第30話 Don’t Think.Feel
「大丈夫か?」
「うぅ、気持ち悪いですぅ……」
転移した場所は門のすぐそばは、山とはいえ少し開けた場所になっていた。
さすがにベンチなどは置いてはいなかったものの、座って休んでも邪魔にならないくらいのスペースはあった。
「ほら、水飲んでおけ」
「ありがとうございますぅ」
水筒を手渡すと、シノアはゆっくりと水を飲む。
「しかし、そんなになるものか?
確かに少しクラっと来る感じはあったが……」
ここまで酔うほどのものではないように思ったがなぁ。
「アキテル様は、転移中、魔力の流れが複雑に入り乱れているのを感じませんでしたか?
あれのせいで、方向も上下もわけがわからなくなっちゃったんです」
「魔力の流れ……?
ふむ、言われてみればなんか変な感覚はあったな。
あれがそうなのか」
「そうなんですぅ……」
ふえぇ~、という気の抜けたため息とともに、長い耳がパタリと垂れ下がる。
いや、実際にはそんな犬猫みたいな動きはしないんだが、なんとなくそんな雰囲気を感じる。
よほど辛かったのだろうが、なんとも可愛らしい。
しかし、魔力の流れ、か。
エルフというのは高い魔術適正を持つ、という話だからな。
昨日今日魔法を知った俺と違って、シノアにとっては相当辛いのかもしれないな。
ん? ちょっと待てよ。
魔力適正の高い者が魔力酔いする、ってなら、シノア以外でも同じように酔うんじゃないか?
となると、他の冒険者でも同様なことが起こりうるわけで……何かしら対策がありそうだな。
今度、ギルドで聞いてみるか。
「はふー、なんとか大丈夫そうです~~」
そう言ってシノアが立ち上がる。
喋り口調はとろけたままだが、足取りは安定したようだ。
「よし、それじゃあ行ってみるか。
とりあえず今日は時間も遅いし、周辺調査だけにして早めに切り上げよう」
「はぁ~~い」
本当に大丈夫か……?
それから小一時間ほど、周囲をゆっくりと回ってみた。
山だ森だ、とはいえ、街が近いこの辺は、そこまで断崖絶壁というわけでもなければ、空が見えないほどの深い森というわけでもない。
宿のオヤジが言う『魔の森』は、もう少し遠くにあるらしいし。
そこまで行けば、昼なお暗い、との話ではあるが、ひとまず今日はそこまでいくつもりはない。
というか、日が落ちる前には撤退しておきたい。
ただでさえ街灯のないような場所だ。
夜目の効かない中うろうろするには危険すぎる。
しかし、一匹の魔物にも遭遇しないな。
所々で冒険者らしき人影もちらほらと見かけたが、戦闘をしている場面には遭遇しなかった。
実際、何人かに話を聞いてみたが、誰一人として今日は魔物を見ていないという。
「ま、たまにそういう日もあるからなー」
とのこと。
門自体に魔物よけの処理がされているらしく、そもそもこの辺は少ないとか。
やはり、明日は奥の方に行かないとダメなようだな。
「アキテル様」
「どうした?」
そろそろ切り上げようか、と思っていた所で、急にシノアに呼び止められる。
「これ、見てください」
シノアの指差す先を見てみると、地面にこぶし大に凹んだ箇所が見て取れた。
雑草も石もなく、ただ土の茶色だけが見えていた。
「誰かが勢いよく踏み込んだ、とか、そういう跡じゃないのか?」
「いえ、それにしてはとても不自然なんです」
「どういうことだ?」
それなりに人の動きがあるのだから、普通にありそうなもんだが。
「先程、魔力の流れ、というお話をしましたが、この跡から続く魔力の残滓がおかしいんです」
「残滓? そんなのまでわかるのか」
「はい。
と言っても、使用後そんなに時間が経っていない場合、もしくは、非常に強力な魔力を使った場合、に限りますが」
「ということは……ここで少し前に誰かが魔力を使った、と」
「おそらく
しかも、この動きからして、人ではなく魔物かと」
ふむ。
あれだけ目撃情報のなかった魔物が、ついさっきまでこの辺りで活動していた、と。
よほど用心深いということか。
「俺にもその魔力の残滓とやらは見ることはできるのか?
シノアの仮説の裏付けをとっておきたい」
「えー、私、嘘とか言いませんょー?」
ぷーっとむくれるシノア。
なんとも可愛らしい仕草だ。
「わかってるよ。
ただ、同じ事象でも複数の角度から検証することは大事だからな」
頭をなでながら、諭すように言うと、
「ふふ、わかってますよー」
と、ころっと表情を変える。
『嘘を言わない』と言った口でこれだよ。
まったく。
「いひゃい、いひゃいでふあきてふさはー」
お仕置き代わりにほっぺを引っ張ってみたが……この感触はなかなか癖になりそうだ。
「……うぅ、ほっぺが伸びたらどうしてくれるんですかー」
頬をさすりながら、軽く睨みつけてくる。
「大丈夫だ、あれくらいじゃ伸びない」
「いや、そーですけどー」
「いいから、アホみたいなことしてると時間がなくなる。
やり方を教えてくれるか」
「は~い」
実際、日はほぼ落ちてかなり周りが暗くなってきていた。
ここは門から少し離れているし、なにより魔物が隠れている可能性が高いのだ。
なるべく急いだほうがいい。
「と、言ってもですね。
特にこうやる、っていうわけでもなく、何となく感じるってだけなのでやり方と言われてもどう説明したらいいのかわかないんですよねぇ」
「Don’t Think, Feeeeeeeeeeeeeeeel!
というやつか」
某有名なカンフースターのモノマネをしてみたものの、さすがに通じるわけが、
「あはは、アキテル様そっくり!」
「……なぜ通じる」
予想外の反応に、かえってこっちがびっくりしてしまう。
「なぜ、って……。
えーっと、結構前の転移者さまがよく言っていて、記録映像が残っているんですよ。
以前いたお屋敷のお子様が好きでよく見ていらっしゃったので、私も覚えてしまいました。
手刀のみで魔物を一刀両断にしていたり、魔法や武器による攻撃を肉体のみで弾き返したり。
武器も防具も用いないのにものすごく強くて、不思議な感じでしたね~」
「そうなのか」
確か、“彼”はかなり若くして『死因不明』で亡くなっていたはずだが、まさかこの世界に来ていたとはな。
チート能力は、究極の身体強化、といった所か。
俺とは戦闘スタイルが違うが、身体強化、というのはアリだな。
今度考えてみよう。
「っと、それはそれとして。
どうしたものかな」
まさに感じるしかないわけだが、魔力とは無縁の世界にいたわけで。
指針すらないのは困ったものだ。
「あ、そうだ。
それなら、私の感覚を共有してみませんか?」
「そんなことができるのか?」
「主従契約を結んでいるので、多分できると思います」
「どんな感覚か掴むのにはよさそうだな。
ダメならその時に考えたらいい、やってみよう」
「はいっ!」
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