第7話 ほんの少しだけ入れといてやる
「さて。
じゃあ、このスキルを渡すから目をつぶってくれる?」
「おう」
言われるがままに目を閉じる。
スキルを渡す、というのがどういうものかは全くわからんが、何かしら必要な儀式的な物があるのだろう。
そう思っていると、女神の手が俺の頬に触れる。
意外と冷たい。
女神にも冷え性ってあるんだな。
ほっそりとした長い指……なんともくすぐったい気分だ。
そんなどうでもいいことを考えていると、鼻のあたりに女神の息がかかる。
……ん?
どいうことだ?
顔が近いというk――
ズキュウウウン!!!
という効果音が聞こえてきそうな、そんな強烈なキスだった。
は? え?? な!?
そのまま呆然としていると、舌まで入ってきて……
ごくり
女神の唾液ごと飲み込んでしまった……。
「ふぅ……もう目を開けてもいいわよ」
わけもわからずゆっくりと目を開けると、テーブルに腰を掛けて唇を舐める姿が。
……おのれ、やはり痴女だったか……。
「お、お前、一体何のつもりだ!?」
内心の動揺を悟らせないように強気に出る。
「『何の』??
だから、『スキルを渡す』っていったじゃない。
あら、なぁに?
もしかして初めてだったの?
ぼ・う・や?」
「ぐっ……」
くそっ、ムカつく顔しやがって!
「なーんて。
あはは、あんたが童貞だなんてのは知ってるわよ。
なんたって私女神だから」
「ええい、うるさいっ!」
そもそも俺の周りには、俺のステータスしか見てないやつばかりだったから、敢えて遠ざけていただけだ。
「ほんと、あの入れ食い状態でよく我慢してたわよね。
手当たり次第手を出しまくったっていいくらいの環境だったのに」
「ふんっ、そんなことをしたら恨みを買いまくってめんどくさいことになるだけだろう」
「そうじゃなくても逆恨みで刺されたけどね」
あはは、じゃねえ。
「ま、そういうあんただから世界の命運を任せようと思ったんだけど」
「ああそうかい……。
ったく、もっと他に方法はないのかよ」
油断すると、あの感触が蘇ってきそうになるじゃないか。
「え? あるわよ?」
「あんのかよ!!!」
「一番手っ取り早いのがこれなのよ。
私にも選ぶ権利くらいあるから、気に入った子にしかしないけどね?」
「……気に入ってもらって何よりだ」
なんなんだ、いきなり手のひらを返すように。
調子が狂う。
「こうしてみると、あんたも結構可愛い所あるよね。
ほんっと最初はどうしようかと思ったケド」
「ふんっ、あんだけ胡散臭さ全開で来られたら誰だって警戒するだろう」
「言ったでしょ? こんなにめんどくさいのは初めてだ、って。
今までに1人もいないわよ、こんなこと言ってきたヤツ」
ついに『ヤツ』になったぞ……。
「それは、今までの連中の危機意識が薄すぎたんだろう?
よくそれで魔王討伐なんてできたな」
「…………」
ん? なぜ黙る?
あ……!
「な、なぁ……?
もしかして、なんだが」
「それ以上は聞かないで……」
うわぁ、やっぱりか……。
「これまで送り込んだ中で、魔王討伐を完了した人間はいないのか……」
「う……そうよぉぉぉーーー!!!」
「ま、まて! 泣くな!!」
めんどくさいから!!
という言葉をすんでのところで飲み込む。
危ない。
「……いま、めんどくさい、って思ったわね?」
「人の心を読むんじゃない!」
「読んでないわよ!!
って、ほんとに思ってたの!?
さいてー!」
「あのなー……これでも、ちゃんとお前のこと女神だって認めようと思ってるんだから、少しくらいはそれらしい態度取れよ」
「そんなの今更でしょ。
あんた相手に女神らしく振る舞ったって疲れるだけじゃん」
うわぁ、言い切りおったぞこの女。
「はぁ……。
あんたが言う通り、これまで送り込んだ49人は魔王討伐を果たせずに散っていったわ。
学校では主席だった私が、デビュー以来全敗なのよ……。
次失敗したら掃除係にされちゃう……」
掃除係とかあるのか。
「だから、能力値の高い人間を厳選したってのに」
……俺はどこぞのボールで捕まるモンスターか!?
