第20話 まるでブラック企業の話を聞いているようだ

「あんな話をしたばかりで少し言いにくいのですが」

 いよいよ街の外壁が遠くに見えてきたあたりで、シノアがそう切り出す。

「ん? どうした?」

「ええと、ですね……。

 アキテルさま、私と奴隷契約をしていただけませんか?」

「……シノア、だからそれは――」

「そ、そうじゃないんです!」

 たしなめようとした俺の言葉に、だがシノアの言葉がかぶさる。

「どういうことだ?」

 確かに、言いにくい、とわざわざ言って切り出したのだ。

 何か理由があるとみるのが普通か。


「その、街に入るために、必要なんです」

「……ふむ。

 詳しく教えてもらえるか?」


 一旦街道を離れ、木陰に移動する。

 魔法の鞄マジックバッグから奴隷商人の馬車に残っていたクッションを取り出し、2つ並べる。

 なにかお茶でも欲しくなるところだが、残りの水も少ない。

 まぁ、茶飲み話をしようというのではないのだから、問題ないか。

「で、どういうことなんだ?」

「街に入るには『IDタグ』と呼ばれるものが必要なのですが――」


 シノアの話をまとめるとこうだ。

・街の出入りには『IDタグ』(地球で言うドッグタグのようなもの)が必要

・それぞれのタグには簡易の個人情報が入っている

・魔力紋(指紋のようなもので一人ひとり違うらしい)によって登録されているので、偽造はできない

・街の入口では、そのタグの確認が行われる

・基本的には犯罪歴などのチェックだけで簡易なチェックのみ

・田舎までは行き届いていない制度なので、持っていない場合でも一定の金額を支払えば新しく作ることができる。

・ただし、犯罪歴のあるものが誤魔化そうとしても、魔力紋が記録されているため新規作成時にバレるようになっている


「なるほど。

 大体の内容はわかった。

 だが、それと奴隷契約とはどう関係するんだ?

 奴隷イコール犯罪者、ではないのだから、なくしたとでも言えばいいのではないか?」

「それが、ですね……」

 少し言い淀んだあと、シノアは右手の甲ををこちらへ向ける。

 ちょうど中央あたりに、銀色の模様のようなものがある。

「奴隷は……奴隷に落ちた時に、タグを体内に埋め込まれることになっているんです……」

「この銀色のものは、模様ではなくタグなのか!」

「はい。

 それと……」

 何かを思い出したか、つらそうな表情を見せるシノア。

「奴隷は、契約の紋章を確認されます……」

「紋章……って!」

「はい……」

 つまり、周りに人が見ている前で服をまくって腹を見せなければいけなかった、ということか。

 ……だから、わざとあんな場所に……。

 本来しなくてもいいはずの確認をして辱めるために……。

 どこまでも胸糞の悪い話だ。

「『野良奴隷』かどうかの確認をするため、という事にはなってますが」

「野良、というのは、主人のいない奴隷ということか?」

「はい……主人のいない『野良奴隷』は、初めに見つけた人が自由にしていいことになっているんです……」

 ほんと、この奴隷制度というやつは救いがたい。

「つまり、埋め込みタグがあって、紋章がないと、それを最初に発見した『門番』か何かが好き放題できる、と」

「……そういうことです」


「はぁ……」

 大きくため息が出る。

 まさかこんな重い話が来るとは思わなかった。

 どうやら、俺の認識もまだまだ平和な日本に浸かったままだということか。

「先に言っておく。

 俺はシノアを奴隷として扱うつもりはないし、完全に奴隷から解放できる方法があるのであればそれをする」

「……え?」

「だから、奴隷として振る舞うことは禁止する、いいな?」

「あ、あの、本当にいいのですか?

 私を好きにできるんですよ?」

「……だ、だから、そういうのをだな」

「一瞬、考えましたよね……?」

「そ、そんなことはない!」

 どうにもこういう流れになると弱い。


『アキテルはさー、孤独を愛するイケメン王子、って呼ばれてるけどさー。

 ただの、残念コミュ症ボッチ王子だよねー』


 我が親友の声が脳内に蘇る。

 言いたい放題言いやがって、とは思ったが、あの時もまともに反論できなかった覚えがある。

 やれやれだ。


「とにかく!

