第31話 これは、すごいな
「では、目を閉じてください」
閉じた目に、シノアの手が当てられる。
ほっそりとした頼りない手。
ひんやりとした温度は、歩き回った体には心地いい。
しかし、これは少し冷えすぎじゃないか?
日も傾いて、少し気温も下がってきているとはいえ。
シノアも俺と一緒に歩きまわったんだし、もう少し暖かくてもいいだろうに。
これが終わったら、早く戻って何か温かいものでも作ってもらうとしよう。
そんなとりとめのない事を考えていると、まぶたに添えられた手が少し熱を帯び始める。
「魔力を、流しますね」
それと同時に、シノアと俺の間の見えない糸を通して何かが流れてくるのを感じる。
『魔力の循環』
と言っていただろうか。
普段は意識しなければ感じないが、こうやって流れてくるとよくわかる。
主従契約を結んだばかりの時も感じていたが、なるほど、これが魔力が流れる感覚というやつか。
体の中を、何かが流れている感覚はなんとも不思議な感じだ。
血液が流れるのを感じることはないからな。
しかも、俺だけではなく、シノアとも繋がっているから、自分の境界がわからなくなって少し怖いな。
嫌な気分ではない、が。
「アキテルさま、大丈夫ですか?」
「何に対してかはわからんが、特に問題はない。
魔力の流れる感覚というのは、なんとも面白いものだな」
これが自分で扱えるようになれば、もっと色々できるようになるんだろうな。
「魔力酔い、のようなものは……?」
「んー……一切ないな」
「さすがです。
では、私の視角を繋ぎますね。
合図をしたら、目を閉じたまま、目を開けてください」
「おう、わかっ……ん? なんだそりゃ?」
なにかのトンチか?
「ああ、すみません。
えっとですね、実際には目を開けないんですけど、意識の上では目を開ける、というか。
……わかりますか?」
「やってみるか……」
「では、いきますね。
3……2……1……0!!」
目に添えられた手はそのまま。
まぶたの内側にもう1つまぶたがあるかのよう意識して、目を閉じたまま目を開く。
すると……
「これは、すごいな」
実際には目を開けていないのも関わらず、俺の目には外の光景が広がっていた。
「シノアは、いつもこんな光景を見ていたのか」
強弱の差はあれど、目に映る全てが淡く光っていた。
「普段から、ではないですけどね。
魔力の流れを見ようと思うと、こんな風に見えるんです」
「なるほど、この淡く光っているのが魔力、というわけか」
「はい。
草や木、生きている全ての物は必ず魔力をまとっていますから」
「で、あれがそうか」
ちょうど見えている視界の中央。
少しだけ土が露出している場所に、少し強めの光が残っていた。
そして、その光は、そのまままっすぐ上に伸びていた。
しかも、少し離れた場所にも同じような光の筋があり、最終的に木の上で合流し、ここから遠くへ離れるように続いていた。
「木の上、か」
「ええ。
明らかに、人間の動きではないですね」
「確か、宿屋のおやじが言ってたのも、猿のような魔物、だったか」
「おそらく、この動きはその魔物だと思っていいかと。
あの向かう先が魔の森ですし」
「ふむ」
だが、親父が言うには、その魔物が森から出てくることは通常ありえない、ということだったはず。
本来、魔の森から出ない魔物が、街の近くまで来ている。
しかし、その姿はどの冒険者も見ていない。
俺らにしたって、シノアが魔力の流れをチェックしていなければ気づくことはなかった。
これは、思ったよりもおかしなことになっているのではないだろうか……。
なんとも嫌な予感を抱えながら、俺たちは街に戻った。
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