昔話と忍び寄る影

「神田先輩はなんで生徒会に入ったんですか?」

 絶賛質問攻め中。

 僕は柳さん、花井さんの三人は校舎の外周を歩きながら二人からの質問に答えていた。

 会長の『親睦を深めるための合宿』発言を受けて、ほとんど会話のなかった僕らはお互いの過去や生徒会に入った経緯なんかを聞いてみようということになったのだった。

 そしてジャンケンの結果、最初に質問を受けるのは僕になった。

「えー、……パスって何回まであり?」

 いきなり答えづらかったので、言葉を濁す。

「え、そんなに答えづらいことですか。」

 花井さんが申し訳なさそうな顔をする。だがその横から柳さんが口を出す。

「大丈夫。皆知ってるから」

「いや、そうだけど。自分から言うのはちょっと……」

「じゃあ葵さん、教えて下さい」

 そして僕の黒歴史が柳さんの口から語られる。

「神田君は去年のちょうど今頃、咲良と出会った」

 まるで恋愛漫画のナレーションのような語り口に花井さんが目を輝かせる。やっぱり女の子はこういう話が好きらしい。次の一言でそういう話で無くなることが分かっている僕は遠くを見つめる。

「血まみれで」

 花井さんは一瞬で目の輝きを失っていた。

「血まみれって、何でですか。事故ですか、事件ですか」

「110番かよ」

 この話題が終わるまで黙っているつもりだったが、思わずツッコんでしまった。柳さんは気にせず続きを話す。

「ほとんど返り血だった。相手は違うクラスの同級生三人。もう全員いなくなったけど」

「いなくなったって、まさか」

「いや、違うから。死んでないから。学校辞めただけだよ」

 どうあっても警察沙汰にしようとする物騒な後輩に釘を刺す。


 当時、僕は生徒会の一員でもないただの帰宅部の一年生だった。

 余所のクラスである女子生徒に対するいじめがあったのは噂で聞いていた。それでも自分には関係ないと思い、特に関わることもなかった。

 だが、ある日帰ろうとして下駄箱に行くとちょうどいじめの現場に出くわしてしまった。

 女子三人と男子三人で一人の女子を囲んでいた。さすがに直接手を出してはいなかったが、下を向いた女子を馬鹿にして笑っていた。

 そこへ僕が偶然通りかかる。

 いじめていた六人は、先生が来たかと思ったらしく一瞬硬直した。その後すぐにへらへらと笑いだす。僕は彼らを見ないようにして自分の靴を取り出す。彼らのうちの一人が声をかけてきた。

「おい、何びびってんだよ。別にお前には何もしねえよ」

 その言葉に周りの奴らも笑う。僕はそれも無視して靴を履いた。それが気に障ったらしく、男子三人が僕を取り囲む。

「聞いてんのか、おい」

 無視するのも限界だと悟ってため息をつく。そして彼らに向き直った。


「それで、神田君が男三人倒して、女三人は逃げ出した」

 柳さんが話をまとめる。具体的な話はしたくなかったので助かった。

「倒してって、返り血で血まみれになるほどの倒し方って……」

 花井さんは納得していないようだが、これ以上その部分は話したくない。

「で、ちょうど会長が通りかかって、『なにこれーーー!!!』って絶叫して大騒ぎ。僕は一週間自宅謹慎で反省文。学校側がいじめに気づいて六人は退学」

 それが僕と会長の出会いだった。当時はその絶叫女子が生徒会役員だなんてことも知らなかったが、一週間後に学校に行くと朝一で呼び出され、生徒会に誘われた。一度は断ったが、ほぼ全校生徒から不良と思われた僕は学校に居場所が無くなり、結局生徒会に入って徳を積むことにした。


「そんな経緯で生徒会に入りましたとさ。めでたしめでたし」

 だいぶ端折ったが無理矢理話を終わらせた。

 花井さんはいろいろ納得してないようでブツブツ何かを呟きながら後を着いてくる。


 すると突然後ろから短い叫び声が上がる。

「な、何!? 何かいる!?」

 僕と柳さんが慌てて駆け寄る。花井さんは叫んだ後その場にしゃがみ込んでしまった。

「何かあった?」

「な、なんか踏みました。ぐにゃってしたやつ」

 花井さんの足下を見る。

「なんて古典的な……」

 そこにあったのはこんにゃくだった。スマホのライトを点けてそれを照らす。ご丁寧に『会長より愛を込めて』と書かれたシールが貼ってある。

「風香。大丈夫。咲良の悪戯」

 柳さんが後輩に手を差し出す。花井さんはその手に縋りついてよろよろと立ち上がる。

「もう、あの人、本当に、もう……」

 言葉が出ないほどに恐怖と憤りが渦巻いている。

 僕はさりげなく柳さんにアイコンタクトを送る。

(二人、やっぱり相性悪い?)

 柳さんは小さく首を振る。

(そうじゃない。良くはないけど)

 大丈夫なのか。会長が誘って、花井さんがそれに応じて生徒会に来たのだから、仲が悪いわけではないだろうけど。本当に親睦を深めるべきなのはその二人なのではないか。

 そんなことを考えながら歩いていると、一瞬、人影が見えた。その影はすぐ校舎の裏に隠れてしまった。

 二人に言うべきか迷ったが、どうせこれも会長の仕込みだろうし、無駄に怖がらせる必要もないと思い、黙っていることにした。

「とりあえず校庭で集合することになってるから、そこまでは歩こうか。校庭は歩き回らなくても全体見渡せるし」

 なんとかこの場をまとめて歩き出す。

 会長、勇吾ペアはおそらく校庭でも何かを仕掛けている、もしくはこれから仕掛けるだろう。宣言通りただ校舎の中を隅々回っているとは考えにくい。


 これ以上、どんな苦行が待ち構えているのか。考えたくないことは考えないようにして、腰の引けた後輩を引き連れてとにかく校庭へ向かった。

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