名前を呼ぶ/名乗る

 昔、予備校の小論文講座で読んだ小説の一部に、何やかや経緯があってその課題文の最後のところで、

「私、○○。あなたは?」

「●●」

と少年少女が名乗り合うシーンがあり、それがいかにもクサい書き回しだったんで講師が、

「っか~~~~何が『私、○○。あなたは?』(裏声)や、わざとらし!!! 恥っずかし!!!!!」

と身をよじった後、急にスンッとした顔になって、

「でも物語の中で初めて名前を聞く、名前を明かすシーンっちゅうんはめちゃくちゃ重要なのよ」

って言ってたのが今でも忘れられなくて、名乗りや名呼びのシーンを書く時に、重要なやつ! って思う癖がついています。

 それが高じて名呼び行為に特別な意味を持たせたり、むしろ名付けによって存在のラベルが変わるような運びにしたりするのが好きです。


 例えば、『月とリリアのひとしずく』では人間が魔族になると魔族の親が新しい名をつける設定にしましたし、『さそり座の夜、あの屋上で』では記憶を失ったキャラクターに別の登場人物が名前をつけて大切にします。『GHOST&SIMPLEX』でも名指しの手順というものを設定しました。『KAC5: 温室、あの夏の』では仲間内での、仲間でいる間だけのあだ名という設定を出しました。


 とはいえ別に私独自の珍しいやつではないですよね。名乗り、名呼びのシーンってどっちにしても重要度高いし、物語の中で名前は大事なものですからどうしても印象的になるので。



 今回は声の出せないカラヴィンカが生まれて初めて人の名を呼ぶ、というシーンを作りました。

 特別な人の名を呼ぶこと、特別な人に名を呼ばれることに、やはり特別な意味があると思います。


 また、言葉は祝いであり呪いです。名前が表す意味というものも、名乗るたび、呼ばれるたびにその人を縛ることでしょう。

 今回の登場人物たちには、悪夢、余りもの、落ち雛、水晶、隼とそれぞれ明白に名前の意味があります。どのキャラクターも育ったところがあるのだろうな、と思いながら書きました。

 特に悪夢と落ち雛は、魔除けのため不吉な名をつけるというまじない名です。人間ではないので病や怪我をしません、人間ではないので魔物がさらう対象ではありません、というやつですね。まあ本当に人間ではなかったんですけど。


 イールはなぜ悪夢イールという名を捨てずに長い時間を生きたの、といつかレアが尋ねることでしょう。彼は多分、姉が呼んでくれた名の自分のままでいたかったのです。

 名は記憶を繋ぐものでもあります。


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