Act23.声優 御堂姉妹の副業 Part1

 しんどうはるは柄にもなく緊張していた。


 今から一九年前に犯した罪の謝罪を、改めてしなければならない。


 荒木早紀、彼女と再び会う事になるとは思っていなかった。


 アークソサエティのスナイパーの腕が悪かったお陰で、弾が当たったのが左肩だったため命拾いをした。これは完全に油断だった。


 遙香はテレパシーを使える。あの時も験力を解放し、その能力で周りの人間の思考を察知していた。


 ところがスナイパーは遙香の能力の範囲外にいた。そのため射撃を察知出来なかったのだ。


 悠輝と法眼が非科学的な治療をしてくれたお陰で、予定されていた日付より大夫早く退院出来た。まだ、痛みは残っているが日常生活に支障はない。重い物は悠輝か法眼に持ってもらえばいい。原因は悠輝が作ったんだし、法眼は大事な時に不在だったのだから当然だ。


 昨日は久々に千葉の自宅で、家族水入らずで過ごした。夫のひであきは、現在自宅で単身赴任状態だ。


 娘二人も英明に会わせたかったので、九月の三連休に合わせて戻ってきた。


 こちらに戻って二日目、今日は日曜だが早紀は職場のプロダクションブレーブで会いたいと言って来た。悠輝のクライアントであり、朱理も世話になった御堂刹那という声優も一緒に待っているそうだ。


 ご家族で来てくれとも言われたのだが、紫織に早紀との事を教えるのはもう少し後にしたいし、英明には概要を話したが詳細は知られたくない。法眼も運転手として来ているのだが、この年で保護者同伴は嫌だ。


 結局、紫織には英明を独占してもらい、法眼は悠輝が飼っているクロシバの面倒を見てもらう事にした。一緒に来たのは、朱理と悠輝だけだ。


 ちなみに、真藤家があるいなもとだんF棟五〇四号室の真下、四〇四号室が悠輝とクロシバ梵天丸の部屋だ。悠輝は散々嫌がったが、法眼は彼の部屋に泊めた。


 プロダクションブレーブは雑居ビルにあった。


 目的の階でエレベーターを降り、事務所のドアの前に立つ。自分が先頭に立ち、後ろで弟と娘が見守っている。


 深呼吸をしてからインターフォンを押す。若い女性がドアを開けてくれた。


「刹那さん!」


「永遠!」


 朱理が女性に抱きつく。


「刹那さんじゃなくて、お姉ちゃんでしょ?」


「うん、姉さん。あ、紹介するね、わたしの母。

 お母さん、お世話になった、御堂刹那さん」


「先日は、娘が御迷惑をおかけしました」


「と、とんでもありません!」


 遙香が頭を下げると刹那は恐縮した。


「そうだ、姉さん、舞桜さんたちはどうなったの?」


「うん、舞桜ちゃんはかなり叱られたみたいだけど、決まっていたレギュラーは無事やれるみたい。今後も声優は続けていくって。

 優風さんと小岸さんは、二人で話し合ってしばらく距離を置く事にしたんだって。でも、関係は改善しているみたいだから、寄りを戻す日も近いかも。

 沙彩さんは新しいアパートに引っ越して、バイトをしながら役者をやっているわ、今まで通り。

 東雲監督は新作の企画をしているって噂だけど、それ以上はわからないわ」


「そうですか……」


 朱理がどこか遠い眼をする。


「あッ、いけない、話し込んじゃった。


 中へどうぞ。早紀おねえちゃんと社長が待っています」


 刹那に招かれて中に入る。それにしても、どうして社長が待っているのだろう。


 通された部屋には二人の女性がいた。年配の女性ともう一人、それが荒木早紀だと直ぐに判った。


 あれから一九年が過ぎ、大分雰囲気が変わっているが、それでも見間違えたりはしない。


「早紀ちゃん……」


 言葉に詰まる。


「遙香先輩、ご無沙汰してます」


 早紀が頭を下げる。


「やめて、頭を下げるのはあたしの方。早紀ちゃん、詳細は朱理から聞いていると思うけど、本当にごめんなさい」


 今度は遙香が深々と頭を下げた。


「謝って済む事じゃないのは解ってる、それに今さら何だって思われても仕方がない……

 だけど、あたしには謝る事しか出来ない。

 早紀ちゃんの幸せを、本来あるべき過去と現在、そして未来を返してあげる事は出来ない」


「先輩、顔を上げてください。気にしていないと言えば嘘になりますが、わたしは大丈夫です」


 早紀は優しく言った。


「でも……」


 遙香はかたくなに頭を下げ続ける。


「本当です。だって、今のわたしは幸せですから」


「え?」


 遙香は顔を上げて、早紀を見つめた。


「わたしはこの会社でタレントのマネージャーをしています。正直、胃の痛くなるような業務も多いです。

 でも、わたしはこの仕事に誇りを持っていますし、非常に遣り甲斐を感じています。

 独り身ですが、それもわたしが望んだ事です。

 そして何より、わたしは今の自分以外の自分を想像出来ません。

 わたしはなりたい自分になったんだと思います。

 もし、先輩が本来あったであろう過去に戻してくれると言っても、わたしは断ります。

 今まで積み上げてきたキャリアを失いたくありません」


「早紀ちゃん……」


「ありがとう、サキねえちゃん」


 悠輝も頭を下げる。


「まぁ、あたしの早紀おねえちゃんなんだからトーゼンよ。過去が変わってあたしのマネジメントが出来なくなると困るもの」


 刹那が偉そうに胸を張る。悠輝が嫌そうな顔をする。この二人は張りあっているようだ。


「いえ、刹那をマネジメントしなくていいのは助かります。胃が痛くなるのは、ほとんどあなたが原因です」


 早紀は真顔だ。


「ちょっと!」


 遙香は思わず笑みを浮かべた。


「さて、過去のお話しが終わったところで、これからの事を話し合いましょう。

 改めまして、プロダクションブレーブの社長を務めております、中川好恵と申します」


 そう言って好恵は遙香に名刺を差し出した。


「同じくマネージャーの荒木早紀です」


 早紀まで改まって名刺を差し出す。


「は、はぁ……」


 遙香は普段験力を押さえ、人の思考を読まないようにしている。他人の考えが全て判ってしまうと、人間不信に陥りノイローゼになってしまうからだ。それに出来るからと言って、やっていい事と悪い事がある。


 そのため、好恵と早紀の考えが判らない。


「本日お越しいただいたのは他でもありません、お嬢さん、朱理さんの件です」


「はッ? あたしは早紀ちゃんに謝りにきたんですけど」


「遙香先輩、申し訳ありません、それは口実にすぎないんです」


 早紀が頭を下げる。


「口実? 早紀ちゃん、なに言ってるの?」


「これを見てください」


 刹那が段ボールを抱えて持ってきた。


        

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