 奴隷契約の必要性についてはわかった。

 だが、タグ制度のない田舎者が奴隷を持っている、ということで怪しまれることはないか?」

「いえ、むしろ地方で人手が賄えない所こそ奴隷が重宝されますので」

「なるほど」

「基本的には、キツかったり汚かったり危険だったりする作業が多いですね。

 延々と休ませずに事務作業させる、なんてのもありますし……私のように愛玩目的というのも……」

「す、すまん……」

「いえ……」

 どうにもすぐに地雷を踏み抜いてしまうな。

 しかし、こう聞くと、まるでブラック企業の話を聞いているみたいだ。

 ……ん? つまり、ブラック企業の社員とはどr……い、いや、やめておこう。


 あー、どの世界でも3Kな仕事はそういう扱いになるんだなー。


 さて。

「それじゃ、さくっと奴隷契約とやらを済ませてしまおう。

 どうやればいいんだ?」

 あまり気負ってもしょうがない。

 街に入るため、シノアが変なやつに好き勝手されないため。

 いわば仮契約だ。

「まず、紋章の場所を決めます。

 できれば、あまり目立たず、確認される際に恥ずかしくない場所がいいのですが……」

「ふむ、どこがいいかな」

「オススメは左胸の上の辺りです」

「……待て。

 それは、見せなければいけない時に恥ずかしくないのか!?」

「上側であれば、服の上から覗き込んでもらうだけですので。

 こんな感じに」

と言って、襟ぐりを引っ張り前かがみになる。

「いい! いい! 見せんでいい!」

 こちらに迫ってくるシノアの肩を押しやる。

 ったく。

「アキテルさまって、こういうアプローチに弱いですよね」

「……う、うう、うるさい!」

「まさか、童貞……?」

「どどどどどどど、童貞ちゃうわっ!!!!」

「ふふふ……」

 待て、何だその笑みは。


「話が進まんだろうが、続けるぞ」

「……逃げた」

「と、とにかく、二の腕の内側とかでいいんじゃないのか?

 袖のある服を来ていれば目立たないだろうし、見せる時も袖をまくるだけだし」

 シノアの言葉を無視して続ける。

 微妙に恨めしそうな顔をしているが、付き合っていたら日が暮れてしまう。

「あー、はいはい、そうですねそれでいいんじゃないですか?」

「一気にやる気なくしたなお前……」

「だってー」

「だってじゃない」

 なんだか、少しずつシノアのかぶっていた猫が取れてきたな。

 俺としてもその方がやりやすいので問題ないが。

 当の本人は気づいた様子もなく、ブツブツと何かを言っている。

「うっかりアキテルさまの前で着替えるとか、寝ている間に服が脱げたことにして裸で抱きつくとか……強気で押せばなんとかなりそうかな……」

 ……漏れ聞こえてくる内容が若干怖いんだが……。

 宿では十分に用心したほうが良さそうだ。


「で、これから先は?」

「え?

 ……あ、はい、えっと、何の話でしたっけ?」

「奴隷契約な。

 しなくていいなら置いていくぞ?」

「ああああ、ごめんなさい、見捨てないでくださいー」

「ぷっ、あははは。

 んなことするわけないだろう。

 だからほら、続きだ」

「はーい」

 やはり、こういう気安いくらいが楽でいい。


「では、紋章を刻む場所へ手を当ててください」

 言われるままに右の二の腕の内側へ手を当てる。

 余計な肉の付いていないシノアの二の腕そこは、けれどふんわりと柔らかい。

「ところでアキテルさま?」

「ん?」

「二の腕と胸の柔らかさが同じだってご存知ですか?」

「ぶっ!」

 そう言って二の腕と胸で俺の手を挟み込む。


ふにゅ


 う、柔らかい。

「どうですか?」

「ど、どうもこうも柔らか……じゃない!