「お前の事情はよくわからんが、人選に関しては間違ってないと思うぞ?」
「……自分で言うか」
「自分で言うさ。
そういう環境で育ってきたからな」
「まぁ、残念ながらその通りなんだけど。
能力値に『人間性』は含まれないからね」
「……掃除係になりたいのか?」
「すいませんでしたっ!」
しっかし。
妙なことに巻き込まれた、ってのが正直な感想ではあるが、面白そうだ、ってのも事実。
なんだかんだで、こいつの言っていることにも裏はなさそうだし。
曲がりなりにも神ってことで、信用してやってもいいのかもしれんな。
「折角死なずに済むってのにみすみす殺されてやるのも癪だしな。
俺のためにも倒してやるよ」
「……ために……『も』?」
「う、うるせえ」
『お前のため』もほんの少しだけ入れといてやるさ。
「そうだ。
スキルとは別に、私が用意できるものであればなんでも一つ持っていっていいことになってるんだけど、なにか欲しいものある?」
「欲しいもの、ねぇ……」
「と言っても。
いくら私が魅力的だからって、私自身、ってのはダメよ?
残念ながら売約済みだから」
「いや、お前はいらない……って、売約済み!?
お前彼氏いるのかよ!?」
「彼氏じゃなくて旦那が――」
「既婚者!?」
「5人と嫁が4人いる」
「5人!? て、嫁も!?」
「愛に溢れてて良い家庭よ?」
「てか、それなのにキスしたのかよ!?」
「あんなの挨拶と一緒でしょう?」
一緒じゃアリマセン……。
「や、いいです、好きにしてください……」
神の世界ってのは、なんだかすげぇな……。
「人間ってのはめんどくさいわねぇ」
「お前らが自由すぎるんだよ!」
はぁ、やれやれ。
「で、何がほしいの?」
「んー、そうだなぁ……。
……中が四次元に繋がってそうなポケットとか……?」
「それくらいならわけもないけど、便利な秘密道具は入ってないわよ?」
「そこまでは期待してねーよ。
……え? わけないのか?!」
「いわゆるあんたらの世界のゲームでよくある『道具袋』でしょ?
重量・数量無制限の」
「そう言ってしまうと身も蓋もないが」
「自由に出し入れできればいいのよね?」
「ああ、そうだ」
「なら簡単よ」
すげぇな、女神。
半分冗談だったのに、『簡単』とか言われたよ。
「それに、これからあなたが行く世界にも、レアリティはともかく存在するしね」
まさにファンタジーといったところか……。
「あ、簡単ってならさ。
こういうのはどうだ?」
「なに? まだあるの?
1個だけ、は変わらないわよ?」
「わかってるって。
いやなに、ちょっと機能を追加出来ないもんかと思って」
どうせなら使いやすいものがいいしな。
「まぁいいわ、言ってみたら?」
「えっとな――」
◇
「はい、これでいい?」
「おおさんきゅー!」
あれから、追加機能について色々と話し合った。
最初は俺の意見だけだったんだが、段々と白熱してきてお互いに色々と意見を出し合う形になった。
結果、非常に便利なモノが出来上がった、と自負している。
特に『レアリティ収集』機能がいい。
『誰のものでもないレア度の高いものを自動で収納する』ことができるのだ。
異世界だからな、何がレアなのかなんてわからない。
うっかり見逃してしまって、魔王討伐に支障が出てしまってはいけないからな。
「それにしても、思った以上に熱い議論になったわね」
「ああ、俺もだ。
こんな有意義なのは久しぶりだ」
「ふふふ、意外と楽しいのね」
「残念ながら同意見だな」
こんな形で友情が芽生えることになるとはな。
胡散臭い痴女だと思っていた頃が懐かしい。
……いや、胡散臭いのも、痴女なのも別に変わってないか……。
「で、後はもう大丈夫よね?」
「最後に一つ。
なにかあった時に、お前に連絡することは可能か?」
「なぁに?
