『落ち雛』レア

 予定外に発生した姉です。


 大体、小説を書くに当たってはまずメモファイルをひとつ作って、思い付いた台詞、人物設定や世界設定、筋などだらだら書いていくことが多いです。まあ考えながら書く直線プロットみたいなやつなんですが、実際書き始めるとまずその通りにはなりません。修正、寄り道、全消し当たり前です。

 姉は設定メモには一度も現れず、本文を書く中で出てきたキャラクターでした。

 メモでは毒杯のシーンのところに、ここで余りものレアがカラヴィンカだと分かる、ということだけ書かれていて、何故どのように分かるのかは決めていませんでした。姉が教えてくれるのだとは作者も知らなかったわけです。いい加減なのでそういうの決めないで書きますし、決めたところでどうせ書いてるうちに変わるわと思ってたからです。何しろいい加減なので。


 今回は当初、毒杯のシーンが冒頭に置かれていたので、話の終盤そこに向かうことがあらかじめ決められている珍しいパターンでした。大体は終盤まで書いてから「じゃあここを冒頭に置きましょうかね」と切り出していくことのほうが多いです。

 このケースに限らず私は、とにかく書き進んで、既に書いた分と辻褄が合わなかったり伏線の加筆が必要になったものを遡って書き足したり修正していくことが多い方です。今回も書き進めながら行ったり来たりして直しては進み、ということを繰り返していたんですが。


 姉がいつ発生したのか実はあまりよく覚えていません。

 記録によると7/7にはまだ毒杯シーンが冒頭部分にあり、そのあと7/10になると冒頭は最終的な形と同じ伝承に変わっています。この伝承を書くときにはもう宝石国アリヤでの天唱鳥カラヴィンカシステムは大体定まっていたはずなので姉も構造に組み込まれていたんだと思うのですが、とはいえこの7/10というのは一旦全体を書き終わる7/11の前日です。7/7から7/10の間は一切記録がなく、最大早く見積もって7/8に伝承部分を書いていたとしても姉の発生は物語の進行に対してかなり遅い。

 実際、彼女は全十話の五話目にならないと出てきません。

 一番下の姉、と初めて書いたときに自分が何を考えていたのか、はっきりとは分かりません。どうせほとんど何も考えちゃいない。


 ただ考えてみると、最初の最初、KACでカラヴィンカをやろうとしてできなかったとき、主人公であるカラヴィンカの少女には同じ頃に孵化したきょうだいたちがたくさんいました。彼らは皆、殻の内から美しく鳴き、その声を愛でられて高く買われていきます。

 そのイメージがまだ残っていたのかもしれません。一番下の姉、と書いたとき、彼らきょうだいはなかなかの多人数の雰囲気がありました。それは多分、一度にいくつかの卵を産み同時に何羽もの雛がかえる鳥のように。

 でも結局、落ち雛レア以外のきょうだいは登場しませんでしたし、設定もつけていません。ただ今回作品の世界観から言えば、当時天唱鳥カラヴィンカと言われていたのは落ち雛レアだけでした。一人の皇帝を選ぶ天唱鳥カラヴィンカは、その代にたった一人しかいないという形にすでになっていたということです。

 イールは天唱鳥カラヴィンカだとは思われていませんでした。姉が天唱鳥カラヴィンカなのだから、他に天唱鳥カラヴィンカはいないと思われていたわけです。イールは男でしたしね。


 そのくらい既に本来の姿を忘れられた天唱鳥カラヴィンカでしたが、しかし当時はまだ、本当に翼があることが知られていました。落ち雛レアは弟イールに度々自分の翼を見せています。

 これが物語の現在、余りものレア水晶キランの時代になると、皇帝を名指す天意の器天唱鳥カラヴィンカといえど、いわば人間の巫女のようなもので実際に神族の翼を持っているなどとは信じられていません。天唱鳥カラヴィンカの翼を、イールは姉を見て知っていますが、水晶キランは知らない。宝石国アリヤにももはやそれを伝えるものがないということです。広く世の中に語られぬ神秘であるばかりに、実在していた神話が磨耗していっている。


 落ち雛レアは弟が、そうした神話の滅びゆく世界にまで到達するほど長く生きることを予感していたはずです。その弟に何とか、許される範囲内で祝福をもたらしたいと思った。

 今すぐおまえの特異体質が消えてなくなるとか、金髪になるとか、そんな急な変化を起こすことは天唱鳥カラヴィンカにもできません。名を呼ぶだけで呼ばれた者が従い、その声で願って聞かせれば人を率いるようになる、というのは相手の心を方向づけているのであって、物理的に身体を変化させられるわけではありません。

 だから眠り姫がつむの針による死を予言されたあと最後の仙女が紡と出会わない未来を与えることができず「姫は長い時を眠るだけ」と祝福を贈ったように、落ち雛レアも即効性のある変化を贈ることはできず遠い未来の希望を唱うのが精一杯でした。

 弟が誰よりも長く長く生きるのならば、その遠い時間の先でならあるいは、と。


 彼女は多分、とても努力家でした。

 弟に起きていることを知りたいがために、城の書庫を隅から隅まで、子供の身で神話という神話を読み漁り、自分の力をどう使うのが弟にとって一番いい結果をもたらすか考え続けていたはずです。

 根性と信念と愛情の人だったのだろうと思います。

 落ち雛レアは、溢れるほどの愛を弟に注いだ偉大な天唱鳥カラヴィンカでした。イールが生きている限り、彼女の祝福は続きます。

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