 い、いいから離せ!」

 つい変なことを口にしそうになったが、なんとか理性で押し込む。

「離したら奴隷契約ができなくなりますので、このまま続けますよ」

「や、別に、わざわざ挟まなくてもいいだろう!?」

「いえ、心臓と魔力パスを繋がなければいけないので、この体勢がベストなんです」

「そ、そうなのか!?」

「ええ、そうです」

 にっこりと断言されてしまい、思わず納得してしまった。

 あとから、お腹に紋章を刻む時に胸で挟むなんて芸当できるわけがない、ということに気づいたわけだが、この時の混乱した頭ではそこに考えが至ることはなかったのだった。


「あとは呪文を唱えれば終わりです。

 私のあとに続けてください。

 魔導言語ですが、発音とかそんなに気にしなくて大丈夫です」


『我、アキテルは、汝シノアを奴隷とし、その一切を受容する。

 主従の契約をここに』


 不思議な響きを持つ言葉だった。

 言語スキルのおかげか、発音も意味もすぐに理解することができたが、言葉を発するにつれ、体の中をなにかがゆっくりと動いていくのを感じる。

 これが魔力というものだろうか。

 不快な感じはなく、むしろなぜ今まで感じられなかったのか、と不思議に思うくらい当たり前のように動いている。

 その『魔力』は、ぐるっと全身を通ったかと思えば、肩を通り腕からシノアの二の腕に当てた手に至り、ほんのりと熱を帯びる。


「さすがアキテルさま、完璧ですね。

 あとは、私が呪文を唱えて終わりです。

 そのまま手を離さないでくださいね」

「ああ」


『我、シノアは、アキテルさまを主人とし、その生涯、命、体の一切を捧げます』


 シノアが呪文を唱え終わると、俺の手にたどり着いた魔力がシノアの中に入っていく。


「んっ!」

 びくっ、とシノアの体が跳ね、苦しげな声が聞こえる。

「大丈夫か?!」

 昨日の『死の偽装』した際のことが蘇る。

「大丈夫、です。

 アキテルさまの魔力が思ったより気持ちよくて……」

「そ、そうか……」

 一旦、手に伝わる『柔らかさ』を頭の隅に追いやっていたのが、思い出してしまう。

 と、同時に、苦しそうな声が、なんとも艶っぽく聞けてきて……オチツケ、オチツケ俺!


 し、しかし、魔力というのは不思議なものだ。

 俺の手を離れ、シノアの中に入ったあともその感覚は消えない。

 自分ではない体の中を巡っていくその感覚は今までにない体験だった。

 その途中で、シノアの魔力と合わさり、混ざり合い、再び手を通り俺の体へ戻ってくる。

 異なる2つの魔力が今や1つへと変貌し、二人の体を満たしていく。

 全身をくまなく循環した所で、契約が成立した。


「こんな感じになるのか、すごいな……」

 二の腕を掴んでいた手を離す。

 離してなお、まだ柔らかさが……じゃない、見えない糸か何かで繋がっているような感じがする。

「ええ、まさかこんな風になるなんて」

 まだ息を荒くしたまま、シノアが答える。

「……ん?」

 ちょっと待て?

 今の返事、なにかおかしくないか?

「……あ」

 じ、っと見返すと、なにかに気づいたらしく口に手をあてそっぽを向かれてしまう。


「一つ、確認してもいいか?」

「……できればお断りしたい所ですが」

 そっぽを向いたままそう返すが、無視して続ける。

「シノアは、以前にも奴隷契約をしたことがあるよな?

 なんせ、紋章がお腹にあったわけだし」

「……ええ、そうですね」

 相変わらず目をそらしたままだが、少し黙ったあと一応は返事をくれる。

「じゃあ、どうして『こんな風になるなんて』って言ったんだ?」

「そんな事言いましたっけ?」

「言ったな」

「…………」

 じっと見つめ、顔を近づけるとシノアの顔に冷や汗が落ちるのが見える。

「言ったな?」

「……言ったかもしれませんね……」

 ついに耐えられなくなったか、観念したように答える。


「つまり。

 今回のこの契約魔法は、今までシノアがしてきた契約魔法と何かが違う、ということだな。

 そしてそれはおそらく、通常は奴隷との契約では行わないことをした、と」

「……アキテルさまのように勘の鋭い方はきらいです」

 拗ねたように言うその姿は可愛いものだったが、残念ながらそれでごまかされてやるわけにはいかない。

「何をしたのか、洗いざらい話してもらうぞ」

「…………は~い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る