第17話 俺のことを信じて任せてくれないか

「俺の名前は大神おおかみ 天照あきてる

 えーっと……なんて言ったらいいんだ?」

 異世界転移して魔王を倒しに来た、なんて言ったら頭のイタイ人だと思われかねない。

「アキテルさま、とおっしゃるのですね……。

 あの、アキテルさまは冒険者でいらっしゃるんですか?」

「冒険者?」

 冒険者というと、船にのって世界一周したり、そこに山があるからとか言って世界最高峰へ登山するような、あれか?

「違うのですか?

 あんなにお強いのですから、さぞかしランクの高い冒険者なのかと」

「いや、えっと。

 実は俺の住んでいた所ってのがここからずっと遠くでね。

 あまりこの辺りの仕組みがわからないんだよ」

 嘘は言っていない。

「それは、『冒険者」を知らない、ということですか?」

「あ、ああ、そういうこと」

「そんなことって……」


 ううむ、どうやら『冒険者』とやらはこの世界での常識のようだな。

 といっても、知らないものを知ってると言っても、かえって怪しまれてしまうし。

 仕方ないか、ここは正直に……言って信じてもらえるだろうか。

 ……ダメならその時か。

「あのな――」

 だが、意を決して話そうとした俺の言葉は、少女の思わぬ言葉によって遮られた。


「ああ!

 もしかして、アキテルさまは『転移者』ですか!?」

「……へ?」


「あ、あれ?

 あれだけお強いにも関わらず『冒険者』を知らない、なんて、『転移者』であるとしか思えないのですが、違いましたか……」

「いや、確かに『転移者』で合っているんだが……むしろ、なんで君がそのことを知っているんだ?」

「転移者とは、女神から魔王討伐を命じられ強大な力を持って異世界より連れてこられた人、であってますよね?」

「あ、ああ……そうだな」

 どういうことだ?

 転移者なんてそんなにいっぱい……いたな、俺の前に49人も……。

「そういえばそうか。

 あの自称主席卒の落第女神が散々送ってよこしてたんだったな」

「はい。

 確か、アキテルさまで……」

「50人目、だな。

 ま、そんなわけでだ。

 この世界のことは全くわからない。

 よければ詳しく教えてくれると……えーっと、そういえば名前聞いてなかったな」

「そうでした!

 申し訳ありません、私、シノア、と申します。

 見ての通り、エルフで……その……」

 じゃらり、と、首から下がっている鎖を手で触るシノア。

 これまで明るく話をしていた表情が曇り、俯くように小さい声で『奴隷です』と続けた。


 きまずい沈黙が流れた。

 が、このまま黙っていてもしょうがない。

「ふむ……。

 奴隷、というのがこの世界でどういう意味を持つのかわからないが。

 鎖と首輪で繋いでる上に、そんな粗末な衣服しか与えられていないのであれば、おおよそ俺の想像通りだろう」

「…………」

 シノアはうつむいたまま答えない。

 答えを欲して言っているわけではないから、構わないが。

 可愛らしい顔をそうも悲痛な表情で歪めているのは見ていたくはない。

「だが。

 この状況はある意味ラッキー、と言っていいんじゃないのか?」

「……え?」

 ようやく顔を上げたな。

「死んでしまった者にとってはもちろん不幸でしかないが、逆にシノア以外の生存者いないのだ。

 誰一人生き残らなかった、ってことで、このまま自由になったっていいんじゃないのか?」

「……残念ながら、それはできません」

 俺の提案に、だが再び悲しい表情で首を振る。

「なぜだ?」

「……奴隷は、契約魔法によって縛られているからです」

 また新しい言葉が出てきたな。

「なんだその契約魔法というのは」

「主人に奴隷が歯向かえないように結ばされるものです。

 『歯向かうこと』には『逃亡』も含まれるので……」

「ん? だから、その主人が死んだんだろ?

 その場合は契約自体が無効になるんじゃないのか?」

「いえ、私は売り先が決まっていて、すでに新しい主人と仮契約を結ばされていたので。

 売り先が決まるまでは奴隷商の男との契約だったので、それであれば彼が死んだことで契約は自動で破棄されたのですが……」

「なるほど……」


 なんとかならないものか。

 無理矢理破棄させるようなスキルを作るか……?

 いや、それでは相手を怒らせる結果になりかねん。

 そのせいで逆にシノア危険に晒されてしまっては、本末転倒だ。

 手っ取り早いのは新しい主人とやらを殺すことだが、それこそどれだけの恨みを買うことになるかわからない。

 もちろんシノアが死ぬのはなんの解決にも……いや、待てよ。

 そうか、その手があったか!

 残りの文字は……よし、行ける。


「なぁ、シノア。

 出会ったばかりでこんな事言うのもどうかと思うんだがな。

 必ず君を自由にする。

 だから、この何を言われても、俺のことを信じて任せてくれないか?」

「はい」

 自分で言っていて、胡散臭さこの上ないな。

「いきなりこんなこと言われても、難しいとおも……え? 今、なんて?」

 『はい』と言っていたように聞こえたが……。

「ですから、はい、と。

 アキテルさまがいなければ私は先程死んでいました。

 出会ったばかり、とおっしゃいますが、それこそ出会ったばかりの私を『必ず自由にする』なんて、普通ありえません。

 そんなあなたが、信じろ、と言うのであれば、信じます。

 私の命は、あなたのものです

 たとえ何が起こっても、覚悟はできてます」

「……そ、そうか」

「そうです。

 ふふ、もう、自分で言っておいてそんな顔しないでください。

 アキテルさまが死ねとおっしゃれば死ぬ覚悟だってあります」

 一切の曇りのない真っ直ぐな瞳でこちらを見つめてくる。

 そこに嘘はないだろう。

 だが、一切の期待もしていない、そういう目だ。


 絶対の信頼、か。

 そんな風に思われたことは、地球にいた頃にはなかった。

 必ずなにか裏があったからな。

 まぁ、シノアに裏がないとは言わないが。

 少なくとも、今に限って言えば見ず知らずとはいえ、やたら強い男が命を救ってくれた上に自由にしてくれる、というのだ。

 何を言われるかわからないとはいえ、およそマイナスになりえない。

 仮に、エロ方面の何かを強要されたとしても、新しい主人が相手だったのが俺に変わっただけのこと。

 なら死んだつもりで、言うがままに身を任せてみよう、と。

 そういうことなのだろう。


 そんな要求はするつもりはないがな!


「おほん!

 ならばシノア、今から君には――


 一回死んでもらう」

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