大切なものは何か
予告状が届いて一週間、十五夜の夜が訪れる。
生徒会の五人で夜の学校に泊まりに来ていた。放課後からずっと生徒会室に篭り、現在午後七時。
会長だけは準備があるから、と言って何度か生徒会室を離れていた。
「この学校の大切なものって何なんですか?」
まだ入学して五ヶ月の花井さんが僕らに尋ねる。
「まあ多分これだろう、みたいな見当はついてるよ」
この学校で一番大切なもの。それなりに大切なもの、くらいのものならたくさんある。生徒や先生の個人情報だってたくさんあるし、物ということでも何かの大会などで生徒が勝ち取った賞状やトロフィーなどもある。
でも、一番大切なものと言われればおそらくこれだ。
「なんですか」
さらに追及される。だが答えたくないので目線で勇吾にパスする。
僕のアイコンタクトを受け取った勇吾は立ち上がりポーズを決めて言った。
「この学校、そのものだ」
右手を前に出し、親指を上げて言ったその姿でしばらく固まる。花井さんがあまりにぽかんとしているので、そのまま沈黙が続いていた。
「……もう座っていい?」
早く座れ、と再び目で伝える。勇吾が座ったところで、花井さんが僕の方を見てくる。今の一幕で勇吾に聞く気は失せてしまったようだ。
「要するに、生徒が授業を受けて部活に励むことができる環境ってこと」
「でもそんなの奪いようがないじゃないですか」
「そうでもないよ。例えば校舎が無くなれば授業は出来ないし。まあどこかで場所を借りれば出来ないことはないだろうけど、現実的には休校になるだろうね」
物騒だなー、と勇吾が暢気に合いの手を入れる。
花井さんはまだ納得できていない様子だった。
「それ、先生達が信じてくれると思いますか」
「絶対信じないな。そもそも予告状自体悪ふざけと思われる」
「じゃあなんで宿泊の許可が出たんですか」
今回の騒動の発端、予告状が届いた翌日には会長が今日の宿泊許可を学校から取り付けていた。
「会長の手腕と言わざるを得ないな」
会長は学校側との交渉に関しては百パーセントの勝率を誇っている。会長が戻ってきたら聞いてみようということになった。
戻ってきた会長に聞いた話はこうだった。
「予告状が誰かの悪ふざけだろう、という意見は私も同じです。だからこそ宿泊許可が欲しいんです」
「生徒会は部活動と違って合宿や大会がありません。日々の活動でメンバー一同顔を合わせていますが、やはり親睦を深める機会が足りないと去年までの活動で感じていました。一年生も増えたことですし、ちょうど良い機会なので、文化祭の準備に入る前に生徒会内の連携を良くするために合宿させてください」
以上が会長が先生方を説得した方法だ。たしかに予告状が悪ふざけだと思っていなければ、生徒を泊まらせるわけにはいかない。
さらに、文化祭の準備期間に入れば生徒会は各部活の折衝、団体毎の場所の割り当て、ステージ発表のスケジュール調整等々仕事が山積みだ。昨年、生徒会の連携ミスでステージ発表に謎の空白時間が生まれてしまったという前例もある。ステージ発表は毎年、生徒だけでなく保護者や来賓も楽しみにしているので、二年続けてミスは許されない。生徒会のミスと言っても基本的に責められるのは大人である先生達だ。
それを持ち出されてはノーとは言えないだろう。去年から生徒会に所属していた会長がその件を言うのは正直ずるいと思うが。
花井さんは若干納得していないようだが、僕等は会長の突飛な行動にはこの半年で慣れているので特に何とも思っていなかった。
「それで、合宿なんて言葉を使ったからには何かしないといけないんじゃないですか。ただお泊まりしました、じゃあさすがに文句言われません?」
「といっても、俺らは部活じゃないから練習もなにもないけどな。いっそ本当に犯人探しでもしますか」
僕と勇吾が適当に話を振る。だがそれに答えたのは会長ではなく花井さんだった。
「悪ふざけっていう保証はないですよね。本当に何か盗んだり壊したりしようとしてる人がいるかもしれないです」
僕と勇吾と柳さんは顔を見合わせて何とも言えない表情になった。ちなみにここまで柳さんは一言も発していないが、寝ているわけではなくただ黙って成り行きを見守っていた。
「風香、あのね……」
ついに柳さんが声を発したが、言い切る前に会長に遮られる。
「そう、その通りよ。さすが風香。私もそう思ってたの」
会長が立ち上がる。テンションが上がってきたらしい。良くないことの前触れだ。
「いや、でも会長、これはさすがに本気じゃないでしょう」
「本気だとしたらわざわざ予告状を出す意味が無いですし」
「咲良……」
余談だが、会長と柳さんは家が近所で幼馴染みらしく、普段はお互い名前で呼び合う。そんな幼馴染みの声もテンションが上がっている会長には届かない。
「ということで、これから予告状を出した犯人を探しに行きましょう。学校全体を回るのは大変だから、二手に分かれるよ」
すでに決定事項のようだった。
「この生徒会室を出て、一階から三階の見回りと、念のため屋上の施錠まで確認するのが一班。校舎の外回りと校庭を見回るのが二班。私と森下君が一班、秋仁君、葵、風香が二班ね。それじゃあ行くよー」
と言って会長が生徒会室を出る。あまりの勢いに誰も動けずにいると、
「何してるのー、行くよ、森下君ー」
と勇吾を呼ぶ声が響き、慌てて勇吾が追いかける。
そして三人が残り、沈黙が訪れる。ほぼ初対面の後輩と、半年一緒に活動してきたがろくに会話をしたことがない同級生。
校舎を走り回る二人の足音を聞きながら、僕は途方に暮れていた。
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