第21話 空腹時にうまそうな香りの中に放り込んではいけない
「よし、通っていいぞ。
災難だったな」
「いえ、ありがとうございます」
門番に見送られ街の中に入る。
シノアの体を舐め回すような視線にはイラッとしたものだが、なるほど奴隷というのはこういう扱いになるのだな、というのがよくわかった。
“野良”のままでなかったのは、よかったと言えるだろう。
ちなみに『災難』というのは、ゴブリンに襲われた商人だ、と名乗ったからだ。
必死の思いで『トロルの灰』を運んできた、と説明したのだ。
シノアから聞いた話によれば、どうやら『トロルの灰』というのは非常に効果の高い回復薬の材料となるのだそうだ。
だが、トロル自体を倒すことの難易度の高さに加え、灰の臭い(人間ではわからないレベルのごく僅かな)にゴブリンが群がってくることもあり、かなりレアな素材になのだとか。
そういう意味でも、『トロルの灰を運ぶ途中にゴブリンに襲われる』ことはよくあることで、また、それだけ貴重な品を持っている商人が奴隷を連れていることも不自然ではないらしい。
仮に、多少不自然であっても、トロルの灰を持ってきたという事実だけでほぼ無条件で入れるということらしいが……できるだけ不自然さは消しておきたい。
変に目をつけられてもいいことがないからな。
――あれから。
事情説明の前に、まずは日の高いうちに街に入りませんか、と、シノアの提案に乗ることにした。
街に入るのに長々と手続きもあるだろうし、なにより目の前に街を見ながら野宿というは避けたいしな。
素直に従うことにした。
シノアはあからさまにホッとした顔をしていたが……残念ながらこのままなかったことにはするつもりはない。
落ち着いた所で、じっくりたっぷりと聞かせてもらうことにしよう。
で、街に入るにあたって、『転移者』であることは隠したほうがいい、という話になった。
理由は色々あるのだが、奴隷を持っていても不自然じゃない、ということと、『転移者』の立場が低い、ということがあった。
これまで49人がことごとく失敗しているのだ。
魔王の驚異が日に日に強くなっている中、また役立たずが送られてきた、という扱いになっているらしい。
まだ何もしないうちからそんな風に思われるのも面白くないし、公言しない方が何かと動きやすそうだ、ということでいくつか案を煮詰めた結果、商人になりすますことにしたのだ。
「おお、なかなかに大きな街だな」
門をくぐり中に入ると、そこには中世ヨーロッパと言った風情の街並みが広がっていた。
広く整備された道と行き交う馬車、その両脇に並ぶ様々な店。
店頭ではにぎやかな声が聞こえている。
そのまま真っすぐ進んでいくと、噴水のある大きな広場に出る。
そこでは所狭しと露店が並んでおり、食べ物からよくわからないものまで、ありとあらゆるものが売られていた。
「おう、にーちゃん、うちの串焼き食ってけよ」
物珍しそうに辺りを見渡していると、ガタイのいいおっちゃんが声をかけてくる。
振り返るとそこでは肉汁の滴るとてもうまそうな串焼きが並んでいた。
ぐぅぅぅぅぅ
シノアのお腹から、可愛らしい音がする。
「うぅ……」
「ぷっ、ははは。
昨日からろくなもの食ってないしな」
恥ずかしそうに赤い顔をしているのがなんだかおかしくて笑ってしまったが、よく考えれ俺だって腹が減っている。
「じゃあ、特にうまいやつを2つくれ」
「おうよ!
まいどあり!」
腰の革袋から小銅貨を数枚取り出し(奴隷商が持っていたものをありがたく頂いた)、おっちゃんに渡す。
ぐぅぅぅぅぅ
串を受け取り、肉の焼ける匂いを間近で嗅いだ瞬間、俺の腹からも盛大な鳴き声が響く。
「ほい、シノア」
「ありがとうございます」
ほふほふ、と熱い肉を頬張る。
しっかりと歯ごたえがありながら、硬すぎるわけでもなく。
ほろほろと解ける感じは牛に似ているだろうか。
塩を振っただけのかんたんな味付けにも関わらず、溢れ出る肉汁に口が幸福に包まれる。
「うまいな!」
「はいっ!」
腹が減っていたのもあるが、本当にうまい肉だった。
「そうだろうそうだろう。
うちのはいい肉使ってるからな。
他よりはチィとばかし高いが、それ以上の味は保証するぜ!」
「ごちそうさま、とてもいいものを食べさせてもらったよ。
ここにはいつもいるのか?」
「おう、足の骨が折れたって、腕さえ無事ならここにいるぜ!」
二の腕をバシバシ叩きながら答えるおっちゃん。
冗談なんだろうが、やりかねない……冗談だよな?