また私に会いたいの?」
ムカつく顔をするんじゃない。
「いや、それは別にどうでもいいんだが」
「ひどぃっ!」
「うるせえ、話が進まないから流すぞ?」
「……はいはい、どうぞ」
油断すると、すぐ漫才になりかけるな。
「簡単に整理するとだ。
俺は死にたくないから、魔王をなんとしても倒したい。
お前は掃除係になりたくないから、いい加減魔王を倒して欲しい。
だろ?」
「……そのとおりね」
「だが、俺はその魔王については全くわからないわけだ。
万が一にも失敗しないためにも、保険を残しておきたいんだよ」
まぁ、この女神が保険になる保証はないが。
ないよりゃマシだろ。
「……あんたって、いちいち慎重ね」
「危機意識が高いんだよ」
「物は言いようね。
わかったわ……ほらっ」
そう言って放り投げられたものは……携帯?
ダイヤルボタンがないが、しかし画面は小さいし、スマホではないよな?
妙に分厚いが……どうやって使うんだこれ。
……いや、違う! これスライドするタイプだ!
シャコッ
滑らせると、下からダイヤルボタン部分が出てくる!!
……俺が小さい頃にクソ親父が使っていたのと同じだ……。
「こんなの、まだ現役で使ってるやついるんだな……」
「方方に敵を作る発言はやめなさい」
「む、すまん」
なぜだか無性に謝っておいたほうがいい気がした。
「なんだっていいじゃない、どうせ私にしか繋がらない専用電話なんだから」
「なるほど」
「言っておくけど!
私だってヒマじゃないんだから、用もないのにちょくちょくかけて来たりしないでよね!?」
「わかってるよ。
さっきも言っただろ、保険だよ保険。
万が一がなければかけることもない」
使わないで済めばそれに越したことはないしな。
「あ、いや、えっと、少しはかけてきてくれてもいいのよ?」
「……ツンデレか!!!」
めんどくせぇな、こいつ。
「今、面倒くさいって思ったでしょ!!!」
「だから心を読むな、っつーの!」
「読んでないわよ!!
って、本当に思ったのね! ひどいっ!」
「ええいめんどくせぇ!!」
「うわ、直接言いやがった!」
言いやがった、って、ほんとに口の悪い女神だな。
「ま、気が向いたら連絡してやるよ。
なんだかんだで、お前のこと気に入ってはいるからな」
「えへへ」
……いい顔で笑うんじゃない!
「んじゃ、そろそろ行くよ。
ここでお前とバカやってるのも悪くはないが、いい加減行かないことには始まらないからな」
「そうね。
私の将来はあんたにかかってるんだから、頼むわよ!!」
「……今から行く世界の心配してやれよ」
「世界の命運はあなたにかかってるわ!!」
取って付けた感満載だな。
実際そのとおりだし。
「ところで、どうやって行けばいいんだ?」
「ああ、私が送り出すから、あなたはそこの円の中に立ってればいいわ」
「円?」
足元を見ると、いつの間にか光る円が出現していた。
その中央へそっと立つ。
改めて最後の確認。
といっても、持っていくものなんてのはもらったばかりの
スキルも……うん、自分の中できっちり存在を主張してくる。
周りを見渡し、忘れ物がないことも確認した。
机も椅子も、
準備は万端だ!
「じゃあ、いくわよー!」
一つだけ心配ゴトと言えば、なぜか眼の前で野球選手よろしくバットを構えている女神がいることくらいだろうか…。
「ちょ、ちょっと待て!
嫌な予感しかしな――」
「いってこーーーーい!!!!!」
カッキーーーーン!!
最後まで言い終わる前に、足元の円が輝きを増し、光る球体へ閉じ込められた。
と、同時に振るわれるバット。
快音と共に、俺の意識ごと遠く彼方へ飛んでいったのだった……。
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