第23話 会ったばかりの人間を信用する者などいるわけがない

「……おやじ何を言っている?

 俺は田舎から出てきた商人で、命からがら『トロルの灰』を――」

 咄嗟に決めていた“設定”で対応をする。

 嫌な予感がしていただけあり、顔には出なかったはずだ。

 多少不自然だとしても、むりやりにでも押し通してしまえ。

 金を払う客である以上、そこまで突っ込んではこないだろう。

 しかし、なぜそんなことを聞いてきたのだろう。

 俺が転移者かどうかなんて、関係ないと思うんだが。

 『転移者』に対して恨みでもあるのか……?

 しかし、一括に『転移者』と言っても、直接俺に恨みが有るとも思えない。

 だとすると、あの女神……?

 いや、さすがにそれはないか。


「あっはっは、ぴくりとも顔色変えね―のはさすがだな、にーちゃん。

 そう警戒するな、別に取って食おうってんじゃねーんだ」

「警戒も何も、本当に俺は」

 それでもシラを切ろうとする俺に、オヤジがニヤリと笑ってかぶせる。

「あのな……この世界にな『エレベーター』なんてあるわけねーだろ。

 あそこにあるのはただの扉だよ、横の魔石はただの鍵よ。

 にーちゃん、度胸もあるし頭もいいようだが、さすがに経験不足だな」


 ……。

 これは、観念した方がよさそうだな。

 というか、

「わかった、認める。

 確かに俺は転移者だ。

 だが……」

「ああそうだ、俺も転移者だ」

 やはりな。

「え、え!? えええ!?!?」

 まぁ、シノアはわかってなかったようだがな。


 ひとまず。

 あまりおおっぴらに話す話題でもないので、俺たちの部屋に移動することにした。

 7階まで階段で登るのはなかなかに大変で、部屋についた頃にはシノアは息も絶え絶えだった。

「さて、とりあえず自己紹介といこうか。

 俺はレンジ、転移者だが、今はしがない宿屋のオヤジだ」

「俺はアキテルだ。

 つい昨日この世界に来たばかりだ」

「わ、私はシノアと言います。

 えっと……アキテルさまの奴隷です」

「ぶっ!」

 口に含んだ水を思わず噴き出しかけた。

「なんとなく主従関係なのは見て取れていたが。

 にーちゃん、来て早々奴隷を買うなんて、やるじゃねーか」

「待て待て待て待て。

 仮の話だ、仮の! シノアも誤解を招くような言い方をするんじゃない!」

「でも~」

「“でも”も“だって”もない!

 オヤジも笑ってんじゃねぇ!」


「わりぃわりぃ、思っていたのと違う反応が面白くてな」

「ったく。

 で、どうして『転移者』であることを明かした?」

 俺が隠していたのと同じ理由で、オヤジだって明かすことによるメリットはないはずだ。

「あの、本当にオヤジさんは『転移者』なんですか?

 私の記憶では、過去全ての転移者・・・・・・は何かしらの原因で死亡していたはずなのですが……」

 それは俺も疑問に思っていた。

 あの痴女女神も俺の前任49人は全て『散っていった』と言っていた。

 散る=死ぬ、だと思っていたのだが、そうではないのだろうか。

「それを説明するには、俺のスキルを話さなければいけないんだが……。

 にーちゃん、秘密は守れるか?」

「ふむ……スキルの開示、か」


 転移者であることを明かすリスクを犯した以上、そこから先は同じ、ということだろうか。

 だが、何かが引っかかる。

 会ったばかりの人間を信用する者などいるわけがない。

 と、すれば、何かしら裏があるはずだ。


「何が目的だ?」

「ん?」

「目的だ、目的。

 俺に転移者であることを明かし、自らのスキルについても明かそうとしている。

 はっきり言えば、そんなものはリスクの塊でしかない。

 『秘密を守る』と言った所で、それを俺が守る保証なんて欠片もない。

 そもそも会ったばかりの男を無条件で信用する理由が見当たらない。

 故に、何か裏があるのだろう?」

 一気にまくしたてる俺に、オヤジは目を丸くして黙り込み顔を伏せる。

 こんなことで落ち込むようなタマには見えなかったが、意外と繊細なのか?

 いや、違うな。

「っくっくっく、いいねいいね!

 やっぱりお前さんは俺の思った通りだよ」

 ほらな。

 こっちを見る顔には、これまでの気のいいオヤジからは程遠い、一癖も二癖もありそうな笑顔が張り付いていた。

「つってもよ、別に大した話じゃねーよ。

 ちょいと頼みて―ことがあるだけだ」

「頼み、か。

 内容次第だが、聞いてやろう」


「その前に、一つだけ聞いておきたいことがある」

 スッと、今までの笑みを消し真面目な顔になる。

 なんとも忙しいオヤジだ。

 それ故に、真意が読めないんだが。

「嬢ちゃん」

「は、はい!」

「お前さん、主従契約・・・・を使ったな?」

「なんの、ことでしょう?」

 オヤジの問いかけに、露骨に目をそらすシノア。

 それでは認めたも同然だと思うが。

 しかし、『主従契約』、か。

 それは通常の『契約魔法』とは違う、と見て間違いなさそうだ。

 なるほど、それがシノアと俺が行ったものの正体ということか。

「ごまかしても無駄だぜ?

 俺の右目は特別製でな、魔力の流れを見ることができるんだ。

 明らかにお前さんらの魔力が混ざり合い行き来し合ってるのが見えてるんだよ」

「っ!」

 みるみるシノアの顔が青ざめていく。

 ……ちょっと待て、そんなヤバイものを使ったのか!?

「オヤジ、その『主従契約』ってのはなんなんだ?」

「アキテルさまっ!」

 俺の問いかけに、シノアが慌てて止めに入る。

「シノア、黙って」

 だからといって流すわけにもいかない。

「……はい」

 少し強い口調で言うと、観念したか、シノアは黙り込んだ。

 やはり会ったばかりの人間など信用してはいけなかった、ということか。

 まさか呪いの類ではあるまいな。

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