第16話 柔らかくて嫌いじゃない

「これは、いったい?」

「ああ、よかった」


 指と指をつなぐ光が消えたあと、急に言葉が通じるようになった。

「これは、魔法?」

「ええ、そうです」

 思わず、手を掴んで指をマジマジと見つめてしまう。

 そこにはもう光はない。

「ん? ということは、さっきの『炎の塊』も君が?」

「炎……ああ、ファイヤーボールですね、はい、そうです」

「すごいな!」

 俺のいた世界とは違うことはわかってはいたが、さっきの魔物やら魔法やら、改めて実感した。

スキルテレグノーシス千里眼で見てはいたが、なんか映画を見てるみたいで現実感がなかったからなぁ。

「あの……手……」

「おわっと、すまん」

 興奮して思わず力いっぱい握ってしまった。

 『奴隷』ということでか、あまり良い食事をさせてもらっていないのだろう。

 とても小さく、やせ細った手だった。

 あんまり力を入れたら、簡単に折れてしまいそうだ。

「いえ、その……ご主人さまが望まれるのであれば、私の体など好きにしてくださって構いません。

 本来であれば死んでいてもおかしくはないのですから……」

 そう語る目は、何もかもを諦めたようにくすんでいた。


「いや、そんなことはしないよ。

 そもそも俺は君のご主人さまではないんだし」

「え? いいん、ですか……?

 先程から凝視している、この胸を……好きにしていいん、ですよ!?」

「ぎょ、凝視してねーし!!」

 微妙に潤んだ目で見るんじゃない!

「私、こんな貧相ですけど、ここだけはいつも褒められるんです……あの、もしかして、お嫌いですか……?

 みすぼらしい私なんて、やはりあのまま死んでいた方が良かったですか!?」

 必死になって俺の腕にしがみつく女の子。

 顔が近い!

 っていうか……や、柔らかっ!

 人を駄目にするクッション、というのがあったが、そんなものでは比にならないくらいの感触!


 ……はっ!

 そうじゃない!


『ほーんと、アキテルってばスペック高いくせに童貞こじらせてるんだから~ぷーくすくす。

 本人がいい、って言ってるんだからとっととヤっちゃえばいいのに。

 童貞のまま死んだって知らないわよ~?』


 ……くっそ、あのムカつく痴女女神が俺の脳内で煽ってくる……。

 反論できないのが余計に腹立たしい。


「お、落ち着け、って。

 あの、君はすごく魅力的だし、その……とても柔らかくて、嫌いじゃないし、えと……」

 完全にしどろもどろになってしまった。

 それに……柔らかくて嫌いじゃない、とか何を言ってるのだ俺は。


『ぷっ、もっと気の利いたこと言えないのー??』

 ええい痴女は黙れ!

『ち、痴女じゃないもん!!!』

 ……やけにリアルな脳内痴女だな?

『そりゃそーよ、あんたの様子が心配で様子を見に来たんだから』

 ……本物かよ!!!

『だからそう言ってるじゃない』

 お前、暇なのか?

『ひ、暇じゃないわよ!!!

 あーもー、言語スキル渡すの忘れたから大変だよね、って慌てて来たのに!

 もう知らない! 勝手に野垂れ死ね!』

 ちょ! おま!


 …………。

 行っちまいやがった。

 ……ちょっと待て!

 『言葉スキル渡すの忘れてた』って、言葉が通じないのあいつのせいかよ!!!


「あの? ご主人さま?

 どうされました?」

「あ、ああ、悪い。

 ちょっと考え事してた」

「……私に何をしようか考えてた、のですか?」

「違うから!!!」


 なんなんだ。

 俺の周りには痴女しかいないのか……。

 ああでもそうか、痴女女神あのバカはともかく、この子は『奴隷』ということで、これまで散々そういう目にあってきたのだろう。

 なんというか、胸糞の悪くなる話だ。


「と、とりあえずだ。

 君に危害を加えるつもりもないし、俺が刀を振るったおかげで君が生きていてくれたのなら頑張ったかいがあったってものだ。

 できれば全員助けられればよかったんだが……」

 ざっと見渡してみたが、俺たち以外に動く者はいない。

「なんにせよ、一旦状況を整理したいから、色々教えてくれ」

「……はい」

 しぶしぶと言った感じで腕から体を離す。

 と、同時に柔らかかった感触も離れていく……少し惜しかっ……くない!


『アキテルのエロむっつりー』

 な、お前、帰ったんじゃなかったのかよ!?

『いやー……よく考えたら、野垂れ死なれたら困るなー、って思ってー……』

 よく考えずに気づけ!

『う、うるさいなー。

 ……はい、じゃ渡したからね、後でスキルリストで確認しといて。

 それと……渡し忘れてたことこのことは秘密だからね!

 バレたらめっちゃ怒られるから、誰にも言わないでね!!

 その分サービスしといたから!!!』


 ……誰に言えというのだ。

 あいつの上司が現れて、評価でも聞きにくるんだろうか……。

 もしそんなことにでもなったら……うん、何もかも洗いざらい話してやろう。


 さて。

 立ち話もあれだし、なにか適当な物があるといいんだが。

 といっても、この何もない平原には腰掛けるによさそうな岩みたいなものはない。

 馬車の中も漁ってみたが、使えそうなものは粗末な毛布が1枚だけしかない(他のものは、ゴブリンどもの襲撃でボロボロになっていた)。

 ふぅむ……あ。

 そうだ、そうだよ、あれがあったはずだ。

 魔法の鞄マジックバッグを取り出し中身を確認する(中に何が入っているか、は、カバン表面の液晶に表示される)。

 『白木のテーブル』『椅子』、が入っていることを確認し、取り出す。

 作りも材質もごく普通のものだが、痴女女神あのバカが『女神の力』で何もないところから作った、ということで『レア』認定されたらしい。


「へ? こ、これは?」

「座って話そう、と思ってな」

「え、えと、はい……?」

「ん? どうした?」

 机と椅子を前に、目を白黒させるばかりで一向に座ろうとしない。

「……今、その小さなバッグから机と椅子が出てきたように見えたのですが……?」

「ああ、うん、魔法の鞄マジックバッグだよ、これ」

「まじっくばっぐ……え!? 実在したんですか!?」

「は? え、なに、これってそんなにレアなのか?」

「レアもなにも、おとぎ話の中でしか聞いたことありませんよ!」


『それに、これからあなたが行く世界にも、レアリティはともかく存在するしね』


 あの時の会話を思い出してみる。

 確かに、嘘は言っていない……言っていない、が。

 『レアリティはともかく』って、『ともかく』しすぎだ!!!

 くそ、あの詐欺師めがみめ……全部の言葉に裏があるんじゃないだろうな……。

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