登場人物について

『余りもの』レア

 当初、物語のはじめは現在の第8話「宴」の最後の部分をプロローグに置いていました。『夜色のさかずきが薄い葡萄色の液体を空中に引きながら滑り落ち、磨かれた床に当たって砕け散った』から始まる部分です。

 しかも、始めは三人称で書くつもりでした。

 そして、迦陵頻伽カラヴィンカの少女が物語の主役で考えていました。KACの時にやろうとしていた通りにです。『ボーイミーツガール/運命の巡り合わせ』の項で書いた通り、歌えないためにしいたげられた迦陵頻伽カラヴィンカの少女が救われるまでのお話、の予定でした。

 でも予定してもどうせ予定通りにいかないんだよね!  知ってた!!!!! (泣いてません)


 もうメモも残ってないのであれなんですが、多分、さまざまな『仙族』が高値で取引される世界で期待される能力がないため値がつかず、ごみみたいなものとして売り飛ばされた迦陵頻伽カラヴィンカが……誰に見出だされるんだろう? どういう経緯で? 彼女は何ができるようになる? 彼女の何が認められる? あっ4000字(KAC字数上限)なんか無理だわ、あと話思い付かないわ。となってファイルごと消して私の頭の中にカラヴィンカという言葉だけが残った、って感じです。

 その時点では彼女の名前はレアではありませんでしたし、白髪ではありませんでしたし、母親の形見なんかも持っていませんでした。本当に卵生の人外で、どんどんと高値で引き取られていく美しい声のきょうだいたちがいました。そういえばこの時点では、迦陵頻伽カラヴィンカに男も女も生まれる設定でしたね。そう、それと、天唱鳥カラヴィンカという字面もまだ作っていませんでした。


 その方向性で書いていたんですけど、じゃあ何でこの冒頭だったの? というと、全く別の話として「暗殺されようとする恩人の身代わりに毒杯をあおって死ぬ」というモチーフがずいぶん昔から私の中にあって、急にそれを書きたくなったからです。

 急に。これ。いつも急に来て急に話が変わる。この書き出しをした時点でもう、KACの時にやろうとしていた話にはなり得ないんです。誰も知らないことですけどKACの時の設定イメージはややスチームパンク猥雑アジアンスラムだったのにこの毒杯のシーンは昔から人のいっぱいいるお城の大広間でと決まっていたので。世界観が合わないんですよね、毒杯シーン、元々はペルシアみたいな感じでしたし。


 この断片で始めたからには全然違う話になるんだぞ、と気付くのにちょっと時間がかかりました。バカなので。

 書いたり消したりしながら、この迦陵頻伽カラヴィンカ側からの物語だとなんかあまりにもメロいのでは……ただのいつものやつなのでは……ずっと辛い悲しい寂しい言えないをやってるの逆に波がなくてしんどいのでは……となりまして。

 ひっくり返しました。

 『彼』に物語を回してもらおうと。

 いや、決めてそう書いたというより書き直しの何回目かで勝手に『彼』の一人称がびょんと増えて視点をもぎ取られたんです。

 ドラマティックな言い方を好む人ならそれを、「イールが自分から喋り出した」と描写するかもしれません。ただ実際には私のやり方が雑なだけだと思います(笑)

 まあ、イールのことはイールの項に譲りまして。


 レアの名前をレアと決めたのが何故だったのか既に記憶にありません。物語の中でイールに名乗るシーンを書く時に決めて、やっぱラ行が入っちゃうんよね~! と思ったことだけは覚えています。

 あんまり長々とした装飾的な名前ではないはずだと思いました。容姿の醜い落ちこぼれ侍女ですから、簡単な、あるいは『灰かぶり』みたいな蔑称系のあだ名みたいな名前じゃないかなあと思い、最終的に余りものレアと意味を当てました。

 無論これは、彼女が生まれた時に与えられた名ではありません。幼少時にその誕生日が皇女と同じであることを理由に侍女として集められた時につけられた呼び名です。皇女・皇子のために従者として集められる子供たちは実家と縁を切り名も捨てさせられるんです。本編に書いてませんけどね。

