第25話 まさか俺がこんなことをするなんてなぁ

「結論からいいます。

 私が使った主従契約というのは、単なる契約魔法とは違い、私の全てをアキテル様に捧げる、というものです。

 そして、一度契約を結ぶと、どちらかが死ぬまで解除はできません」

「……は? え、ちょっと待て。

 全てを捧げる、と言ったか?

 それに解除不能!?」

「はい、私の全てを捧げる、と言いました。

 アキテル様が望めば、それがなんであれ私は全てお応えします。

 アキテル様のためになることであれば命ですら差し出します。

 お互いの魔力が行き来しているので、アキテル様は私が使える魔法・スキルは全てお使いになれますし、魔力タンクとしてお使いになることも可能です。

 そして、その一切に、拒否権もなければ同意も必要ないんです。

 アキテル様が死ねと仰るのであれば、私はそれを受け入れます」


 言葉にならなかった。

 なんだそれは。

 昨晩も同じような話をしたが、エルフの人生観・死生観というのは皆こうなのか?

 それとも――


「それは、シノアにとって、なにかメリットがあるのか?」

 何もないのに全てを捧げる、なんてありえないだろう。

 で、あれば、何かしらのことがあるに違いない。

「メリット……?

 ええと……なんでしょう。

 そんなことを聞かれるとは思いませんでした……そうですね、アキテル様と共に居られること、でしょうか?」

「は? それだけ?」

 だが、返って来た答えはあまりにも軽く、変な声が出てしまった。

「それだけ、ではありません。

 それが今の私の全てなんです!」

 だが、シノアの瞳には一切の曇りがなく、真剣そのものだった。

 冗談や茶化した雰囲気は全くない。

「……どうしてだ?

 出会ったばかりの相手に対して、どうしてそこまで?」

「…………」


 ふと、沈黙が訪れる。

 シノアの考えが読めない。

 俺には、その真意がわからない。


 昨日から、同じような問答の繰り返しだな。

 シノアの想いは、ただの吊り橋効果による一過性のものだと思っていた。

 その場の勢いだけで、この先の人生を全て投げ打つ覚悟など、簡単に決められるものではないし、決めていいものでもない。

 一体何が彼女をそうさせたのか、俺にはさっぱり理解できなかった。


『アキテルさまが死ねとおっしゃれば死ぬ覚悟だってあります』


と、言っていたのを思い出す。


 だが『覚悟』と『契約魔法による強制』では全く意味合いが違ってくる。

 通常の契約魔法でよかったものを、なぜそうまでして……。


「私は」

 そうして、俺が思考を回していると、シノアがゆっくりと口を開く。

「奴隷に身をやつして以来、ただ死んでいない、というだけでとても生きているとは言えないものでした。

 だからと言って、自ら命を断つ勇気もなく。

 ただただ流されるままに、生ける屍と言ってもよかったでしょう」


 確かに、昨日助けたばかりのシノアの目は、くすみ、よどみ、濁っていた。

 何もかもを諦めたような、絶望を背負った目。

 生ける屍、か……。


「それを、そんな死んだ私を。

 生き返らせてくれたのがアキテル様なんです!」

 うつむきがちに話していたシノアが顔を上げ、まっすぐとこちらを見つめる。


 コバルトブルーの澄んだ瞳がきれいだな、なんて。

 この場にふさわしくない感想を持ってしまう。

 生き返らせた、か。

 何かを諦めたようなあの瞳からすぐに影が消えることはないだろうけれど。

 本当の輝きが戻った姿を、ちょっと見てみたい、と。

 そう思った。


「正直な話。

 この想いは、どういう類のものなのかは、自分でもわかりません。

 恋や愛といったキレイなものは私にはありません。

 ただの依存だと、おっしゃられるのであれば、そうなのかもしれません。

 再び奴隷としての人生を生きるのが嫌で、アキテル様を利用しているだけなのかもしれません。

 もしくは……」

 一旦言葉を切る。

 再びうつむき、絞り出すように言葉を紡ぐ。

「死ぬのであれば、アキテル様の手で死にたい。

 それだけなのかも……しれません……」


 最後は言葉になっていなかった。

 うつむいた顔からは、涙が雫となって落ちている。

 堪えるような嗚咽が漏れている。


 はぁ……。

 女の涙には裏があると思って生きてきたが、これでシノアに騙されるのであれば、それはそれでいいのかもしれないな。

 柄にもないことを考えながら、彼女を抱き寄せる。

「アキテル……さま??」

「責めるようなことを言って悪かったな。

 だが、今後は必ず説明と相談をすること。

 それと、勝手に死ぬのは許さん。

 死なせるために助けたわけじゃないんだから」

「……それは、ご命令ですか?」

「いや。

 ただの約束だよ」

「……はいっ!!」


 そう言うとシノアは俺の背中に腕を回し、ギュッと力強く抱きついてくる。

 そのまましばらく、胸に顔をうずめたまま声を殺して泣く。

 俺は、そんな背中を優しく撫で続けるのだった。


 やれやれ。

 まさか俺がこんなことをするなんてなぁ。

 我が親友が見たら……手を叩いて笑われそうだ。


『アキテルが、女の子抱いて背中ぽんぽんて!!!

 うっわー、貴重なもん見た!

 なぁなぁ、写真撮って拡散していいか!?』


 いいわけあるか、ったく。




「ああ、そうでした、アキテル様。

 一ついい忘れていたんですけど」

 ようやく泣き止んだシノアが、ちょっとバツが悪そうに言う。

「ん? なんだ?」

「アキテル様が死ぬと私も死んでしまうので、気をつけてくださいね?」

「……シノア?」

「はい?」

「そういう大事なことは、もっと早く言えーーーー!!!!!」

「ごめんなさいーーーーー!!!!」


 はぁ、やれやれだ。

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