた様子もなく、移動しそうでもない。
ただ一様に同じ方向を見て話をしている。
ついに彼らの背後に辿り着く。森下君と目を合わせてうなずき合う。同時にライターを取り出して花火に火を点ける。激しく火花を飛ばしながら彼らに近づく。
花火の音に気づいた彼らがこちらを振り向く。
でも、悲鳴をあげたのは私の方だった。
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