「また来させてもらうよ」
「待ってるぜ!」
串焼き屋のおっちゃんに別れを告げ歩き出すと、そこここからうまそうな匂いが漂ってくる。
少し腹に入れたせいで、かえって腹が減ってきた。
腹が減ってはなんとやらだ。
ぐるっと回って腹を満たすとするか。
「よし、シノア。
宿を探す前に腹ごしらえをしよう。
うまそうなものがあったら、すぐ報告するように!」
「はいっ!!」
まぁ、わざわざ報告を待つまでもなく、どの屋台もうまそうなものばかりなんだけどな。
この一角はそういうエリアなのだろう。
そういえば、あの女神が環境は似ている、と言っていたな。
あんまり違いすぎると、世界に馴染むのに時間がかかりすぎてしまうので、基本的にそういう基準で世界を選ぶのだそうだ。
『ガス状生命体の星とか、基本的に光合成で生きている人間の星とか、そんな所に行っても大変でしょ?』
とかなんとか。
一度くらいはその『ガス状生命体』を見てみたくはあるが、そんな世界でまともに生きていける気がしなかったので、ほんの少しだけ感謝はしている。
ほんのほんのほんの少しだけな。
「ふぅ、結構食ったな」
「ちょっと食べすぎました」
空腹時にうまそうな香りの中に放り込んではいけない、を実証するかのように食いまくってしまった。
しばらくは一歩も動きたくない。
噴水の周りのベンチにもたれかかり、空を仰ぐ。
「なんだ、にーちゃんたち、まだこの辺にいたのか。
って、どうした? 具合悪いのか?」
二人してだらりとしていると、先程の串焼き屋のおっちゃんに声をかけられた。
「ん? ああ、さっきの。
いや、単に食べ過ぎただけだよ」
「もう何も食べられません~」
「ぶ、あっはははは。
あんたらこの街は初めてだろ?
宿が決まってないなら、うち来ないか?
安くしとくぜ?」
「なんだ、おっちゃん宿もやってるのか」
腹が落ち着いたら宿を探さねばならなかっただけに、願ってもない申し出だった。
「むしろ
昼間はやることがないから、あそこで屋台だしてるんだよ」
「なるほど」
しかし。
確かにありがたいにはありがたいが、値段も聞かず宿そのものも見ずに即答するのもどうか。
「ちなみに、宿泊代は夜と朝の飯代込で一人銅貨7枚だ」
「その“飯”ってのは、さっきの屋台と同じくらいうまいのか?」
「いや、あれは素材がうまいだけだ。
宿で出す飯は、もっと手をかけているからもっと美味いぞ」
「……念の為、部屋を見てからでもいいか?」
「おう、それで構わん。
実際に見たら即決だと思うがな!」
すごい自信だ。
屋台をグルっと回って見た感じ。
おおよそではあるが、この世界での小銅貨は日本円で100円くらいだと思ってよさそうだ。
小銅貨10枚で銅貨1枚(1000円)、銅貨10枚で小銀貨1枚(1万円)、小銀貨10枚で銀貨1枚(10万円)となるとか。
さらにその上に金貨(100万円)とか白金貨(1億円)とかもあるらしいが……実際にお目にかかることはないだろう。
と、考えると、だ。
朝夕の食事、しかも手の込んだうまい飯がついて一人7千円であれば、下手なビジネスホテルに泊まるよりリーズナブルだと言えるだろう。
こっちの相場はよくわからんので、もしかしたら超高級宿の可能性がないわけでもないが。
はてさて。
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