 レアにも親がつけた名があるはずですが、彼女がそれを覚えているのか、宝石国アリヤから出た彼女がもとの名を名乗るのか、そうしたことは何も決めていません。でも何となくですが、レアという名はイールとの運命を縫い合わせた糸のようなものですから、ようやく彼女は自分のその名が少し好きになるのではないでしょうか。そして、イールを愛した姉レアに因んで、「私の名前は落ち雛。余りものではなく」と名乗るようになるかもしれません。


 最終的に余りものレアと意味を当てました、と書きましたが、本当の始めはこの「イールと出会うカラヴィンカのレア」が落ち雛レアという名の予定だったんです。

 イールの姉のレアは後から急に発生したキャラだったからです。あとで落ち雛の名をそちらに譲り、声のない天唱鳥カラヴィンカ余りものレアになりました。


 レアの内面ですが。

 イール一人称の物語にしたために、レアの内面はほとんど書いてないようなことになりました。カメラの都合で、イールから見えたものしか描かれません。レアのモノローグはありません。

 長々と生い立ちを喋らせることもしなかったので、侍女としてどのように暮らしてきたかもそれほど明らかになりません。そもそも声の出ない設定ですしね。

 イールのいない場所でのことはほぼ語られませんので、全体にレアには謎が多いままです。何故そうしたのか、のほぼすべてが。他人のことは分かりませんから。

 おそらく物語の最終話時点ではイールも、まだレアのことをよく知らないままです。ただ、どうしてか出会い、どうしてか魂の片割れ同士で、レアは天唱鳥カラヴィンカで、理由も知らないまま自分のために命を賭けてくれたということ以外は。

 彼らは対ですから、それは、レアにとってもそうなのだと思います。まだイールのことをよく知らない。どうしてか出会い、どうしてかこの人を守らなければならないと思った。生まれて初めて、たった一晩の静かな眠りをくれた人を。


 単なる不遇少女が急に出会った素性も知れない男のためにたった一晩で命を捨てるようになるというのはさすがに不自然なことです。都合が良すぎます。だから、そうなるべき確かな理由が必要でした。本人にはすべて自覚されてはいないとしても、この広い世界でたった一人の、この長い長い時間を通してもたった一人の魂の片割れに出会ってしまったからには心はもう離れられず、本能的に相手のために命も賭ける。そもそもこの神族の行動原理は人間と少し違います。受け取るよりずっと多く与えようとしてしまう。

 それでいてレアは自分とイールがパズルのピースのように噛み合うカラヴィンカ同士だと自覚してはいません。何も分からないでいる。どんなに夢見ても起こらなかった奇跡を自分の身の上に起こした不思議な優しさに滅びてほしくない、イールを死なせたくない、それだけで行動します。

 レアが、恋のために命を投げ出しているのではない、というのは少し意識していたところです。あなたが好きとか愛してるとか言いません。そうかどうか分からないからです。レア自身、そうなのだろうか、ともまだ思っていないはず。彼女はまだ恋を知らないので。いずれそうなる気はしますけれども。


 ともあれ、レアはイールの長く孤独な人生に現れた蝋燭の灯です。この弱いものを守ってどこか行くべきところまで行こうとイールは思うでしょう。そしてこの、風の一吹き、数分の雨でも消えてしまうような儚いものが、イールを勇気づけ、優しい気持ちにさせ、強くもさせます。

 私はキリスト教のお話をもとにした『ともしび』という絵本が大好きで、それがまさにこんな話でしたね。

 ただ強さを誇り人に称賛されたいばかりに戦争に行った、自己中心的で粗暴な男だったラニエロが、たった一つの儚い蝋燭の火を守って、エルサレムからフィレンツェまで運ぶ物語。雨風に遭い、追い剥ぎに遭い、人の謗りにも優しさにも触れ、つらく長い旅の間に、小さくて弱いものを守り、その灯と共に歩む心が生まれていく。

 吹けば消える弱々しい灯ひとつが、男の心を決定的に変えてしまうんです。物言わぬ灯と進む困難な旅路はまるで人生のようでもあり、自分に出会うまでの冒険のようでもあり。

 そのお話にも最後は鳥が出てきます。

 私は多分、鳥のモチーフが好きなんですよね。


 

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